第五十話:重なる赤い印と、共同戦線
診察を終えて会議室へ入ると、椅子が一つ引かれた。
僕の席だった。
長い卓の上座に近い。入口付近でひっそり話を聞くつもりだったのに、見学者用の席ではなかった。
帰宅早々、重要会議の主要メンバー。
旅の感想は「楽しかったです」で済ませたかった人生になりつつある。
有能な主人公ならかっこいい会議の参加者になるのだろうが、僕は違うようだ。
イツモアが隣へ座り、僕の前に水を置いた。反対側にはシェリル。テトライルは卓を挟んだ向こうで、届いたばかりの報告へ目を通している。
鎧の赤い飾りが椅子の脇へ垂れていた。
「お疲れでしたら途中でお申し出ください」
ヴィンセントが僕へ告げた。
ありがたい。ありがたいのだが、そう言われると逆に退席しにくい席順だ。
授業参観の最前列で寝る勇気は僕にはない。
「大丈夫です。お願いします」
彼は小さく頷き、卓の中央へ手を向けた。
窓のない室内に地図が浮かぶ。白い壁を走る青い線が薄まり、山と街道がはっきり見えた。
僕達が通った道に赤い印がある。
そのすぐ脇には細い沢。
脇腹が縮むような気がした。
傷は閉じている。さっきシェリルにも確認してもらった。それでも地図の線一本で、土へ転がった時の匂いまで戻ってくる。
膝の上に置いていた僕の手をイツモアの指が包んでくれた。
安心する。
「街道付近で確認された六体は、全て活動を停止しております」
テトライルが報告を始めた。
現地へ送った部隊は残骸を見張りながら周辺を調べているという。通行人を安全な場所へ移し、道が使えるかも確認しているらしい。
倒したら終了ではない。
僕なら勝利画面を閉じたところで宿へ直行している。壊れた橋や潰れた荷車には、勝手に元へ戻る機能などついていない。
シェリルが手元の板を卓へ置いた。
地図の横に鉄骸の断面らしい映像が浮かぶ。
「核の数と位置は個体によって違ったわ。外装を壊しても動き続ける事は、現地の部隊にも伝えてある」
硬い殻と、その周りに巻きついた管。
見ているだけなら複雑な機械にも見える。だが僕は、あの中身が動くところを知っている。
今のところ分解して遊びたいとは思えなかった。
映像の端に短い文字列が出た。
ゼノン。
六体の残骸から見つかった、同じ言葉だ。
名前なのか、何かの番号代わりなのか。聞いた事がありそうなのに、考えるほど遠ざかる。
「この表記だけで指揮者の名とは断定できません。照合は続けます」
ヴィンセントはそう区切り、地図へ戻した。
次に浮かんだ赤い印は、僕達が通った場所だけではなかった。
街道沿い。山の向こう。小さな集落の近く。
報告の日付が添えられるたびに、卓を囲む人の表情が硬くなる。
「これ、全部最近なんですか?」
声が出てから、会議へ割り込んだ事に気づいた。
ヴィンセントは僕を見たが、咎めずに印を三つ残した。
「こちらは以前の記録です。ほかは直近に届いた報告になります。ただし、同一個体の移動を別々に目撃した可能性もあります」
赤い点の数だけ敵がいるとは限らない。
しかし、あれほどの巨体を見失うものだろうか。別の場所で見つかったら、また新しい一体として数えるのか?
疑問に感じていると、ヴィンセントに気づかれた。
「何か疑問がおありでしたらどうぞ。今は小さな事でも確かめておく必要があります」
今、感じた事を伝えた。
すると、みんなの言う「鉄骸」には様々なタイプがあるらしい。
僕達が見たものより更に巨大な物。虫のように小さな物。二足歩行する人型までいるという。
大まかな型は分けられても、似た外見の個体を見分けるのは難しい。巨大なものでも山や森に遮られれば見失うし、目撃した人が違えば同じ個体かどうかは分からないそうだ。
なるほど。敵の頭上に個体番号が出る訳ではないのか。
怖い。できれば近づきたくない。
なのに、仕組みを知りたいとも思っている。
僕の好奇心、避難指示を聞いていないらしい。
などと考えていると、テトライルが別の街道を指した。
「話を進めます。この二地点ではほぼ同じ時刻に接触しています。少なくとも一つの群れを追えば済む状況ではありません」
彼女の指は迷わなかった。
僕には全部ただの道に見えるが、その間を騎士が移動する時間まで考えているのだろう。
評議委員の一人が警戒部隊を増やす案を出した。
別の人は護送を優先すべきだと言う。
どちらも必要そうだった。だからこそテトライルの返事は重かった。
「街道へ出す部隊を増やせば、周辺集落にも手が届きます。しかし、その分だけ聖都の守備が薄くなる。我らはネオ・エデンの騎士団。この街の防衛を疎かにはできません」
僕は地図を見た。
六体を倒せる人がいる。それでも、ここにある印の全部へ同時に立てる訳ではない。
シェリルが地図の範囲を広げた。
さらに街の名が増える。知らない名前ばかりだった。
「私達が知らない道もあるわ。襲われた事が、まだここへ届いていない場所もね」
その言葉で宿の食卓を思い出した。
品物が届かない。いつもの道を通らない方がいい。
あの時は別々の世間話だった。それが今、この地図の上で繋がりそうになっている。
「他の種族の人たちにも、話を聞けないでしょうか」
何人かがこちらを向いた。
僕は水を飲もうとしてやめた。発言直後に口を塞ぐのは順番が悪い。
「一緒に泊まった人たちが、道の様子を話していたんです。理由は分からなくても、荷物が届かないとか。僕達より先に異変を知っている人もいると思います」
ヴィンセントは手元へ何か書き留めた。
その隣の評議委員が、商人から入る情報は既に集めていると説明してくれる。
そうか。そりゃそうだ。
僕の思いつきで国家運営が始まる訳ではない。新人が張り切って提案したら、社内規定の一ページ目にあった感じだ。
けれどシェリルは話を切らなかった。
「個々に届く話を待つだけでなく、他の代表と直接やり取りするのはどうかしら。鉄骸の被害や対応をどの様に考えているのか。避難先や警戒する道も含めて」
彼女が四つの街へ印をつける。
カムオカ。オルガキ。イーガ。アヤルヴェ。
それぞれフェリス族、カニス族、レプス族、アヴィス族の主要な拠点だと教わった。
一度に聞くと覚えきれないので紙へ書く。
試験には出なくても、間違えて呼んだら外交問題には出そうだ。
「四種族へ共同戦線を求める、という事ですか」
評議委員の声に慎重な響きがあった。
ヴィンセントは地図を見たまま答える。
「検討する必要があります。ただし、協力を求めれば応じるとは限りません」
卓の端で誰かが息を吐いた。
以前の交渉では、使者を迎えてもらうまでにも時間がかかったという。
僕が知らない付き合いの積み重ねがあるらしい。
イツモアが背筋を伸ばした。
「避難された方々の受け入れについても、先に取り決めが必要です。誰がどこへ運ばれたか分からなければ、ご家族が探し続ける事になります」
彼女の視線が地図の街道を辿った。
あの銀髪の青年にも待っている親類がいた。布が届かなくなるだけではない。本人が帰らなければ、向こうは何が起きたかも分からないのだ。
しかし、イツモアも随分他の種族への接し方が変わったな。種族は違っても良い人達は沢山いる。
……もちろん、その逆もいるのだが。
「治療できる場所と、そこへ知らせる手段も。戦う方々だけで話を進めては困ります」
イツモアの声は静かだったが、最後はきっぱりしていた。
隣で聞いている僕まで姿勢を直す。
往診鞄を作った人は、国の救護体制にも抜かりがない。
テトライルは反論せず、自分の記録へ書き足した。
「部隊の連絡先も必要です。他種族の兵と接触するたびに、互いの身元を確かめていては動けません」
そこから話は具体的になった。
目撃した場所と時刻。通れる道。避難者を受け入れられる町。
同じ鉄骸を何度も数えない為に、姿や進んだ方向も残す。
僕は紙へ『共同戦線』と書いた。
その下に『まず話が通じるようにする』と足す。
軍勢を並べて一斉に突撃する絵を想像していたが、準備する事が多い。
集合場所も決めずにパーティーを組めないのは、ゲームでも同じだった。
やがてヴィンセントが四つの街を見渡した。
「各代表へ使者を送ります。鉄骸の活動増加を伝え、情報共有と相互協力について協議を申し入れる。先方の状況と要望も確認しましょう」
異議を尋ねる声に、すぐ反対は出なかった。
テトライルが使者の護衛の手配を引き受け、シェリルは持たせる記録を選び始める。
「被害の報告はそのまま伝えて。分かっていない事まで埋める必要はないわ」
彼女の言葉に書記が頷いた。
強く見せる為に、知らない事まで知っている顔をしない。
それなら僕にも少し分かる。今、僕の紙にも疑問符ばかり並んでいる。
会議が終わると、椅子を引く音が重なった。
使者に渡す文面を確かめる人。部隊へ連絡する人。
地図は消えたのに、赤い印だけがまだ目の奥へ残っていた。
僕は紙を畳みかけて右手を見る。
本日の血刃様は出番なし。
会議中に出したら武力による議決になってしまう。そこまで職域を広げなくてよろしい。
「カイ様。お話は、休憩を挟んでからでもよろしいでしょうか」
テトライルが卓の向こうから声を掛けた。
帰ってきた時の頼みを覚えていてくれたらしい。
僕は頷き、畳んだ紙を持ち直した。
四種族が返事をくれるまで、ただ待っているつもりはない。
まずは無事に逃げ切る術を身につける。
僕の課題は相変わらず地味だが、あの時はそれすらできなかった。
「お願いします。聞きたい事、結構あるんです」
テトライルは真面目な顔で頷いた。
その横でイツモアが僕の空の杯を回収する。
「その前に、何か召し上がってくださいませ」
お腹が鳴った。
全員が聞こえなかった顔をしてくれた。
国家の会議を終えても、僕の身体から届く要求は大変分かりやすかった。




