第四十五話:優しい人たちの、戦い方
シェリルの前へ、光の輪が幾つも浮かんだ。
綺麗だと思った。
そう思った自分を、次の音が黙らせた。
鉄骸の前脚が横へ滑る。
踏み込もうとしていた巨体が斜めに沈み、腹の下で金属が擦れた。
彼女が指を動かすたびに巨体が傾く。見えない力で脚を引いているようだった。
「止まらないで。奥へ」
背後へ向けた声は、僕の知っているシェリルの声だった。
僕は振り返り、商人の腕を支えて岩陰の先へ進んだ。
すぐ向こうで銀髪の青年が荷車から誰かを降ろしている。
荷台の下へ脚を取られた人がいるらしい。運び手が荷物を落としながら、空いた場所を作っていた。
もう一度前を見ると、シェリルの頭上に細長い光が並んでいた。
剣というより針に見える。
大きさの感覚がおかしくなる。遠くの木より長いのかもしれない。
鉄骸の装甲が閉じる。
隙間を守るように金属板が重なった。
その直前、光が通った。
大きな爆発はなかった。
巨体の内側から鈍い音がして、脚の動きがばらばらになった。
シェリルが手を下ろす。
鉄骸は街道とは逆へ傾いた。木々が押し潰され、土煙が空へ広がる。
倒れる方向まで選んだのだと、少し遅れて気づいた。
倒れた鉄骸から土と木片が跳ね上がった。
シェリルが左手を返すと、それらは見えない斜面へ沿うように横へ流れた。乾いた枝が岩を叩く。僕達の側まで届いたのは細かな砂だけだった。
攻撃を出した後も、彼女の仕事は終わっていない。
倒れた巨体の一部がまだ動いている間に、次の敵とこちら側を交互に確かめている。
僕は商人を岩の内側へ送り、後から来る人へ場所を空けた。
身体が勝手に前を向く。見ていたい訳ではないのに、何が起きているのか分からない方が怖かった。
二体目は倒れた仲間を乗り越えようとしていた。
脚が外装へ食い込み、金属を剥がす。仲間を避ける気配はない。
シェリルの光が再び内部へ入った。
巨体が止まる。
止まった、と思った。
腹の奥で別の光が点き、後ろ側の脚が動き始めた。
破れた隙間から、硬い殻に包まれた何かが二つ見えた。
後ろ側だけで進もうとしたせいで、巨体がねじれた。
止まった脚を引きずり、外装に深い皺が寄る。傷口を塞ぐように薄い組織が伸びたが、その下にある殻までは隠し切れていなかった。
二つの光の輪が動いた。地面すれすれと巨体の真横。露出した殻を別々に狙っている。
敵の突起が彼女を追う。
その根元が光り始めた時、前脚を支えていた土が横へ崩れた。巨体の狙いが空へ逸れ、青白い線が木の梢を削った。
何か撃った。
僕達がいた方へ、撃とうとしていた。
背中へ冷たいものが流れた。
シェリルはもう敵の正面には立っていなかった。
シェリルの指先が開いた。
別々の方向から光が走る。
二箇所で殻が砕け、今度こそ脚が折り畳まれた。
彼女は振り返らない。
次の敵へ目を向けながら、手元の板に何かを表示させている。
僕には何をしたのか分からない。
ただ、失敗したから慌てて攻撃を増やしたのではない事だけは分かった。
止まらなかった理由を見つけた。
だから壊し方を変えた。
いつも僕の質問を聞いて、少し考えてから答える人。
その速さと正確さが、今は巨大な物を壊す方へ向いていた。
光の針が消えると、そこに何もなかったように空が見えた。
だが地面には二つの巨大な残骸がある。倒れた脚の下から土が崩れ続け、折れた枝がぱきぱきと鳴っていた。
シェリルの髪が風に広がる。
彼女は頬へかかった一房を払う事もせず、手元の表示へ視線を落とした。
いつもの仕草が一つもない訳ではない。
考える時に少し顎を引く癖は同じだった。
その事がかえって不思議だった。
別人になったのではない。僕が知らなかった仕事を、彼女は同じ顔でしている。
敵の向こうへ細い光が残っていた。
倒した後も、動きが戻らないか見ているのかもしれない。
僕なら一体倒れたところで終わったと思ってしまう。実際にそう思った。
その違いが、背中に重く残った。
「足、動くか!」
運び手の声に振り返る。
荷車のそばの人が頷いている。けれど立てない。覆い布と紐が腰の辺りへ巻きついていた。
僕はそちらへ寄ろうとした。
その時、岩壁の上を大きな影が横切った。
イツモアが空を見上げていた。
口元から笑みが消え、片手が静かに持ち上がる。
空中へ薄い模様が広がった。
鉄骸の前面が、その模様へ押しつけられるように歪む。
厚い板が外へめくれ、内側にあった柔らかなものが露出した。
イツモアが指を曲げる。
筋の束が引きつり、管が内側へ潰れた。
呼吸しているように動いていた腹が、途中で動きを止める。
金属の下にも体がある。
僕はそこで初めて、はっきりそう思った。
けれど普通の生き物ではない。
頭らしい部分が裂けても脚は動く。声も上げず、壊れた部分を引きずって進もうとする。
イツモアの視線が装甲の奥へ向いた。
白い光が細くなり、暗い穴の中へ沈む。
何かが弾けた。
鉄骸が膝をつくように崩れた。
大きな体が、急に中身をなくしたようだった。
彼女はもう次を見ていた。
二体目が横へ回り込もうとする。
イツモアはその前を追わず、脚が下りる場所へ模様を重ねた。
地面を叩くはずの脚が止まる。
関節の内側で組織が裂け、巨体がつんのめった。
その隙間へ別の光が入った。
一度。
少し離れた場所へ、もう一度。
腹の奥で二つの光が消えた。
動いていた脚が止まり、重い音を立てて沈む。
崩れた外装の一枚が斜面を滑ってきた。
イツモアは足を半歩ずらし、掌を下へ向ける。板は途中で向きを変え、道の反対側へ突き刺さった。
彼女は敵へ光を放ちながら、僕達の前にも光の壁を広げていた。攻撃と防御を同時に続けている。
僕は岩へ手をついた。
左手の下で小石が震える。
ここからなら、彼女の横顔が見えた。
眉はわずかに寄っている。唇が何かを形作っていたが、音は届かない。
敵の壊れ方を見てぞっとした。
次に、その壊し方を選べるほど彼女が落ち着いている事にも驚いた。
朝、同じ手でパンを分けてくれた。
昨夜は僕の頬へ触れていた。
その手が、こんな事もできる。
怖いとは思った。
だが彼女がこちらを見た瞬間、その目にあったものは敵を壊した喜びではなかった。
僕の位置。
荷車のそばの人。
岩陰へ入った商人。
順に確かめていた。
「もう少し奥へ! その場所は崩れます!」
イツモアの声と同時に、上の斜面から石が落ちてきた。
運び手が僕の肩を引いた。拳ほどの石がすぐ前を跳ねる。
見上げると、さらに向こうで木々が揺れていた。
残っている。
二体。
それまで見えていた四体とは違う位置から、低い尾根を越えようとしている。
街道へ真っすぐ来るのではない。僕達が逃げる側へ回っている。
シェリルの声が遠くから聞こえた。
「イツ、左を止めて。崩落を押さえるわ」
光が岩壁の上へ広がる。
落ちかけた大きな石が途中で止まった。
イツモアが走る。
岩壁の上にあった二体の輪郭が近くなる。
それまでの四体とは少し違った。片方は腹の下が低く、もう片方は前方の装甲が何枚も重なっている。
イツモアの光が左側の脚へ当たった。
関節が大きく曲がり、そちらの巨体は一度止まる。その隙に前方へ薄い模様を置き、進路を岩場の外へ押し戻そうとしていた。
シェリルは落石を支えたまま、避難路の入口へ視線を向けている。
大きな岩をどければ早い。そう考えかけて、僕はその下を人が通っている事に気づいた。
落とせない。
今、離せば人の上へ落ちる。
二人が手間取っているのではなかった。
壊せば済む物の間に、壊してはいけないものがいる。
その間にも、荷車のそばでは人が動けずにいた。
僕は右手を見た。
紙。
紐。
使えるものがある。
それだけは知っていた。
お読みいただきありがとうございます。
本日は第44話・第45話の2話更新です。
二人の戦いを目にしたカイが、次にどう動くのか。
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