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第四十三話:夜の約束と、血刃様のお仕事

部屋へ戻ると、イツモアが窓を閉めていた。


外では荷車の確認をする声がしている。灯りが消える前に、明日の準備を済ませるのだろう。

彼女も香草の包みをしまい、僕の隣へ腰を下ろした。


「今日は楽しかった?」


尋ねると、イツモアは少し驚いた顔をした。

それから頷く。


「皆様と同じ料理をいただくのも、作り方を教わるのも。……カイ様が美味しいと言ってくださるのも」


最後だけ声が小さくなった。

僕まで変に照れてしまう。


昼間は僕よりずっと手際がよくて、周囲にも気を配っていた。

そんな彼女が、今は僕の返事を待っている。


「また作ってよ。僕も手伝える事はするから」


試食以外で。

心の中で付け加えたが、彼女はそれで充分嬉しかったらしい。


その後、イツモアの頬が紅潮しゆっくりと綺麗な顔が近づいてくる。


僕が顔を向けると彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


どちらからともなく手と手が触れ合う。

そして、廊下の声が遠くなった。


翌朝、僕は食卓でシェリルの正面を避けて座った。


「おはよう、カイ」


ごく普通の挨拶だ。

なのに何故そんなに微笑んでいるのか。

微笑んでいるというよりニヤニヤしている。


イツモアは機嫌よくパンを分けている。ん?あれは鼻歌か?イツモアでも鼻歌って歌うんだ。


などと考えていると気付いた。僕の皿へ置いた物だけ少し大きいのだ。

シェリルの視線が皿から僕へ移る。


「よく眠れた?」


「はい。おかげさまで」


敬語になってしまった。


体力と水分を使ったおかげで、それはそれはよく眠れました。


最近、イツモアには我慢させていたのでしっかり目に奉仕しました。


だが、昨夜の議事録は作っていない。

なのに議長には全部伝わっている気がする。


食後は宿の脇を借り、短い練習をした。

御車の中ではなく、足元が平らで周りに人のいない場所。机の代わりの台には板を敷く。


紙は切れた。

前の練習と同じくらいの小さな刃を保ち、今度は細い紐へ当てる。


最初は滑った。

角度を変えると毛羽立った繊維が少しずつ分かれ、最後にぷつりと切れた。


「おお……」


思ったより地味な声が出た。

もっと派手に喜びたかったが、集中を切らすと刃まで曲がる。


本日も頼りにしております、血刃様。

そのまま、そのまま。そこです。


イツモアが紐を取り分け、シェリルが薄い革の端を板へ置いた。

刃を当てると表面に筋がつく。だが引こうとした途端、赤い縁が横へ歪んだ。


駄目だ。

押し込む前に手を止める。


「そちらは切れないんですね。承知しました」


僕が指へ話しかけると、シェリルが笑った。


「今日はここまで。切れないと分かったのも結果よ」


形を解くと血が布へ落ちる。

イツモアが傷を確かめた。指には痛みが残り、腕も少し重かった。


紐なら切れる。

ただし、じっくり構えて角度が合えば。


現実のスキル説明は条件が長い。

これでは戦闘中に説明欄を読んでいる間に殴られる。


休んでいると、昨日の運び手が荷物を積み始めた。

銀髪の青年が小さな箱へ加護をかける。持ち上げる補助になるのだと教えてくれた。


僕も端を支えようと手を添えた。

その瞬間、箱が傾く。


重い。


慌てて両手を出すと運び手が底を支えてくれた。

シェリルも横から受け止め、箱は無事に荷台へ収まった。


「大丈夫か?」


僕は頷き、青年へ謝った。

彼は不思議そうに手元を見ている。


シェリルが加護の様子を確認し、僕には小声で告げた。


「補助が乱れたみたいね。でも、箱の重さはなくならないでしょう?」


はい。

大変よく分かりました。腰で。


魔法を止めれば勝ち。

そんな便利な話ではなかった。


今のところ僕がしたのは、人の荷物を重くした事だけだ。

お読みいただきありがとうございます。

本日は第42話・第43話の2話更新です。


血刃様、まずは紐切りから。

カイたちの旅の続きを見届けたいと思っていただけたら、ブックマークしてお待ちいただけると嬉しいです。

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