第四十二話:新人冒険者と、同じ食卓の人々
街道の先で荷車が止まっていた。
道を塞いではいない。ただ片方の車輪が浅い溝へ落ち、引き出すのに手間取っているようだった。
御車が速度を落とすと、犬に似た顔の男性がこちらへ片手を上げた。
僕達が降りた頃には、荷物の一部が道端へ移されていた。
急ぐ旅ではない。人(人?)との出会いは一期一会。
手伝う事にした。
「その箱はそっちへ。ああ、底を持ってくれ。蓋だけだと抜ける」
言われた通りに持ち直す。
危なかった。初手で人の商品を地面へ展開するところだった。
しかしイツモアは少し変わったな。
以前なら「いけません!カイ様がそのような雑事を!!他の者にやらせればよいのです!」とプリプリ怒っただろう。
僕に対する信頼度が上昇したのか、興味がなくなったのか。
前者だ。前者に違いない。
箱には布が詰まっていた。見た目より軽い。
運び手のカニス族の男性は、足場へ石を入れながら車輪を確かめている。
近くではレプス族の女性が荷物を数えていた。
僕が箱を置くと、その上へ小さな札を戻す。
「ありがとうございます。三つとも、こちら側で大丈夫です」
三つ?
僕は振り向いた。後ろでイツモアが残りの二つを持っていた。
仕事が早い。
彼女、と言うかエイリスはその見た目に反してかなりの怪力だ。
その最たる存在がテトライルなのだそうだ。
実際、夜のイツモアの拘束には逆らえた試しがない。
僕が箱の底を見つける間に、彼女は現場の全体像を把握していたらしい。
銀髪の青年も荷車を支えていた。
長い耳。エイリスだ。
シェリルとイツモアを見た途端、青年の背筋が不自然なくらい伸びる。
口を開きかけた彼へシェリルが先に微笑んだ。
「今は車輪をお願いしてもいいかしら」
青年は慌てて頷いた。
持ち上げかけた車体へ視線を戻し、運び手と呼吸を合わせる。
余計な挨拶より安全確保。正しい。
車輪が溝から抜けると、運び手は額を拭って笑った。
僕達も近くの宿泊所へ向かうと知り、そのまま同じ道を進む事になった。
休憩の時、僕の登録証が話題になった。
「冒険者か。若いのに、いい連れがいるな」
運び手の視線が二人へ動く。
僕は登録したばかりだと答えた。
「最初の仕事は何だった?」
紐を結ぶ事です。まぁクエストではなかったが。
そう答えるには少し勇気が要った。
事情を話すと彼は笑い、小刀を収めた腰の袋を叩いた。
「結べて切れれば、道中は案外それで助かるもんだ」
馬鹿にされた訳ではなかった。
その人の手には細かな傷があり、爪の端に土が残っていた。
僕は自分の指を見た。
紐を結べるだけでも、ちゃんと使い道はあるらしい。
夕方に着いた宿泊所は街道から少し引いた場所にあった。
低い建物の脇に荷車を置く広場があり、煮炊きの煙が軒の下へ流れている。
イツモアは荷物を置くなり厨房へ顔を出した。
持参した香草を使えるか相談しているらしい。しばらくすると宿の女性に呼ばれ、シェリルまでそちらへ行った。
僕は入口の長椅子に座って待つ。
研究主任と巫女長が揃って夕食へ取り組んでいる。
この世界の重要会議、案外厨房で開催されているのかもしれない。
そういえば僕がよく接するネオ・エデンの首脳陣は、ヴィンセント以外女性だ。
女性の社会進出が進んだ良い国家だ。
しかし、その理由が少し気になった。
ヴィンセントが任命している風でもない。一番発言権がありそうなのはシェリルだ。
色々な部門の事に口を出せる立場らしいが、部下を連れているところは見た事がない。肩書は「研究主任」だ。
いつ、誰の意思でこの構成になったのだろうか?
などと、久々に脳内会議を開催しているとイツモアからお呼びがかかった。
出来上がった料理は、根菜と肉を煮込んだものだった。
湯気の中にナギで覚えた香りが混じっている。
「少し乾いた葉でしたので、入れる量を変えてみました」
イツモアが僕の反応を待っている。
一口食べると、肉の脂の後からすっと香りが抜けた。
「美味しい。ナギのとも少し違うね」
彼女の口元が緩む。いつも思う。イツモアの喜んだ時の表情は可愛い。
向かいでシェリルも頷き、宿の女性へ使った野菜の名を尋ねた。
隣の卓ではレプス族の商人が、空になった皿の底を名残惜しそうに見ている。
イツモアが鍋を見て宿の女性へ目配せすると、お代わりが運ばれた。
食卓の話題は道の様子へ移った。
予定していた品が届かない。
いつもの街道を避けた荷車がある。
橋の先を通らない方がいい。
と、様々な情報がもたらされた。
どれも理由ははっきりしなかった。
シェリルは食事を続けながら、場所と聞いた時期を一つずつ確かめている。
その後は僕達の御車を引く銀色の狼型の移動装置が話題になった。他種族にとっては憧れのようだ。
銀髪の青年は、次の町で親類と落ち合う予定だと話した。
何を届けるのか尋ねると、箱の中の布を指す。
「子供が増えたので。服に使える物を」
僕は道端で運んだ箱を思い出した。
あれにも行き先があったのだ。
僕にとっては見知らぬ街道だが、この人たちには日常の途中らしい。
食べ終わった器を重ねながら、そんな事を考えた。
お読みいただきありがとうございます。
本日20時に、第43話「夜の約束と、血刃様のお仕事」を公開予定です。
旅先で少しずつ変わるイツモアと、カイの小さな練習の続きをお楽しみください。




