第三十九話:勇者の苗と、巫女長の味見
昼前、イツモアが小さな籠を抱えて戻ってきた。
中には色も形も少しずつ違う葉が入っている。
厨房で使う香草を分けてもらったらしい。
「午後に作り方を教え合う事になりました」
彼女の声は弾んでいた。
いつも僕の予定を気にしている彼女が自分の予定を嬉しそうに話す。
それが何だか新鮮だった。
女子会ってやつだな?
「僕も見てていいかな?」
尋ねると籠を抱え直したイツモアが頷く。
「もちろんですわ。お味も見ていただければ」
僕の就職先、試食係。
ついに適性のありそうな仕事が見つかった。
冒険者クラスα。担当は味見。
強そうな肩書きではないが僕の生存率はかなり高そうだ。
その前に苗床へ寄った。
シェリルはリネアと鉢を見ている。
二人の足元には僕が札を結んだ杭が並んでいた。
「こっちは少し葉が開きましたね」
リネアが鉢を持ち上げる。
昨日と同じ葉に見えたが、隣と並べると違いが分かった。
丸まっていた端が少し伸びている。
僕は札の番号を読んだ。
数字だけでは昨日のどれだったか思い出せない。
「こっちが勇者でこっちが魔王だっけ」
言ってから二人が僕を見た。
心の中で勝手につけた名前をうっかり外へ出してしまった。
「……名前つけていたの?」
シェリルが口元へ手をやった。
あ、その顔。
演習場で僕を自由自在に操作していた時も、そんな顔をしていたな。
楽しかったですか?それは結構な事です。
まぁ気を取り直して僕は鉢を指しながら説明した。
葉が上を向いている方が勇者。暗い隅でも元気そうな方が魔王。
実に分かりやすい分類だ。学術的な価値は知らない。
名前をつけるだけなら世界を救うより簡単だ。責任もない……よね?
リネアが二つの鉢を見比べた。
「でしたら今は魔王の方が元気ですね」
む!確かにそうだった。
勇者は少しうつむいている。世界の危機である。
スタート地点で日射しに負ける勇者。
せめて村を出てから最初の挫折を迎えてほしかった。
僕なんか全裸スタートだぜ?しっかりしろよな。
しかし、そんな僕だから彼(苗)の気持ちもわかる。
「勇者にも休息が必要なんだよ」
僕が言うとシェリルがクスクスと笑いながら、鉢の位置を少し直した。
「この子は強い日差しが苦手かもしれないわね。世界を救う前に居場所を変えてみましょうか」
魔王討伐より日照条件の見直しが先だった。労働環境の改善。
僕は鉢を運ぶ。リネアは元の番号を記録し、その横へ小さく勇者と書き添えた。
「あ、本当に書くんですか」
「カイさんが次に見ても分かるでしょう?」
その言葉で僕は鉢を置く手を少し緩めた。
次がある。
自分がいなくなった後もこの苗は育ち、リネアはここで世話をする。
「じゃあ魔王が世界を征服してないか、時々戻ってきて確かめます」
彼女が笑った。
イツモアも籠の中の葉へ目を落とし、「それなら魔王にも美味しく育ってもらわなければ」と真面目に言った。
討伐後の利用まで計画されている。
巫女長抜かりないし真面目だなぁ。
午後の厨房には宿の女性とリネア、それから近くに住む女性が集まった。
初めはイツモアが話すと皆が手を止め、次の言葉を待っていた。
彼女も丁寧過ぎるくらいに一つずつ許可を求めていた。
僕は入口の邪魔にならないところで葉を摘む。
シェリルは使う分と苗床へ戻す分を分けていた。
鍋から湯気が上がった。
イツモアが葉を入れようとすると宿の女性が声を掛ける。
「それはもう火を弱めてからだね。香りが飛んでしまうよ」
イツモアの手が止まった。
葉と鍋を見てから、火加減を確かめる。
「こちらでは最後に加えるのですね」
声に驚きがあった。
教わる事を嫌がったのではない。
思っていた使い方と違って、気になったらしい。
宿の女性もそれが分かると別の葉を持ち上げた。
そこから話が急に賑やかになった。
乾かすならこちら。肉へ合わせるならあちら。葉だけでなく茎も使うと、香りが変わるという。
僕には名前が追いつかない。
魔王なら覚えられるのだが。
「カイ様、こちらを」
イツモアが小さな器へ汁を取った。
僕は息を吹きかけて飲む。舌の奥へ少し苦味が残り、その後から柔らかな香りが上がった。
「美味しいけど朝のより少し苦いね」
言った途端に皆の目が僕へ向いた。
しまった。試食係には感想を求められるのだった。
食べるだけで終わる仕事ではなかったか。
「美味しいです」一本で押し切る予定の語彙力が早くも窮地である。
イツモアが鍋を覗く。宿の女性は葉を一枚取って裏返した。
「少し育った葉が混じったね。柔らかい方だけなら苦味は少ないよ」
リネアも頷いて収穫した場所を説明した。
イツモアは聞いた事を書き留める。僕の感想から次に使う葉の話へ進んでいた。
間違いを探して誰かを責める人はいない。
同じ鍋の中を覗き込み、もっと美味しくする方法を考えている。
次の味見にはシェリルも加わった。
二人で器を持つ。先に飲んだ彼女がこちらを見るので、僕も一口。
苦味が薄い。
違いが分かるのが嬉しくて頷くと、イツモアの表情がぱぁっと明るくなった。
守りたい、その笑顔。
「では夕食にはこちらを」
彼女の隣で宿の女性も頷いた。
さっきまであった肩書きへの遠慮が、鍋の湯気に紛れたように薄くなっている。
帰り際、リネアが葉を少し包んでくれた。
旅で使えるよう乾かしたものだという。
イツモアは料理名だけでなく誰に教わったかも書いていた。
僕も後で勇者と魔王の番号を控えておこう。
この村で覚えたいものが自分の手の事だけではなくなっていた。
お読みいただきありがとうございます。
世界を救う前に日照条件を見直す勇者と、試食係に就職したカイ。今回はナギの苗床と厨房で過ごす一日でした。
イツモアが料理を通して村の人たちと打ち解けていく様子も、楽しんでいただければ嬉しいです。
作者X:https://x.com/karasunoaoi




