第二十五話:最上位の上司と、光らない水晶
シェリルは胸元からネックレスを取り出し、その先端に括り付けてある、トレーディングカードより少し小さい金属の板を受付嬢に提示した。
すると、それを見た受付嬢が目を丸くし、背筋を伸ばし、周囲で見ていた者たちも、先ほどシェリルが施した魔法の効果など忘れたかのように、一瞬でざわめき出した。
「!!! これは失礼をいたしました! ギルドオーツ支部受付を担当しているクニュセと申します。以後お見知り置きを!」
と言い、受付嬢は恭しく一礼をした。
?? 何が起きた? 説明を求む。
するとシェリルがクスクス笑いながら僕の混乱を察知して話し出した。
「以前、研究と調査、探索の為にあちこちで活動していたの。その時に便利だから登録していたのよ」
簡単に軽く言うが、この反応はただ事ではないぞ?
すると、やはり「表情テロップ」を感知したシェリルが補足を入れてきた。流石です。
「他種族から見たらかなり古い話なのだろうけど、その当時、世界に3人位いた最上位クラスの1人が私らしいわ。今は何人いるのかしらね」
ランクが何段階あるのかは知らないが「Sランク」か「SSランク」って事か? スゲー!! シェリルさんマジパネエっす。
「現在、シャトール様は世界で5人しかいない「クラスΩ(オメガ)」のお1人です」
と、このギルドが何階建てかはわからないが、階段を下りてくる人物の声が響いた。
Ω(オメガ)? ローマだかギリシャだかの古い文字か? オシャレだな。しかし、わかりやすくSランクとかにしてくれればいいのに……
「まさか私が生きている間に、再び貴女様にお会いする事が出来ようとは思いもしませんでした」
身長は150cm程で少し腰が曲がっており、全身毛だらけ、少し甲高いが男性の声、そして猫耳? 猫の特徴が色濃い。
ちょっと待て。猫耳といえば、可愛い女の子が出てくるものではないのか?
……いや、落ち着け、僕よ。
猫耳の子供にも親がいて、その親も年を取る。当たり前だ。
僕の脳内図鑑が、萌えキャラのページで止まっていただけである。
そんな身も蓋もない結論を出している間に、老人は階段を降り切り、こちらへ歩いてきた。
「お久しぶりでございます。シャトール様。貴女様はあの時のままの姿。私はすっかり老いさらばえてしまいました」
「その気配、シャトーリ? 生きていたのね。久しいわ」
その時、シェリルは珍しく驚いたような表情を見せた。シェリルでも驚いたりするんだ、と新鮮な気分になった。
しかし、シャトール? シェリルの事なのか。冒険者名と言うヤツか。それとも源氏名かな?
「ご挨拶や近況報告などはさせていただきたかったのですが、どうやら貴女様はエイリス人の重鎮のご様子。なかなか機会に恵まれませんでした。ご容赦を」
「いいのよ。私も気になってはいたのだけれど、なかなか動けなくて」
シェリルは僕によく向ける慈愛に満ちた微笑みではないが、それに近い表情で話している。
……いいえ? 別に嫉妬なんてしていませんが?
しかしなるほど。冒険者として知っていた相手が、実は一国の重鎮であった。気軽に訪ねていける関係ではないと後で知った、という事か。
それより……。
「シェリル。なぜシャトールと呼ばれているの?」
とても素直な疑問だったので、本人にぶつけてみた。
「それはエイリス人だと隠して行動していたからよ。当時、エイリス人に対する意識も今より悪かったし、その方が都合が良かったの」
事も無げに彼女はそう言った。そうするともう一つの疑問がある。僕は疑問を持つ、質問する、解決をするのが好きなのだろう。
「シャトールと言う名前はどこから来たの? 元々がシャトールで、今が改名後のシェリルなの?」
その質問は予想していた、と言わんばかりの表情で、しかし一瞬、間が開いた後に答えた。
「シェリルと言う名で間違いはないわ。先ほども言ったようにエイリス人を隠す為に元々は違う名乗り方をしていた。私の大好きな名前……とても大切な。でも発音が難しかったのかしらね。シャトールと定着してしまったの」
「そうでしたなぁ。忘れておりましたが、確か違う発音でしたな。私が発音できず、貴女様が諦めて『それでいい』と」
老人は目を細め、懐かしそうに話した。
「じゃあ本当の発音は? 何て名乗っていたの?」
「うふふ。カイ。女の過去の詮索はあまり褒められた物じゃないわ。イツに嫌われてしまうかもよ」
そう言いながら、シェリルは誰もいない様に見える僕の左隣の空間に目をやる。
僕ももうわかっている。これはアレや。言いたくない事を誤魔化す時に出すいい女ムーブや。
流石にもう覚えたぜ!
こうなると後はフラグを立て終わった後のNPCとの問答の様にしかならない。諦めよう。
「ところで話は変わりますがお二人は知り合いですか?」
2人を交互に見ながら尋ねると、シャトーリと呼ばれた老人が優雅な一礼をしながら答えた。
「私はこのギルドオーツ支部の責任者をしておりますシャトーリと申します。現役時代はランクΣ(シグマ)の冒険者でシャトール様の弟子の1人です。以後、お見知り置きを」
なるほど、この人がこのギルドのギルドマスターと言うヤツか。しかし名前が一文字違い。これも気になる。
「ところでシャトーリさん。少し気になったのですが、僕がシェリルと呼んでいるこちらの女性とお名前が似ていますね。偶然ですか?」
そう尋ねると、「ふぉふぉふぉ」と笑いながら答え始める。しかし本当に「ふぉふぉふぉ」と笑う人を初めて見た。貴重。
「実は私は元々、捨て子だったのです。そこをシャトール様に拾っていただき、育てていただきました。名前を頂く際、わがままを言って似た名前を付けていただきました」
「なるほど。ありがとうございます」
僕の質問タイムはほぼ終了している。人に歴史あり。しかしエイリス人は本当に長命の様だ。
「それでは、カイ様の測定を続けさせていただきます」
クニュセの声で、僕はカウンターに置かれた水晶を思い出した。
そうだった。大先輩の登場ですっかり後回しになっていたが、僕はまだ新人ですらない。
今度こそ、驚異の魔力が――。
そっと触れる。
何も起きない。
握り直しても、反対の手に替えても、水晶は静かなままだった。
「……あの。壊れてません?」
クニュセが自分の指を触れさせると、淡い光が灯った。
残念ながら、正常だった。
背後で小さな笑い声がした。僕は水晶から手を離す。
笑われるよりも、自分では何も起こせなかった事の方が少し悔しかった。
「測定結果だけでは、できる仕事の全ては分かりませんからな」
シャトーリが、カウンターの横から静かに言った。
「規定通り、最初のクラスで登録を。適性は、これから実績で確かめていただきましょう」
「承知いたしました。ではクラスαでのお手続きになります」
クニュセが確認するように僕を見た。
「お願いします」
僕は頷いた。
測定器が答えを出してくれないなら、別の方法で探すしかない。
隣のシェリルが、僕の背にそっと手を添えた。
「慌てなくていいわ。始まったばかりでしょう?」
うん。
とりあえず、入社試験には落ちなかったらしい。




