第二十三話:喧騒のオーツと、無音の「影」
黄金の竪琴亭を後にした僕達は、交易都市オーツのメインストリートへと繰り出した。
「あぁ……この雑多な感じ。これこそファンタジーって感じがする」
石畳の両脇には、色とりどりの布を広げた露店が並び、威勢のいい声が飛び交っている。
猫耳を生やした可愛らしい少女が果実を売り、筋骨隆々の犬顔の戦士風の人物が巨大な荷物を軽々と運んでいる。空を見上げれば、翼を持つ人々がビルの間を優雅に滑空していた。
猫耳の人物は少女の様に見える。と言う事は、この種族にも僕が「男女」を見分けられる特徴があるという事。とすると黄金の竪琴亭の受付は男性だな。
で、猫耳の少女はフェリス族、あちらの犬の特徴を持つ男性がカニス族。建物の間を優雅に滑空している、翼を持つ種族はアヴィス族か?
もう1・2種類、種族名を聞いたような気がしたが、何だったか。だが、そんな事はどうでもいい。
僕の目には、それはまさに「異世界」そのものだった。
「……そうね。多様な種族が混ざり合う事で、ネオ・エデンにはない独自の『熱』が生まれているわ」
隣を歩くシェリルが、少しだけ僕に寄り添うように歩調を合わせる。
時々、彼女は手元の板に目を落とした。何を見ているのか尋ねると、混んでいる道を避けたいの、と微笑む。
街は、窓から眺めていた時よりもずっと近く、熱かった。
呼び込みの声も、すれ違う人の肩も、僕を待ってはくれない。
「ところでシェリル。……イツ、本当に大丈夫かな? さっきから気配が全くないんだけど」
僕は背後を振り返る。そこには、ただ人混みが流れているだけだ。
「心配いらないわ。彼女は『影』としての職務に忠実なだけよ。……今の彼女は、『女神の沈黙』を展開しているわ。……あ、ほら。そこの物陰を見て」
「女神の沈黙」は、移動時に使用するとイツモアが宣言していた魔法の様な物だ。
シェリルが指差した路地裏。一瞬だけ、空間が熱で歪んだように「ゆらり」と揺れた。
いわゆる光学迷彩と音響遮断の様な物だろうか。そういえば、元いた世界でも軍事利用が開始されたとして物議を呼んでいたっけ。
路地には、こちらを見ていた男たちがいた。
そのうちの一人が口を開きかけたが、空気が揺れた瞬間、顔を強張らせて壁へ背を寄せる。隣の男まで、膝を震わせていた。
(……イツ?)
頼りになる。だが、あの人たちが何かしたのかまでは、僕には分からない。
「シェリル。見られただけなら、そこまでしなくても」
僕が声を落とすと、彼女は何もない隣へ視線を向けた。
「そうね。イツ、少し離れてあげて。誰もがカイを知っているわけでも敵意があるわけでもないのよ」
微かな衣擦れがして、男たちの肩から力が抜けた。
僕は彼らへ小さく頭を下げた。ホント申し訳ない……。
ここは誰かの街で、僕達の方が訪問者なのだ。
僕はシェリルと歩調を揃え、目的の場所へと足を進めた。




