第十九話:円卓の逆転劇、そして許可された「外遊」
「――私は、カイ様の外遊に賛成いたします!」
数日後に訪れた会議場、静寂に包まれていた広間に、イツモアの凛とした、しかしどこか熱を帯びた声が響き渡った。
その瞬間、会議場は凍りついたような沈黙のあと、爆発に近い騒然とした空気に包まれた。数日前「カイ様を一歩も外に出してはならない」と、物理的な結界を張らんばかりの勢いで反対していた筆頭巫女の豹変である。
議長席のヴィンセントにいたっては、あまりの衝撃に椅子から転げ落ちそうになり、辛うじて机の端を掴んで体勢を立て直した。
「イツモア……巫女長!? 正気ですか!? あれほど、あれほど不敬であると、危険であると猛反対していた貴女が!」
彼女を信奉する巫女衆からも、驚愕の混じった悲鳴が上がる。
「イツモア様! 何をおっしゃるのですか! 正気にお戻りください!」
「プロト・ワンの御身に万が一の事があれば、このネオ・エデンの、世界の光が失われるのですよ!?」
非難の嵐が吹き荒れる中、イツモアは悠然と立ち上がり、豊満な胸を張って言い放った。その瞳には、先日シェリルと僕に「攻略」された際に見せた、あの蕩けるような輝きが微かに残っている。
「正気ですとも。貴き御方が自ら下界へ降り、広い世界の現状を知る事……それこそが真の救済、神聖なる導きへと繋がるのです。……それに、私がこの命に代えてもお守りいたします。指一本、不浄なものに触れさせはしません!」
……「誰にも触れさせない」のニュアンスが、ちょっと独占欲寄りな気がするのは僕の気のせいかな?
僕は隣に座るシェリルに視線を送った。彼女は磁器のように滑らかな肌に、いっそ清々しいほどのおすまし顔を浮かべている。
まるで「想定通りですわ」という文字が空間に浮き出て見えるかのようだ。
ヴィンセントはわなわなと震える指をイツモアに向けた。
「浅慮です! 浅慮極まりない! 貴女ともあろう者が、そのような情動に流された発言を……取り消しなさい!」
「情動ではないわ。論理よ」
助け舟を出したのはシェリルだった。彼女は冷徹なまでの冷静さを装い、いつも操作している板状の何かから映像を中空に投影させながら発言する。
「ヴィンセント議長。プロト・ワン――カイの身体状況や因子情報を観測した結果、神殿内に留まり続ける事は、彼の『個』としての進化を停滞させる恐れがあるという結論に達しました。彼の進化を促すには、外部刺激……つまり、実社会との接触が不可欠」
シェリルが身体の管理を任されている事は、この場の誰もが知っている。その彼女から観察結果を示され、ヴィンセントの顔が苦渋に歪む。
僕はそこで、手を上げた。
「僕からも、お願いがある。外に出て何ができるか、自分で確かめたいんだ。もちろん、一人では行かない。場所も日程も先に決めて、連絡もする。危険だと分かったら引き返す」
声が少し上ずった。けれど、ここを二人に任せきりにはしたくなかった。
「守ってもらうのは分かってる。でも、約束を守るのは僕の仕事だから」
ヴィンセントはすぐには答えず、僕をじっと見た。
追い打ちをかけるように、僕は反対側に座る騎士団長、テトライルに視線を向けた。彼女は僕と目が合った瞬間、鋼鉄の鎧が擦れる音を立てて肩を震わせ、耳まで真っ赤に染めて俯いた。
「……テトライルさん、君はどう思う? 反対……かな?」
「っ……! はっ……! プロト・ワンがそうお望みならば……一介の武人として、異論など……あろうはずもございません。御意のままに」
「ぐぬぬ……巫女長も、騎士団長までもが……!」
孤立無援。まさに四面楚歌。
ヴィンセントは、頼みの綱であった武力と信仰の両輪を同時に失い、最後には魂が抜けたように項垂れた。
「……わかりました。主任の同行と、今ご自身で仰った条件をもって許可いたします。後から聞いていなかったとは言わせませんよ」
彼は顔を上げ、絞り出すような声で、僕に最後にして最大の条件を突きつけた。
「ただし! 安全上の観点から、万が一の事があってはなりません! その正体は徹底して隠し通す事。プロト・ワンがネオ・エデンの外にいると知られると下賤な異種族が何を企むか分かったものではありません!」
そう言い、一呼吸置き、体を乗り出し、
「……いいですか、貴方はあくまで『シェリル主任に同行する若き研究助手』、あるいは『巫女長の個人的な従者』として振る舞っていただきます。よろしいですね!?」
「了解。目立たず騒がず、観光……じゃなかった、視察してくるよ」
こうして、僕の「異世界ご都合主義ツアー」が、公式に許可された。
最強のヤンデレ巫女と、謎多き絶世の美女シェリル。
この過剰すぎる布陣を伴って、僕はいよいよ、神殿の外――魔法と神秘が支配する荒野へと足を踏み出す事になったのだ。
席を立つ時、シェリルがそっと僕の袖に触れた。
目が合うと、嬉しそうに、くすりと笑う。
自分で話した事を褒めてくれたのだろうか。
その微笑みに、ほかの意味があるのかまでは分からなかった。




