第十六話:研究室の密談と、シェリルの「共犯」
会議が終わった後、僕は逃げ込むようにしてシェリルの研究室を訪れた。
当然、イツモアも「護衛」として同伴しようとしたが、そこは丁重にお断りした。
するとイツモアは、捨てられた子犬のような……いや、何かに飢えた猛獣のような湿り気を帯びた瞳で僕に詰め寄ってきたのだ。
「カイ様……もう私に飽きてしまわれたのですか? 次はシェリル様ですか? シェリル様は確かにお美しい……ですが! 私はもっと貴方様のお役に立ちたいのです。何をお望みでしょう? お茶ですか? お食事ですか? ご相談でしたら、夜まででも、朝まででも……!」
「ストップ!! イツモア、ダメ、絶対!!」
賢いワンちゃんにストップ! やハウス! と言った後の様に、しゅんとなってその場にへたり込んでしまった。
この勢いで予定を全部埋められては、相談する時間がなくなってしまう。……それにしても、少し離れるだけでこんな顔をされると弱い。
僕は、「レール? 何それ? そんなの知らねぇ!」と言わんばかりの全力疾走する暴走機関車のような彼女をなだめ、その肩に手を置いた。
「イツ。……イツは、僕の事をどう思っている?」
唐突な問いかけに、彼女の猛烈な早口が急停止する。体積の大きい二つの「山脈」の前で固く手を組み、耳の先から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして、彼女は絞り出すように言った。
「……カイ様は、この世界の、そして私の全てです。決して許される事ではないと承知しておりますが……プロト・ワンとしてではなく、1人の男性として、お慕い申し上げております……」
思っていたよりもずっとピュアな返答だった。石を握り込んだ右フックが、こめかみに突き刺さったような衝撃を受ける。
うん? そういえばエイリスのみんなって、寿命長すぎて繁殖とか恋愛みたいな概念が薄いんじゃなかったか? どこで聞いたっけな?
「ありがとう、イツ。僕はてっきり、役目として親切にしてくれているんだと思ってた。でも、そんな事は関係ないくらい、僕も君の事が大切で……その、好きなんだ」
少し鈍い光を放つ白い床に、ペタンと女の子座りをしたまま、彼女は「ビクッ」と体を震わせた。見開かれた瞳がさらに大きく見開かれ、その表情がとろけるような恍惚へと塗り替えられていく。
「……あぁ……」
彼女はそのまま黙り込み、魂が抜けたように動かなくなった。……よし、今だ。
「少しシェリルに相談があるだけなんだ。相談が終わったら、すぐに戻るから、またイツと話したいな」
そう伝えると、イツモアはユラリと幽鬼のように立ち上がり、艶めかしく僕の頬を指先でなぞった。
「お待ちしております……ですが、勿論、今夜も『お話』だけでは済ませませんわ……」
瞳に情欲の気配を宿し、彼女は部屋を後にした。その背中にむわっとした何かを感じた。ヤンデレ気味かと思っていたけれど、そうでは無い様だ。それとも相手がシェリルだから許容されたのか?
まあ、シェリルと「そんな雰囲気」になる予定は今のところないけれど。
その後、僕はシェリルの自室を兼ねた研究室へと通された。
会議室にある物と同じ材質だろうか。艶やかなテーブルの上には、彼女が淹れてくれたお茶が置かれている。
「ねえシェリル、あいつら頭が固すぎるよ。僕はこの世界がどうなっているのか、自分の目で見てみたいだけなのに」
「ふふ、彼らにとっては無理もない事よ、カイ」
シェリルは、親しみを感じる微笑みを浮かべ、カップの取っ手に指を滑らせた。
「ところで、私には相談だけ? たまには、顔を見たくて、とか『今日はお前を抱きに来た』でもいいのよ? 少し興味もあるしね」
そう言い終わると、シェリルはカップ越しに、いたずらっぽい微笑みを送ってきた。
うっ。その言い方はずるい!
あ! クスクス笑っている! こいつ僕をからかう癖があるな!!
「冗談はこれくらいにして……いいわ、私が協力してあげる。論理的に考えれば、貴方が外の世界を正しく認識する事は、これからの私達にとっても大切な事だもの」
彼女はカップを置き、顎をクイっと上げて遠い目をした。かつての記憶でも辿っているのだろうか。やがて視線を僕に戻すと、悪戯を思いついた子供のように嬉しそうに告げた。
「作戦を立てましょう。貴方の正体を隠した、秘密の外遊計画を。私達主導で進めるのよ」
こうして、数日にわたって、僕とシェリルによる外遊プロジェクトのミーティングが行われる事になった。
まずは、外へ出る。その先で、自分にもできる事を一つ見つけたい。
冒険者への道、第一関門は上司との打ち合わせである。なかなか社会人仕様だな。




