第十五話:異世界の「定番」と、高すぎる神の座
騎士団の緊急報告に沸き立つ円卓の間。ホログラムに映し出された無機質な鉄の塊と生物が融合したような存在――『鉄骸』『黙鉄』と呼ばれる存在に、僕は冷や汗を流していた。
……待てよ。あれって魔法でどうにかできるレベルか? それに、今の僕に何ができるんだ?
ふと、自分の手のひらを見つめる。どうやら魔法を行使できない僕は、この世界では文字通り「無力」な存在なのだ。
「あの、ヴィンセント。敵が攻めてくるのは分かったけど、僕って戦力になる?」
巨大な黒い円卓の対面に座るヴィンセントが答えてくれた。
「プロト・ワン。貴方の御身に万が一の事があれば、このネオ・エデンは根底から崩壊します。貴方はただ、ここで我らの崇拝を受けていればよろしい」
その後、巫女の幹部が続ける。
「貴方様は我らの象徴。その象徴を、そしてその威光を守る為に我らエイリスの命はあります。貴方様は、ただこうお命じになられれば良いのです。我の為に命を賭せ、と」
イツモアは発言した巫女の幹部1人に対して「よくぞ言いました」という言葉が聞こえて来る様に、深く頷き、他の者たちも胸元で祈りの印を結んだ。
慇懃無礼なヴィンセントですら、その雰囲気を出した。じゃあ普段もっと敬えよ! デレが壊れたツンデレか? 頼むぜ、オイ。
とは言えその言葉に、僕は少しだけ肩を落とした。
勇者として召喚されたつもりだったのに、実態は「超高級な箱入り息子」だ。しかも凄いぜ? その箱は厚さ30cm以上の防弾壁で四方を囲まれているレベルだ。中からも外からも開きません。
申し訳なさに圧し潰されそうな心境の中、会議は続く。
そんな折、偵察部隊の報告に聞き慣れない単語が混じり始めた。
「外縁部の集落では、『フェリス』や『カニス』の猟師や農民たちが、『鉄骸』に襲撃されたとの情報も入っています」
立ち上がり、簡略的な敬礼の様な仕草をした騎士団の団員が告げた。
フェリス? カニス? 何の事だ?
先ほどの団員は会釈をした後、着席。それよりも上司に見える団員が立ち上がり、同じ動作後、書面に目を落としながら報告を開始する。
「『レプス』の通商連合からも、移送の為、街道の安全確保について要請が来ておりますな。『アヴィス』の偵察員によれば、敵の兵力は通常の1.5倍程と想定以上です」
まただ、『レプス』『アヴィス』……僕達と意思疎通が可能な『異種族』がいる様に聞こえるが……。
僕の脳内サブカルチャー・データベースが激しく反応した。
そんな空気を察してか、ヴィンセントが答えてくれた。
「彼らは我らエイリスとは違い、長い年月の中で独自に進化した種族。一般には『亜人』や『異種族』と呼ばれています」
やはり居たな!! 異種族! ケモナー属性は持ち合わせてはいないが、異世界ファンタジーのお約束だよな。
「レプス族の安全確保要請の他にも、カニス族のギルドからの応援要請が来ております」
その報告事項の一文を、僕は聞き逃さなかった。
ギルド……! 冒険者ギルドの事か? その響きに、僕の心は躍った。
これだ。これこそがファンタジーの醍醐味じゃないか!
神殿で守られ、何から何まで世話をしてもらう生活には、不自由がない。
だが、避難をしている人たちの事が、頭から離れなかった。
僕が元気でいるだけでは、あの荷車は直らない。
ほかにも、自分にできる事はないのだろうか。
もちろん、冒険への憧れもある。
やっぱりギルドで依頼を受けてランクを上げる、初めて訪れたギルドでベテラン冒険者から難癖をつけられる。一番多いのは足を引っかけられる事か?
あと、チート能力で高難易度の案件をあっさり解決。文化の違いからその難易度が僕にはわからず、
「あの……僕……何かやっちゃいました? てへぺろ」
みたいな、あの「お約束」を体験してみたい。男の子の嗜みってもんだ。
よし! 早速行動だ! コミュニケーションエラーを防ぐ為にも僕の意向は伝えなければ。
「あのーー、ヴィンセント。そのギルドっていうの、僕も行ってみたいんだけど。何に困っているのか聞けば、僕にもできる事が見つかるかもしれないし……」
その瞬間、議場の時間がおおよそ5秒程停止した。
「……プロト・ワン。今……なんと仰いましたか?」
その後、ヴィンセントも数秒かけてゆっくりとこちらに首を向け、尋ねてきた。何だか背景で擬音が『ゴゴゴゴゴゴ』と見えるようだ。
ヴィンセントの瞳の奥にある青い環が、凍りつくような冷たさで明滅した。
「貴方は『エイリスの象徴』! ドブ板を踏むような亜人たちの溜まり場に、至高の存在である貴方が足を運ぶなど、断じて許されません!」
ヴィンセントはイス(中空に座面だけ浮かんだモノ)から飛び上がり、艶のない「真っ黒」としか言いようがない円卓を、バンと叩きながら吠えた。
ヴィンセントでも怒るんだ……気を付けよう。
「私も反対です、カイ様!」
隣に控えていたイツモアが、悲痛な表情で僕の手を握りしめた。
「外の世界は汚染され、野蛮な異種族が溢れています。貴方様の清らかなお体に、塵一つ触れさせたくありません!」
「……だよね。やっぱりダメだよね……」
騎士団長テトライルや評議委員たちからも、一斉に「ばかな! ありえない」という視線の集中砲火を浴び、僕はあえなく撃沈した。
だが、僕は諦めていなかった。
……こっそり抜け出す方法、ないかな。シェリルなら、なんとかしてくれるかも……
視線を送ると、シェリルは意味深な笑みを浮かべて、そっと僕にウインクを返してきた。




