第十二話:神速の残光と静かなる疑念
「……プロト・ワン。貴方様の力、この身で確かめさせてほしい」
しかし、このテトライルという騎士団長も女神像と少し似ている気がする。シェリル曰く「女神に由来するから」と言っていたが、街で見たエイリスやヴィンセントはそれほど似ていない気がする。
能力や役割、創造のされ方の違いだろうか?
テトライルが立ち上がり、その鋭い眼光を僕に向けた。ヴィンセントが薄く口角を上げる。
「主任の許可があるならば。目覚めて間もない御身です。身体の状態を確かめる範囲でお願いいたします」
えっ!!? なにを言っているんだ!? 転生モノのお約束だけどさ……ヴィンセント! 止めろよ!
僕の心臓は、一瞬で体積が4倍になったかと思うほどの激しい鼓動を爆発させた。
「無理をする必要はないわ、カイ。やめたい時は、手を上げてね」
シェリルが僕の袖口を整えながら言った。腰のあたりにも細い帯を締め、緩みがないか確かめる。
「演習場の守りは私が見ているわ。テトラ、外周の停止線と、受け止めの加護の確認を」
「異常ありません。武器への制限も確認済みです」
テトライルが床の縁を指すと、淡い光が円を描いた。無防備で殴り合うわけではないらしい。少しだけ、息が戻る。
しかし待てよ? 流石に異世界転生だったら、何かしらのチートスキルがあるはずだよな? なんとかなるのか?
この世界に来てから、僕は魔法の訓練もしていた。だが、全く使えない。どうやら僕には大気に充満する魔力、「ナノ・マナ」を感じる事が出来ないようだ。
だが、このイベントを契機に僕の秘められた力が覚醒するといった流れなのか? 僕はプロト・ワンと呼ばれる程の超重要人物の様だし、死ぬ事はないだろう。
根拠のない期待に縋りながらも、試してみたい気持ちはあった。自分の体の事を、いつまでも人に聞くだけでは分からない。
僕はシェリルに頷き、とびっきりの「決め顔」を作って言い放った。
「分かりました。お手柔らかにお願いします、テトライルさん」
努めて冷静に、それっぽいファイティングポーズをとる。そう、ピーカブースタイルだ。……実際には、恐ろしいほどのへっぴり腰だったはずだが。
「参る!」
テトライルの体がブレた。彼女が踏み込んだ瞬間、足元の地面から青白い光の粒子が火花のように散る。
剣には手をかけていない。どうやら、まずは僕の動きを見るつもりらしい。
直後、ドォォォォンという轟音と共に、さっきまで僕が立っていた白銀の床が派手に陥没した。
その中央には、床から生えてきたかのようにテトライルの拳が深く突き刺さっている。
僕が視認できたのは、もはや彼女の残像だけだった。
だが、何故だか僕は無傷だった。結果として、攻撃を「瞬間移動」でもしたかのように躱してしまっていたのだ。
ヴィンセントとテトライルの顔には「何が起きた?」という驚愕が顔中に張り付いている。
少し離れた場所で、こちらに背を向け何かを操作しているシェリルの様子が気になるが、今はそれどころではない!
あれが直撃したら、と思うだけで足がすくむ!
安全だと聞くのと、怖くないのは別の話だぞ!?
「……なるほど。よく避けました。では――」
テトラが、今度は兵士の1人が捧げ持つ木剣を手に取る。
その時、視界の端でシェリルの指が、魔法の板の上を素早く動いたように見えた。
何をしているのか気になったが、それを考える暇もなく、僕は木剣を受け取り構えた。へっぴり流剣術の開祖と呼んでくれ!
「しゅっ」
テトライルが短い息を吐く。
その表情からは余計な感情が消えていた。
戦いを愉しんでいるというより、ただ目の前の僕と、その動きだけを見極める為の集中がそこにあった。
繰り出される怒涛の連撃。……らしいのだが、何故か当たらない。
いや、躱しているのか?
明らかに慣性を無視し、物理法則を嘲笑うような不自然な体勢で、僕の体は宙を舞うように攻撃を回避し続けていた。
何だ? 中空で地面と平行の体勢で停止し、そのまま上下左右に移動し、テトライルの斬撃を躱して? いる?
そして僕には「躱している」という記憶も意志もない。ただ結果として当たっていない、という個人的な感想に過ぎないが――これなら攻撃もいけるんじゃないか?
僕は調子に乗った。乗ったというより、全速力で調子に跨った。
それでも、闇雲に振ったところで当たる相手ではない。連撃の後、テトラは必ず僕の足元を見る。一瞬だ。次の動きを確かめているのだろうか。
次にその目が下がった時、そこへ合わせてみよう。
「はぁっ!!!」
渾身の力で木剣を振るってみる。「へっぴりの呼吸、八の型」だ! 一応、テトラの肩にヒットした!
だが……。
「ぽぃぃぃん」
そんな気の抜けた効果音が聞こえてきそうな、あまりにも、あまりにも、ほのぼのとした感触だった。
しかし、効果は絶大だった。
あまりの「ダメージのなさ」にテトラが絶句し、硬直したように動きを止めたのだ。彼女は恐ろしい程に見開いた目で、呆然と中空を見つめている。
「……ここまでにしましょう。ありがとうございました」
テトライルは木剣を兵士へ返し、静かに頭を下げた。
「何かと不慣れな中、不躾な真似を。大変申し訳ございませんでした……」
周りを見回すと、兵士たちは石像のように固まり、僕とテトラを交互に見ている。ヴィンセントは「思案に耽っています」と言わんばかりに顎に手を当て、こちらを凝視していた。
そしてシェリルは――こちらに背を向けたまま、肩が小刻みに震えていた。
あっ! あれ、絶対笑ってるよな!?
ただ、僕がよろけた瞬間には、彼女の顔がこちらへ向いた。笑いを引っ込めた目で、僕の足と手を確かめている。
「痛いところは、ない?」
「……自尊心くらいかな」
今度こそ、シェリルが口元を押さえた。
数秒の沈黙。止まった時間の歯車を力技で回すように、ヴィンセントが口を開いた。
「プロト・ワン。そろそろ神殿にお戻りになる時間かと」
若干涙目のシェリルも、ようやく振り向くとすまし顔で告げた。
「そうね、戻りましょうか、カイ。イツも待っているわよ」
泣くほど笑うなよ……!
結局、僕のチートスキルは何だったのか。無意識の瞬間移動? それはそれで凄いが、あの「ぽぃぃぃん」となる非力さはどうにかならないものか……。
不穏な表情のヴィンセント、すまし顔のシェリル、そして未だ無表情(というか虚無)なテトラを引き連れ、僕は迎えの円盤に乗り込んだ。
帰ったら、イツモアに慰めてもらおう……




