第十一話:演習場の閃光
シェリルに連れられてやってきたのは、街の外れにある広大な円形競技場のような場所だった。石造りの観客席に囲まれたその演習場では、銀色の軽鎧に身を包んだエイリスの兵士たちが整然と並んでいる。
ギリシャだっけ? こんな観光名所があったのは。コロシアムみたいだな。あっちの実物は遺跡だけど、現役だとこんな風に運用されてるのか……。しかし、みんなこっちをガン見してないか?
「おや、プロト・ワン。案外お早いお着きで。イツとの必要以上の『結合』のし過ぎで腑抜けになっているかと思いましたが」
中央で腕を組んでいたのは、やはりこの男、ヴィンセントだ。相変わらず嫌味なほど姿勢が良い。
「はいはい。そうだね。でも今、絶好調なんだ。さっきエナジードリンクを飲んだからね」
こいつの発言をいちいち吟味していると疲れるんだ。ここは適当に流しておこう。
「? エナジードリンク?」
ヴィンセントが「はて?」という顔をした。隣でシェリルが、柔らかく握った左拳を口の近くにあて、クスクスと笑いながら口を開く。
「女神像の聖水の事よ。イツにもお土産として汲んでいたわ」
シェリルは何がツボにはまったのか、とても楽しそうだ。対照的に、ヴィンセントの眉がピクリと動く。
「ほう……それはそれはお優しい。あれはあくまで水源というだけで、一般家庭にも同じ物が際限なく供給されているというのに。わざわざ手ずからお渡しになられるとは」
え? そうなの? 確かに水源って言ってたけど……これじゃあ道端の石を拾って女性に渡すようなものじゃないか。
僕は凄い勢いで首を九十度旋回させシェリルを目ヂカラ光線でロックオンすると、彼女は笑うのを止め、僕が見ている方向に合わせて首を旋回させた。
何だよ、言ってくれてもいいじゃないか! 盛大に恥をかいた……!
しかし、シェリルはこちらに顔を向け直し、優しく微笑んだ。
「貴方のその優しさがいいんじゃない。イツもきっと喜ぶわよ」
本当にいいヤツだ。たまに目が笑っていなくて、感情を感じない様な冷たさがある気がするけど。
「……さて。無駄話はこれまでにしましょう。本日はプロト・ワンに、我らエイリス騎士団の鍛錬をご覧に入れましょう」
とヴィンセントが場の空気を転換させ、本題に取り掛かろうとした、その時。
演習場の重厚な石門が音を立てて開き、一台の漆黒の大型バイク……もとい、馬を模したような有機的機械装甲に跨った長身の女性が滑り込んできた。
「遅れたな、ヴィンセント。南の敵対勢力の掃討に手間取った」
凛とした声が大声量で響き、声の主と思しき人物が愛機から飛び降りる。長身の女性。
彼女の背後にある「バイク」は、主が離れると同時に周囲の空間が明滅を繰り返し、生き物のように身震いして待機モードに入った。
めちゃくちゃカッコいい……! 「AKIRA」の金田が乗っていたバイクの様だ! その銀に近いバイクが生き物みたいに動いたぞ。
あのアスリートみたいな女の人が騎士団長か? 異世界にバイクって、この世界の文明レベルどうなってるんだ?
何より、その顔には戦闘を終えたばかりの人間が持つ、張り詰めた緊張が残っていた。
手甲には泥が乾いて張り付き、肩の鎧には新しい擦り傷がある。彼女は振り返った兵士の一人へ短く声を掛けた。
「南門へ戻った者を先に休ませろ。交代の組には、私から後で指示する」
自分の休憩は後回しらしい。かっこいい、というだけでは済まない仕事なのだと思った。
兵士達は全員、修練を止め、緊張の面持ちで直立不動の姿勢に移行していた。
彼女の視線だけが鋭く周囲を探り、演習場にいる人間を1人ずつ確認している。その目が、僕のところで止まった。
「テトラか。ご苦労様。貴女が手間取ったとなれば、やや問題ですが……しかし、『あれら』の目的は一体……」
ヴィンセントは一旦、思案に耽る態勢に入りかけたが、それをすぐに拒否してこちらに顔を向けた。
「戦果や報告は後で頂くとしましょう。さてプロト・ワン、紹介いたします。こちらはテトライル。我らがエイリス騎士団の団長。我らの武の守護者です」
日焼けした褐色の肌。見た目にはハッキリと筋肉質には見えないが、何故だかわかる。内部に高密度の筋肉が凝縮されている事が。
「初めまして。私の名前は……すみません、名前をハッキリと思い出せないので名乗れないのですが、皆さんにはプロト・ワンと呼ばれていて……。あっ! 今は仮名でカイと名乗っています。よろしくお願いいたします」
テトライルと呼ばれている女性は、呆然と何かを思い出そうとしている様子でこちらを凝視している。
「テトラ。どうしましたか? 以前、騎士団の方には使いを出しプロト・ワンが目覚めたと伝令を出したはずですが?」
ヴィンセントの呼びかけに、ハッと我に返った彼女は、何か思う所でもあるかのような表情でこちらに向き直り、鞘ごと腰から剣を外し、両手で持ち、片膝をついた体勢をとった。
「お初にお目にかかります、プロト・ワン。『女神の寵愛』を受ける者よ。私はテトライル。エイリス騎士団団長の任を拝命している者です。以後、お見知り置きを」
これがこの世界の騎士の敬礼か。かっけー!! 憧れちゃう!! 仲間に『武の守護者』とかって呼ばれてみたい!
こうして、エイリス騎士団団長、テトライル――愛称テトラとの邂逅を迎えたのだった。




