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最強の眷属たちに囲まれて、まったりダンジョン運営してます~裏山ダンジョン、ときどき攻略者~  作者: Jasmin


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第8話 殺さない

家に帰り着いた頃には、日が傾き始めていた。

玄関を開けると、ユキが廊下の奥から姿を見せた。いつもの無表情――に見えるが、こころなしか目元が少しだけ柔らかい気がする。


「おかえりなさいませ、ご主人様。」


「ただいま。メッセージ見てくれた?」


「はい。攻略者登録が無事に完了されたとのこと、お疲れさまでした。」


ユキは小さく頭を下げてから、すっと真っ直ぐにこちらを見た。


「ご主人様。お話ししたい件がございます。本日、ご主人様が外出されている間に、いくつか調べ物をしておりました。」


「調べ物?」


「はい。ダンジョンの運営に関する情報を収集しておりました。ご主人様が来週から攻略者として外で活動されるのであれば、このダンジョンをどう運営していくか、方針を明確にしておくべきかと思います。」


ユキの言う通り、攻略者登録のことで頭がいっぱいだったが、俺はダンジョンマスターだ。自分のダンジョンをどうするか、ちゃんと考えなければならない。


「分かった。ちょっと中で話そう。」


ダンジョンに入り、居住スペースに腰を落ち着けた。ユキは静かに話し始めた。


「まず、現在のダンジョンマスターの一般的な運営形態についてです。インターネット上の情報を総合しますと、大多数のマスターは防衛と撃退に特化した運営を行っています。」


「防衛と撃退か。」


「はい。攻略者がダンジョンに侵入してくる以上、マスターにとって最も合理的な選択は、侵入者を迎撃し、排除することです。モンスターの配置、トラップの設計、フロア構造の複雑化。手段は様々ですが、目的はすべて同じです。」


「侵入者を殺すこと、だよな?」


「はい。攻略者がダンジョン内で命を落とした場合、その者が持つすべての魔力がダンジョンに吸収されます。これが多くのマスターにとって、最も効率の良い魔力獲得手段とされています。」


淡々と語るユキの声に感情の色はないが、説明は明快だった。

要するに、侵入してきた攻略者を殺して、その魔力を奪う。それがダンジョンマスターの「普通」のやり方だということだ。マスターと攻略者の関係が「殺すか殺されるか」だと言われている理由がよく分かる。


「ただし、この方式にはリスクもあるようです。」


「リスク?」


「強力なダンジョンほど、高ランクの攻略者に目をつけられやすくなります。強力なダンジョン=攻略すれば大きな報酬、という認識があるためです。防衛を固めた結果、より強い相手を呼び寄せてしまうという矛盾が生じます。」


なるほど。強くなればなるほど狙われる、か。


「一方で、これまでの経緯から、魔力の吸収にはもう一つの経路があるようです。生命体がダンジョン内に滞在するだけで、微量の魔力が継続的にダンジョンへ流入します。」


「確かに、前にそんな話をしたな。」


「はい。吸収される側にとっては自覚症状も健康被害もない程度のものですが。一人あたりの量は僅かでも、滞在者が増えれば総量は無視できないものになるかと。」


ユキはそこで一度言葉を切り、こちらの反応を窺うように視線を向けた。


「以上を踏まえて、ご主人様にお伺いしたいことがあります。」


「うん。」


「ご主人様は、このダンジョンをどのようにされたいですか。」


真っ直ぐな問いかけだった。

俺は少しだけ考えた。漠然とした考えはずっと頭の隅にあった。ただ、それを言葉にしたことがなかっただけだ。


「……俺さ、会社辞めてここに来たの、ぶっちゃけ生活に嫌気が差したからなんだよな。」


ユキは黙って聞いている。


「毎朝満員電車に乗って、上司に怒られて、終電で帰って、休日も疲れて寝てるだけ。そういう生活がもう嫌になって、逃げてきた。あ、電車って言っても分からないか。とにかく、せっかく田舎に引っ越して、やっと自由になれたのに、今度はダンジョンで殺し合いをやるってのはなんか本末転倒だなって思う。」


言葉にしてみると、意外とすっきりした。自分の中でもやっと整理がついた感覚がある。


「攻略者として外に出れば、それなりに危険なこともあるだろうし、戦うことも避けられない。それは分かってる。でも、少なくともこのダンジョンの中は、血なまぐさい場所にはしたくない。」


ユキの表情は変わらない。ただ、微かに首を傾げた。考えを巡らせているのか、それとも俺の言葉を噛み砕いているのか。


「もちろん、何もしないってわけじゃない。降りかかる火の粉は振り払う。ダンジョンに手を出してくる奴がいたら、全力で守る。でも、こっちから攻略者を殺しにいくような運営は、やりたくない。」


しばらくの沈黙があった。

ダンジョンの壁面から淡い光が漏れていて、静かな空間に二人分の呼吸だけが聞こえる。


「……承知いたしました。」


ユキの声は、いつも通り落ち着いていた。否定も肯定も、そこには含まれていない。


「ただ、一つ確認させてください。攻略者を殺さないという方針は、このダンジョンの防衛力を大きく制限することになります。それでも、よろしいのですか。」


「ああ。そこは覚悟してる。」


即答した。ユキは俺の目を見て、小さく頷いた。確認はそれだけだった。


「であれば、先ほどお話しした滞在による魔力吸収が、運営の軸になるかと思います。攻略者を排除するのではなく、むしろ滞在してもらう理由を作る。そうすれば、継続的な魔力の蓄積が見込めます。」


「滞在してもらう理由、か。」


「はい。たとえば、攻略者が必要とするサービスをダンジョン内で提供する、という考え方です。疲労の回復や、装備の補充、あるいは訓練の場。攻略者が求めるものは戦利品だけではないはずです。具体的な形は、まだ検討が必要ですが。」


ユキの口調は提案というより、方向性の確認に近かった。まだダンジョンは小規模で、俺とユキの二人しかいない。大それた施設を作る余力はない。でも、目指す方向は何となく見えている。


「ただし。」


「うん?」


「何があっても、ご主人様を危険にさらすことはいたしません。私が。」


「俺としてはユキが危険にさらされるのも嫌だけど、うん、分かった。よろしく頼むよ。」


攻略者にとってダンジョンは「攻略すべき敵」であり、マスターは「倒すべき相手」だ。そんな相手のダンジョンに自ら滞在しに来るなんて、普通に考えれば成り立たない。だが、もし攻略者にとって利用するメリットが明確なら、話は別かもしれない。


「まぁ、具体的にどうするかは、もう少し調べてから考えよう。まずは今度のダンジョン攻略を生き残るのが先だ。」


「はい。……ご主人様。」


「ん?」


「ダンジョン攻略ですが、私はお供できません。ダンジョンを留守にすることは出来ませんので。」


「あぁ、分かってる。初心者向けのダンジョンだし、何とかなる……と思う。多分。」


「…………。」


ユキの沈黙が、明らかに「多分」の部分に引っかかっている。


「お気をつけください。必ず、ご無事でお戻りください。」


「ああ。約束する。」


軽く答えたつもりだったが、ユキの目が一瞬だけ真剣な光を帯びた。

封印から目覚めたばかりで、頼れる相手が俺しかいない。その俺が一人で危険な場所に行くと言っているのだから、不安に思うのは当然だ。


なんとなく、俺なんかよりはるかに強いはずのユキが小さく見えて。その頭をそっと撫でてみた。


「本当に、ちゃんと帰ってくるから。」


もう一度言うと、ユキは小さく頷いた。


「はい。お待ちしております。」


明日からはダンジョン攻略に向けて、準備を進めよう。装備は何が必要か、ダンジョンの情報はどこで手に入るか。やることは山ほどある。


――――

貯金残高:430,000円 / ダンジョン蓄積魔力:20

スキル:なし

眷属:ユキ(エルダーエルフ)

――――


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