第7話 適性検査
攻略者協会の支部は、駅前から少し歩いた大通り沿いにあった。
地図アプリが示す場所に辿り着いて、俺は思わず足を止めた。想像していたのは役所のような地味な建物だったのだが、実際には五階建てのガラス張りのビルで、正面には「攻略者協会 第七支部」と大きなプレートが掲げられている。入口には攻略者らしき人間が何人も出入りしていて、なんというか、活気がある。
ハローワークというよりは、ちょっと格好いいスポーツジムみたいな雰囲気だ。
場違い感を飲み込みながら、自動ドアをくぐった。
エントランスは広く、正面に受付カウンターが並んでいる。壁面には大型ディスプレイが設置されていて、依頼情報やランキングらしきものがスクロール表示されていた。右手には待合スペースがあり、ソファに座った攻略者らしき人たちが談笑している。
受付カウンターに近づくと、一人の女性が顔を上げた。
「いらっしゃいませ。攻略者協会第七支部です。本日はどのようなご用件でしょうか?」
栗色の髪をきっちりと一つにまとめた、二十代半ばくらいの女性だった。制服の上からでも分かるほど姿勢が良く、落ち着いた声と隙のない笑顔が「有能な事務職」という印象を与える。ネームプレートには「朝霧」とあった。
「あの、新規登録をしたいんですが。」
「新規登録ですね。かしこまりました。では、こちらの書類にご記入をお願いいたします。」
差し出された書類に、名前、年齢、住所、連絡先、職歴などを記入していく。職歴の欄に「無職」と書くとき、妙な感慨があった。ついこの間まで、こういう書類の「職業」欄には当然のように会社名を書いていたのに。
「ご記入ありがとうございます。鷹峰様ですね。新規登録には適性検査の受検が必要となりますが、本日このままお受けになりますか?」
「すぐ受けれるんですね。お願いします。」
「では、検査室へご案内いたします。こちらへどうぞ。」
朝霧さんはカウンターから出てきて、奥の廊下へと俺を案内した。歩きながら、検査の流れを簡潔に説明してくれる。基礎体力測定と魔力テストの二段階で、所要時間は三十分ほどとのこと。説明が分かりやすくて淀みがない。慣れているのだろう。
案内された検査室には測定機器がいくつか並んでおり、白衣を着た中年の男性検査官が待っていた。
「新規の方ですね。では、まず基礎体力測定から始めます。」
検査官は淡々とした口調で指示を出し、俺はそれに従って測定をこなしていった。握力測定、反射速度テスト、跳躍力測定。
やりながら、ふと気づいたことがあった。
体が、軽い。
ユキを召喚してからずっと感じていた、漠然とした体調の良さ。なぜか全く疲れを感じなくなったとか、そういうレベルの変化は自覚していた。田舎暮らしで体を動かすようになったからだろう、くらいに思っていたのだが。
握力計を握り込んだとき、明らかに以前の自分とは違う手応えがあった。反射速度のテストでは、点滅するライトに対して自分でも驚くほど素早く反応できた。
「…………。」
検査官が測定器の数値を見て、動きを止めた。
眉をひそめ、もう一度数値を確認している。
「すみません。もう一度、握力の測定をお願いできますか。」
「あ、はい。」
言われるまま、再測定。検査官は結果を見て、今度は露骨に眉間のしわを深くした。
「……反射速度も、もう一度。」
再測定。検査官の表情がさらに険しくなる。
「あの、何か問題が……。」
「いえ。問題というか……。」
検査官は歯切れの悪い声で言いかけて、首を振った。
「続けましょう。魔力テストに移ります。」
魔力テストは、台座の上に置かれた拳大の水晶に手を触れるというものだった。水晶が潜在魔力に反応して発光し、その強度で魔力量を測定するらしい。
「手を置いてください。」
言われるまま、水晶に右手を乗せた。
水晶が、光った。
薄い青白い光が灯り、それがみるみる強くなっていく。
「……は?」
検査官が、今度は声を上げた。
水晶の光が収まらない。青白い光がどんどん強さを増し、部屋全体を照らすほどになっている。
「手を、手を離してください!」
慌てて手を離した。光は徐々に収まったが、検査官は水晶と俺の顔を交互に見比べて、完全に固まっていた。
「……少々お待ちください。」
検査官は足早に部屋を出ていった。
一人残された俺は、正直よく分からないまま検査室の椅子に座っていた。何かまずいことをしただろうか。測定器を壊したとか、そういうことでなければいいのだが。
数分後、検査官が戻ってきた。手にはプリントアウトされた検査結果の用紙がある。その後ろから、朝霧さんもついてきていた。表情は相変わらず整った微笑みだが、目の奥にわずかに好奇心のようなものが見えた気がした。
「お待たせいたしました。検査結果が出ましたので、ご説明させていただきます。」
朝霧さんが、検査結果の用紙を俺に見せながら説明を始めた。
「まず基礎体力測定ですが、鷹峰様の数値はEランク新規登録者の平均値の約20倍です。」
「…………20倍?」
「はい。特に反射速度と瞬発力が顕著で、こちらはBランク攻略者の平均に匹敵する数値となっております。
それはさすがに何かの間違いではないかと思ったが、朝霧さんの声に冗談の気配はない。
「続いて魔力テストですが、こちらは途中で手を放していただいたので、測定不能です。便宜上、測定器の上限として記録させていただきました。」
俺の頭の中で、何かがカチリと嵌まった。
眷属のステータスの1/10が、マスター自身に加算される。
ダンジョンマスターに覚醒したとき、そういう情報が頭に流れ込んできたのを思い出した。当時はユキの召喚やら覚醒やらで頭がいっぱいで、正直あまり深く考えていなかった。体調が良くなったのも、田舎暮らしのおかげだと勝手に納得していた。
たった1/10で、Bランク攻略者に匹敵する身体能力。たった1/10で、測定不能になるほどの魔力量。
ユキとはいったい何者なのか。それが分かる日は来るのだろうか。
それに、俺の天賦は――召喚は、思っていたよりも遥かにとんでもないものなのかもしれない。強力な眷属を召喚すればするほど、マスター自身も底上げされていく。しかもそれは理由は不明だがダンジョンの外でも有効だ。天賦そのものはダンジョン内でしか使えないが、恩恵は常に俺の体に刻まれている。
背筋が、少しだけ粟立った。
畏怖、という言葉が近い。自分が手にしたものの大きさを受け止めきれずにいる。
「鷹峰さん?」
朝霧さんの声で我に返った。
「あ、すみません。ちょっと驚いてしまって。」
「無理もありません。これほどの数値を新規登録で出される方は前代未聞ですので、私どもも驚いております。」
朝霧さんはそう言いながら、少しだけ表情を和らげた。事務的な対応が逆に心を落ち着かせてくれる。
「何か特別なトレーニングをされていたのですか?」
「いえ、特には……。田舎暮らしで体を動かすようになったくらいで。」
嘘ではない。嘘ではないが、本当の理由は言えるわけもない。
「そうですか。いずれにせよ、鷹峰様さんのポテンシャルは恐ろしく高いかと存じます。」
それからEランクの登録証を発行してもらい、簡単な活動ガイダンスを受けた。活動可能なダンジョンの一覧、依頼の受け方、報酬の受け取り方法。必要な情報を一通り説明してくれたが、俺は気もそぞろといった感じだった。朝霧さんは、最後にこう付け加えた。
「初めてのダンジョン攻略ですが、翠嶺洞というダンジョンの低階層が、最初の実戦にはおすすめです。
「ありがとう、参考にさせてもらいます。」
「お気をつけて。」
協会を出ると、午後の日差しが眩しかった。
ポケットの中の登録証に触れる。
バス停に向かいながら、さっきの検査結果を反芻する。
ユキのステータスの1/10。たったそれだけで、この数値。もしこの先、新しい眷属を召喚したら。それも強力な存在を呼べたとしたら。
召喚の天賦がもたらすものの全容は、まだ全く見えていない。
スマホを取り出して、メッセージアプリを開く。ユキとのトーク画面。
短いメッセージだけを送った。
『登録できた。Eランクだってさ。』
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貯金残高:450,000円 / ダンジョン蓄積魔力:10
スキル:なし
眷属:ユキ(エルダーエルフ)
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