第77話 狂気の料理人
「では、細かい業務の内容を詰めさせてください。お互い飲める内容であれば、最後に契約書にサインしていただきます。まずは基本の業務内容から――」
メフィスがそう切り出して、書類の束をめくった。
「未稼働になっている工房エリアの責任者として、攻略者の武具のメンテナンス、それからダンジョン素材を使ったオーダーメイド製作を担っていただきます。必要な物品はこちらで準備します。」
「メンテナンスならいつもやってる仕事だな。だが、オーダーメイドのほうは俺の手に余るんじゃないか。」
「ご心配なく、工房へは他の方も応募してきています。その部分をフォローできる技術者に目星はついています。」
鏑木さんが書類をもう一段めくる。
「勤務は週5日、9時から18時か、こんなものでいいのか?」
「えぇ、ですが勤務時間については稼働してから柔軟に決めましょう。勿論、稼働が上がった分や、難易度の高い依頼があった場合には補填します。」
「了解だ。あとは、ここまで来るのは遠くてな。住居を何とかしたいんだが……。」
「なるほど……。」
そう言ってメフィスはこっちをちらっと見た。確かに、事前に出なかった話だ。
「住居なら、工房エリアを拡張する形で、隣接の寮を作れますよ。もちろん、鏑木さんが良ければですが。」
「助かる、独り身だし何の問題もない。」
「分かりました。ほかの応募者にもその方向で打診しましょう。」
鏑木さんは、ふぅ、と長い息を吐いた。
「ここまでしてくれるなら俺に否やは無いな。それに、今の店も今月中で辞めるつもりでいた。」
「一応聞きますが、いいんですか?」
俺がそう聞くと、鏑木さんは小さく苦笑した。
「応募時点で覚悟は決まってる。俺もいい歳だしな。気合は入っちまうさ。」
書類の最後に契約書が綴じられている。鏑木さんが目を通して、ペンを取った。書面の縁に、すぅっと紫色の光が走って吸い込まれる。
「これで――契約成立でございます。今後ともよろしくお願い申し上げます。」
「こちらこそ。改めてよろしく頼む。」
鏑木さんと固く握手を交わす。
「で、次が彼女だね。」
シノがノートPCを見ながら、目を細めた。
「料理人の応募者、モンスター素材料理の研究家。」
「どんな奴なんだか。」
「外見は地味目な感じだけど、無頓着な感じっていうか、たぶん興味のあることが最優先なタイプなんじゃない?」
画面を傾けてくれたので覗き込む。無造作に後ろで束ねた髪に、白いコックコートだけは清潔そうに見える。
シノが、コンシェルさんに合図を出す。ぱたぱたと、扉の外で小さな足音が遠ざかっていった。
しばらくして、扉がノックされた。コンシェルさんが先に顔を覗かせて、後ろから応募者が入ってくる。
「失礼します。」
小さく頭を下げて、応募者が入ってくる。痩せ気味で、眼鏡越しにきょろきょろと室内を見回している。
「どうぞ、お掛けください。」
「はい、失礼します。」
ぺこぺこと頭を下げてから席に着いた。
「裏山ダンジョン、ダンジョンマスターの鷹峰です。」
「島田麻希です。よろしくお願いいたします。」
鏑木さんの時と同様、簡単にダンジョンについて説明したあと、メフィスが早速本題に入る。
「まずは業務内容のご説明です。途中で気になったことがあれば、適宜ご質問ください。」
メフィスがそう言いながら、シノに目配せした。シノがコンシェルさんを使いに出す。
「コンシェルさん、コムギ呼んできてくれる?」
「かしこまりました。」
ぱたぱたと、また小さな足音が遠ざかる。
「当ダンジョンの食堂エリアでは、現在、コムギという土精がパン焼きを担当しております。といってもなかなか想像がつかないと思いますので、これから会っていただきます。それ以外の料理は、一般的な惣菜レベルで改善の必要があるのです。新たな食堂エリアの担当者には、メニュー開発から店舗運営まで、ほぼ全権をお任せする形になります。」
「全権、ですか。」
「素材の調達についても、当ダンジョン内で攻略者の方々が現役で討伐しておりますので、新鮮な素材を優先的に回せます。」
「新鮮な、モンスター素材……!す、すごい!」
やはり。ここが彼女の琴線に触れるポイントだろう。
そこで、扉がふたたびノックされて、コンシェルさんがコムギを連れて入ってきた。
「お連れいたしました。」
身長30cmの土精が、三角帽子をぽわんと光らせながら、ちょこちょこと歩いてくる。両手で小さなパンを抱えている。さっき焼き上がったやつだろう、まだ湯気が出ていた。
「ご紹介いたします。当ダンジョン食堂エリア、パン焼き担当、コムギ様です。」
「コムギ。パン焼く。」
短い自己紹介だ。手の中のパンを、机の向こうの島田さんに差し出した。
「あ……、あ……。モンスターが手ずから焼いたパン……!」
島田さんが口を開けたまま固まった。そして、ゴクリと喉を鳴らす。
「焼きたて。あったかい。」
コムギが促すように、パンを少し前に出す。
島田さんが、ようやく両手でそれを受け取った。
パンに鼻を近づけて、軽く嗅ぐ。それから、ひと口齧った。眉間に皺が寄って、じわっと、目頭に何かが出ている。
「お、美味しい!」
「パン。おいしい。」
コムギも頷いた。三角帽子の光が一段だけ強くなる。
「コムギちゃん、これ、何時間発酵させてます?」
「?」
「あ、あれ?」
「焼く?」
「は、はい、焼きますよね。」
たぶん会話は成立していないが、コムギとの相性も悪くないような気がする。
「し、知りたい……コムギちゃんが焼くパンがなぜ美味しく仕上がるのか……!」
トリップ状態だった島田さんがバッと俺のほうを見た。
「ここで働かせていただけるなら、まかないだけあれば大丈夫です!いえ、ここで!働かせてください!」
控えめな印象は霧散し、ある種の狂気さえ感じる。しかし、そこは空気の読めない男、メフィスが割り込んだ。
「いえ、労働の報酬は受け取っていただきます。勤務時間は――」
説明を終えたメフィスが小さく息を吐いた。
「お引き受けいただけそうですか。」
「やらせて、ください!」
本当に聞いているのか分からないくらい興奮気味だが、まぁいいだろう。
メフィスが小さく頷いて、書類の最後のページに手を伸ばす。
「では、契約を。」
ペンが書面の上を走る。今日2度目の紫色の光が、すぅっと吸い込まれた。
「これで、成立でございます。」
島田さんはガッツポーズをして、コムギを抱えた。コムギもなされるがまま、短い腕をだらんと下げて、島田さんの顔を見上げている。
「早速食堂を見てきてもいいですか!」
「あぁ、好きに見てくれ。明日から、攻略者からの食材買取も食堂エリアで始めるから、そこからメニュー作成を開始してくれるか?ひとまずの買い取り資金は後で渡しに行く。」
「分かりました!コムギちゃん、行きますよ!」
食堂エリアに島田さんが突入していき、しばらくしてうぉおおおという歓声が聞こえてきた。早速コムギがパン焼きを披露したに違いない。
「あはは、すごい人来たね。」
「だな。まぁ、コムギとも相性よさそうだし、いいんじゃないかな。」
「えぇ、しかし、緊張いたしました……。」
こいつはこの前、俺がリンドヴルムに捕獲されたとき見捨てたからな。仕返ししてやろう。
「メフィスの角としっぽ、チラチラ見てたよな。食われるんじゃないか?」
「ヒエッ――」
メフィスが、胃を押さえたまま固まった。
「冗談だよ、お疲れ。」
「な、なんという暴君……。」
「言いすぎだろ。」
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貯金残高:7,925,000円 / ダンジョン蓄積魔力:1,342
スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2 / 【魔力操作】Lv.2 / 【マナバースト】Lv.3
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)/ 猫又(下位妖獣)/ コムギ(土精)/ メフィス(契約の悪魔)/ リヴァイアサン
【ダンジョン構成】
入口 → 温泉街エリア(補給/工房/宿泊/食堂/湯治)→ 森エリア / 火山・大空洞エリア / 海洋エリア&バベルの塔 → 居住エリア(塔最上階)→ コアの小部屋
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