第74話 余韻
「お疲れ。いい配信だったな。」
俺がそう言うと、シノは肩の力を抜いて椅子の背にもたれた。
「ひかりちゃん、良い感じだったね〜。」
「ああ、迎えに行ってくるよ。」
共鳴施設の浜辺にいるはずだ。寝台の上で目を覚ましているだろう。
浜辺に転移すると、夜風が頬に当たった。共鳴施設の入口のところに、ひかりが立っている。受付のコンシェルさんを撫でて暇を潰していたみたいだ。こちらに気づいて、ぱっと顔を上げた。
「遥さん!」
駆け寄ってくる。額にまだうっすらと汗が残っていて、栗色のボブが少しだけ乱れている。魂の状態での戦闘は、身体にも緊張が伝わるらしい。
「お疲れ。すごかったよ。やっぱりひかりは才能あるな。」
「えへへ、ありがとうございます。でも、遥さんが前にやってた動きを参考にしたんですよ。」
「剣を蹴り込むあれか。よく出来たな。」
「こっそり練習しました!」
こういう真面目で努力家なところが、この子のいいところだと思う。
しばらく感想を並べあったあと、2人で塔に戻ることにした。
最上階のリビングに上がると、テーブルの上にユキが淹れたお茶と、コムギの焼きたてのパンが並んでいた。パンからまだ湯気が出ている。ひかりが「わぁ」と小さく声を上げて席に着いた。パンをひとかけ口に入れて、ほぅ、と頬を緩めている。
「自分の作った階層どうだったっすか?」
ハヤテが身を乗り出してきた。金色の瞳がきらきらしている。
「すごくヒヤヒヤしました!見えない敵とか、強い個体とか、凄くいい経験になりました。」
「もっと苦戦すると思ったっすけど、中々やるっすね〜。」
「あ、でも、虫だけは本当に厳しかったです。今回最大の試練でした。」
ひかりは真顔でいかに大変だったか語っている。
「結構良いバランスだったんじゃないか? 10層まで初級向けだし、ひかりもスキル覚醒して、良い難易度だったんだと思うよ。」
俺がそう言うと、ハヤテはソファから立ち上がって、ずい、と頭を差し出してきた。
「じゃあ褒めてほしいっす!」
「……は?」
「なでるっす!」
頭を差し出したまま、時折期待に満ちた目でこちらを見てくる。
「……しょうがないなー。」
左手でハヤテの頭をわしわしと撫でる。短い茶髪は癖っ毛だが、さらさらしていて撫でやすい。ハヤテが目を細めて、翼を小さくぱたぱたさせた。
「えへへー。気持ちいっす。」
ひかりが、もじもじしていた。ハヤテの頭を撫でている俺の左手を、ちらちらと見ている。目が合うと慌てて逸らす。
シノがその視線に気づいた。にんまりと笑って、席を立ち、ひかりの後ろに回り込む。
「ひかりちゃん、もっとハッキリ主張しなきゃ伝わんないよー。しょうがない、手伝ってあげる。」
「え、あ、シノさ――」
シノが俺の左腕を掴んだ。そのまま、ひかりの頭の上へ持っていく。
「はい、君、撫でてあげて。」
「……ひかり、嫌じゃないか?」
ひかりが目をぎゅっと瞑った。耳の先が真っ赤だ。
「は、はい! わ、わたしも頑張ったので、撫でて、ほしいです……。」
栗色のふわふわのボブに、左手を乗せた。柔らかい。ハヤテとは全然違う質感で、指の間をすり抜けるような軽さがある。ひかりの肩がびくっと跳ねて、それからゆっくりと力が抜けていった。
顔が、どんどん赤くなっていく。首まで赤い。煙が出そうだ。
「……よく頑張ったな。告知の方も完璧だったよ、ありがとうな。」
「あ、あぅ……。」
もう限界だろう。手を止めた。ひかりが両手で顔を覆って、小さくなっている。
と、シノが再び俺の左腕を掴んだ。今度はそのまま、自分の頭へ持っていく。
「うちも配信準備とか頑張ったからね。」
「俺の腕をUFOキャッチャーみたいにしないでくれ……。」
シノが琥珀色の瞳でこちらを見上げた。いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
「まぁ、いつも助かってるよ。」
素直にそう言って、撫でた。シノの髪は絹みたいに滑らかで、指が沈み込むような感触がある。頭を撫でやすいようにか、狐耳がぺたりと左右に倒れた。
「……ん。」
短い声が漏れて、シノがさっと目を逸らした。
「っはい、もういいよ。ありがとね。」
「ご主人、大忙しっすね〜。早く右腕、生やすっすよ!」
簡単に言ってくれる。俺は半眼でご機嫌なハヤテを見る。
ユキは、何とも言えない目でこちらを見ていた。蒼い瞳が、じっと俺の左手を追っている。
リンドヴルムは興味なさそうに猫又の腹を撫でていたが、不意に猫又を両手で持ち上げて顔の前に掲げ、しげしげと眺めた。猫又はされるがままで、短い前足がぷらんと垂れている。しばらく見つめてから、またそっと膝に戻した。猫又は欠伸をした。
「あ、そういえば。」
シノがノートPCを開いた。最近新しく買ってきたものだ。
「応募、結構集まってきたよ。さっきの配信を見たのか、新しいのもちらほら来てる。」
画面を全員に見えるように傾ける。応募一覧がずらっと並んでいた。
ハヤテが画面を覗き込んだ。
「結構来てるっすね!」
シノが応募データをスクロールしていく。料理人の応募欄を開いた。
「料理人、面白いのがいるね。この人。」
画面を指差す。応募フォームの自己紹介欄が、他の応募者の3倍くらいの長さで埋まっていた。
「モンスター素材料理の研究家、だって。ゴブリンの干し肉は独特の歯応えがあり正しく処理すれば珍味として通用する、ジャイアントトードの舌は酸を抜けば極上の食感、ロックリザードの鱗の裏の脂は焼くと芳ばしい……。」
「……ぶっ飛んでるな。それに素材を採ってから倒す必要があるし、結構大変だぞ。」
「いいじゃん。新鮮な素材が手に入る環境があるし、まさにうちにピッタリだよ。」
ひかりが目を輝かせた。
「モンスター素材のお料理、食べてみたいです!」
ひかりはこう見えて度胸がある。
「経歴もちゃんとしてるわ。元は街の料理店で修行してたみたいだけど、モンスター素材の調理に傾倒しすぎて独立したけど、軌道に乗らなくてパトロンを探してる。」
リンドヴルムが猫又を撫でながら口を開いた。
「食えるものが増えるのは良いことじゃ。」
「食べたことある?」
「あるが、調理はしたことが無いの。」
踊り食いか。流石に竜は格上だった。
「続いて鍛冶師だね〜。」
シノが画面を切り替える。途中で、俺の目が止まった。
年齢は30代前半。元攻略者、現在は攻略者向けショップ「アームズ・ベース」勤務。鍛冶師の修行中。自分の工房を持つことが夢だが、独立資金と設備の壁に阻まれている。裏山ダンジョンの工房エリア新設を配信で見て、ここでなら実現できるのではないかと思い応募した、と書いてあった。
「お、この人知ってる。」
「知り合い?」
シノが顔を上げた。
「知り合いってほどじゃないけど。攻略者になりたての頃、装備を買った店の店員だ。初心者セットを買った時に、アドバイスをくれたんだよな。」
「へぇ。何て?」
「『最初のダンジョンでは、絶対に欲を出すなよ』って。」
あの時は、何もわからないまま飛び込もうとしていた。首元に古い傷跡がある、落ち着いた感じの男の人だった。
短い言葉だったけど、重みがあった。実際、あのアドバイスがなかったら、俺はもう少し無茶な入り方をしていたかもしれない。
「元攻略者か。怪我で引退して、鍛冶師に転向したみたいだな。経験は浅いけど、素材の扱いは攻略者時代の知識がある。」
「攻略者やってた人なら、攻略者が工房に何を求めるかも分かるだろうね。」
シノが顎に指を当てた。
「料理人はモンスター素材の変わり者、鍛冶師は元攻略者の工房志望。どっちも悪くないと思うよ。」
ハヤテが腕を組んだ。
「あと、手足の人もいるんすよね?」
「ベテラン引退組の素材加工の人とか、何人か良さそうな応募きてるね。この辺は面接で直接かな〜。」
「よし、じゃあ、面接してみるか。」
シノがノートPCの画面を閉じて、にっと笑った。
「了解。じゃあ書類選考通過の案内、出しちゃうね〜。」
――――
貯金残高:6,725,000円 / ダンジョン蓄積魔力:742
スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2 / 【魔力操作】Lv.2 / 【マナバースト】Lv.3
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)/ 猫又(下位妖獣)/ コムギ(土精)/ メフィス(契約の悪魔)/ リヴァイアサン
【ダンジョン構成】
入口 → 温泉街エリア(補給/工房/宿泊/食堂/湯治)→ 森エリア / 火山・大空洞エリア / 海洋エリア&バベルの塔 → 居住エリア(塔最上階)→ コアの小部屋
――――




