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最強の眷属たちに囲まれて、まったりダンジョン運営してます~裏山ダンジョン、ときどき攻略者~  作者: Jasmin


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第68話 雲の上

ダンジョンボードを閉じ、時計に目を落とす。ゴールデンタイムを狙って配信を組んだので、時刻は20時を少し回ったところだった。


「ひかり、そろそろ家まで送っていくよ。遅くなると家の人も心配だろう」


「え、そんな、大丈夫ですよ! 自分で帰れますから、申し訳ないです」


「いいからいいから。未成年をこんな時間に一人で帰すわけにもいかないしな。」


「……すいません、じゃあ、お言葉に甘えて」



ひかりの家は、ごくありふれた住宅街の中にあった。二階建ての小さな一軒家で、玄関の明かりがぽつんと点いている。

呼び鈴を鳴らす前に、ひかりがためらいがちに俺を見上げた。


「ここが私の家です!」


ひかりが玄関を開けると、廊下の奥から小さな足音が駆けてきた。


「おねえちゃん、おかえりー!」


ひかりの弟、ひなたくんが廊下の角からぴょこんと顔を出した。


「あ、お兄ちゃんっ!」


目が合った瞬間、ひなたくんの顔が輝いた。


「元気にしてたか?」


「うん、元気だよ! 学校も、ちゃんと行ってる! 走っていいって、先生が言ったから、いっぱい走ってるよ!」


「そうか、偉いな。」


左手で頭をくしゃくしゃに撫でる。


「ねー、お兄ちゃん、今日泊って行ってよ!」


「こら、わがまま言わないの。」


ひかりが後ろから呆れた声で窘めた。


「えー、だって、ぼく、お兄ちゃんと、いっぱいお話ししたいよ!」


「遥さんも忙しいんだから、わがまま言うと嫌われちゃうよ?」


「……ぶー。」


露骨に唇を尖らせるひなたくんに、思わず笑ってしまう。


「また今度な。」


「ほんとに?」


「ほんとに。」


小指を出してきたので左の小指を絡める。ひなたは満足そうに頷いて、そのままリビングの方へ走っていった。

奥から、ひなたより落ち着いた足音が近づいてくる。


「あらあら、ひなた、玄関で独占しちゃだめでしょう」


明るい色のカーディガンを羽織った女性が、廊下の向こうから現れた。年の頃は40代半ばか。目元のあたりがひかりにそっくりで、疲れは滲んでいるが、柔らかい印象の人だ。


「はじめまして。鷹峰と申します。いつもひかりさんにお世話になっています。」


「あらあら。ご丁寧に、どうも。ひかりの母です。こちらこそ、いつもひかりがお世話になって、ありがとうございます」


「とんでもないです。こちらこそ、ひかりさんにはいつも支えられていますから。」


「うふふ。そんな風に言っていただけるなんて。ひかりったら、いつもあなたの話ばかりなんですよ? 遥さんが、遥さんがって。」


「もーっ、お母さん、やめてよっ!」


ひかりの声が裏返った。こちらを見ないようにしながら、母親の背中をぱしぱしと叩いている。


「最近めっきり明るくなって。この子、前はもっと、肩に力が入っていたというか。遥さんと出会ってから、随分と変わりました。本当にありがとうございます。」


「こちらこそ、ひかりさんのまっすぐなところに助けられてますよ。きっと、育て方がよかったんだと思います。」


「いやだわあ、そんな。」


母親が口元に手を当てて笑った。娘の方は一言も口を挟めず、両手で顔を隠している。


「ひかりのこと、よろしくお願いしますね。」


「はい。こちらこそ。」


頭を下げながら、横目にひかりを見ると、耳の先どころか首筋まで赤くなっていた。かわいそうだから早めに切り上げてやろう、と心の中で思う。


「あ、そうだ。そういえば、学校の方は順調なのか?ずいぶんダンジョンの方で振り回してるだろ?」


「ふっふっふ。攻略者活動が卒業要件になるので、こう見えて私、優等生なんですよ!」


「ほう。」


「成績、十番以内は、キープしてるんですから!」


「そりゃすごい。流石は俺の先生だな。」


「えへへ。」


「それじゃ、俺はそろそろ戻るよ。おやすみ。」


「おやすみなさい!」



居住エリアに戻ると、眷属たちがリビングに集まっていた。


「お帰りっす! ひかりさん、無事送り届けたっすか?」


「ああ、弟君も元気そうだったよ。」


「さて。ここもバベルの最上階に移さないとな。」


「うむ。早くするのじゃ。」


高いところに拘りがありそうだったリンドヴルムが急かしてくる。。


目を閉じて、ダンジョンの輪郭に意識を沈める。床、壁、家具、本棚、暖炉の火、猫又が丸まっているクッションまで、ひとまとまりのイメージに束ねて、塔の最上階へそっと持ち上げる。


目を開けると、景色が入れ替わっていた。

いままでの地下空間のような見た目とはガラッと変わり、窓があり、眼下には雲が流れている。

月が、昼間より近く見えた。


「せっかくこの景色なんだから、各自の部屋も、もっとちゃんと構えてもいいんじゃないか。」


「いいんすか!?自分、欲しいものあったんすよね~!」


「ああ、予算はこれくらいでーー」



そこから少し。眷属たちがわいわいと思い思いに自分の部屋を仕上げていく間、俺はソファに座って配信の反応をぼんやり追っていた。気がつくと、いつの間にか全員、作業を終えて戻ってきている。


「ご主人、見てほしいっす!」


リビングの奥から、エプロン姿のハヤテが顔を出した。

俺の腕を捕まえてぐいぐいと自室に引っ張っていこうとする。


「おう、分かった分かった。」


最上階は思った以上に広く、各人の部屋が左右に分かれて並んでいた。扉の意匠が一つずつ違う。

ハヤテの部屋を開けると、最初に目に飛び込んできたのは巨大な冷蔵庫と、新品の業務用レンジだった。


「見てくださいっす、このコンロ、4口っすよ! 奥に魚焼きもついてるっす!」


「居住エリアのキッチンより豪華だな。」


「最近料理ハマってて、欲しかったんすよね~。今度ごちそうするっす!」



「おい、いいかの。」


廊下の奥から、別の声がかかった。リンドヴルムが腕を組んで、自分の部屋の扉の前に立っている。


「次はこちらじゃ。」


扉を開けた瞬間、洋館のような空間が飛び込んできた。

暖炉で、火が穏やかに揺れている。床には毛足の長い絨毯、壁には重厚な書棚、その脇にワインセラーが控えめに光を放っている。革張りのソファと、ローテーブルの上にはクリスタルのグラスが二つ。


「ふふん。どうじゃ。気に入ったか。」


「いいな。てかワイン飲むのか?」


「ふむ、見た目が気に入っての。わいん?とやらは今度飲ませてみよ。」


「あいあい。」


後は、ユキとシノか。


「こっち、こっち。」


シノが顔だけ覗かせて、尾を一本ゆらりと振っている。

シノの部屋の扉を開けて、思わず足が止まった。


畳だ。

い草の香りが、ふわりと鼻をくすぐる。足元に敷き詰められた畳、中央に置かれた低い座卓、そこに乗ったこたつ布団。奥には小さな囲炉裏、横の縁側越しに、塔の上の星空が広がっていた。


「……なんだこれ、最高だな。」


「でしょう? うちの出身にも、この日本ぽい文化があってね。この感じが落ち着くのよね~。」


「超わかるよ。」


「君、いつでも遊びに来ていいからね。こたつでみかん剥いてあげるからさ。」


「それはずるい。」


「そうそう。ずるいのがうちの取り柄。」



三部屋を回って、最後にユキの部屋の扉の前に立った。

ユキは扉に手をかけたまま、わずかに逡巡する気配を見せた。


「……どうぞ。」


扉が開く。

壁際に背の高い本棚が立って、並んだ背表紙が静かに揃っている。その脇には、座り心地のよさそうな椅子と、小さなテーブル。ベッドには柔らかいマットレスと、きれいに畳まれたブランケット。テーブルの上に、小さな草花がつつましく活けてあった。他には、何もない。


前の部屋と、ほとんど同じ構成だった。


「あれ、前とほぼ同じか。」


冗談半分にそう言ったら、ユキが目を伏せた。白銀の長髪が、肩からさらりと落ちる。


「ご主人様。」


「ん?」


「私、自分の部屋に、あまりこだわりを持てないのです。」


「そうか。」


「ご主人様と一緒にいられることが、私にとっての拘りでございます。私の部屋は、このままで十分です。ですから――」


「ご主人様のお部屋に時折訪れることを、お許しいただけますでしょうか。」


少しびっくりして、一呼吸だけ置いた。


「勿論。いつでも来てくれ。」


ユキの肩からわずかに力が抜けたのが、横目にも見えた。


「ありがとうございます。」


各々の部屋を後にして、俺は自分の部屋に戻った。


最上階の一番奥にある部屋で、窓はひとつ。机とベッド。ユキの部屋のことを言えないくらいには簡素だ。眷属たちのように凝る気力はなかっただけ、とも言える。

左手でシャツのボタンを外し、部屋着に袖を通して深く息を吐く。中々濃い一日だった。


そろそろ寝るかという頃、扉が小さくノックされた。


「ご主人様、少しだけ、よろしいでしょうか。」


「お、どうぞ。」


ユキが、両手にトレイを持って入ってきた。湯気の立つマグカップがふたつ。


「ミルクティーでございます。寝る前にどうかと思いまして。」


「ありがとう。」


俺の部屋は人を招く前提になっていない。ユキ少し部屋を見渡した後、そのままベッドの縁に腰を下ろした。


「……お隣、よろしいですか。」


「ああ、座ってくれ。」


マグを左手で受け取って、二人並んでベッドに腰かける。端に座っても、ユキとの距離は近い。


「お身体はいかがですか?」


「殆ど全快だ、腕はエリクサーで生やさないとだけどな。」


冗談めかしてひらひらと袖を振って見せる。

軽い笑い声が、二つ重なった。


ミルクティーは甘すぎず、ちょうどいい温度で、舌の上で柔らかく広がる。

ユキは俺の横で、カップに口をつけたまま、時折小さく息を吐いている。白銀の髪が揺れて、カップの湯気と混ざった。


会話は、それほど多くなかった。配信の反応のこと、ひかりの家族の様子、そんなことをぽつぽつと。湯気の白さと、外の雲の動きと、時々聞こえる外の風の音。それだけで部屋が満ちていた。


気づくと、ユキの呼吸が、少しだけ深くなっていた。

横を見ると、カップを両手で持ったまま、ユキが船を漕ぎかけている。長いまつげが、ゆっくりと上下している。

いつも隙のないユキが、珍しく完全に気を抜いていた。


左手で、すっとカップだけ受け取り近くの棚に置く。


「ん……。」


寝ぼけた声がして、俺の左肩にユキの頭が預けられた。白銀の髪が、頬のあたりに流れてくる。花のような、柔らかな香りが鼻に触れる。

どうしたものかな、と思う。


ベッドに寝かせて、俺はリビングのソファで寝ればいい。たぶんそれがいちばん真っ当だ。そう結論付けて、ユキの細い肩を慎重に抱え、ゆっくりベッドに横たえる。布団の位置を直して身体を離そうとした、そのときだった。


袖を引かれた。


細い指が、俺の部屋着の袖を掴んでいる。


「……ご主人様。」


半分眠ったような声だった。瞼は開ききっていない。

力を込められているわけでもないのに、引き寄せる力が意外と強くて、俺の上体はあっさりベッドの縁に引き戻される。


しばし逡巡ののち、もうどうにでもなれと思った。


ユキの頭の下に左腕を滑り込ませて、布団の端を引き上げる。ユキの体温を感じる。

天井をしばらく眺めて、まぶたが重くなるのを感じて、そのまま意識が落ちた。



目が覚めたとき、最初に視界に入ったのは、深い蒼だった。


「……起きてたのか。」


俺の腕を枕にしたまま、ユキが俺の顔を覗き込んでいた。


「はい、少し前から。」


「俺の顔なんか見て楽しいか?」


「ええ、とても。」


窓の外で、雲がゆっくりと流れている。朝の光が、雲の切れ目から薄く差し込んで、部屋の天井に淡い斑点を落としていた。


「……ご主人様。」


「ん?」


ユキの蒼い瞳が、長いまつげの奥で揺れた。


「嫌われて、おりませんか。」


「嫌う?」


「はしたない女だとお思いではないかと。甘えに、任せてしまいましたので。」


本当に不安がっているのが分かった。


「嫌うわけないだろ。」


左腕で頭を引き寄せた。ユキは抵抗せず、こつんと額を俺の胸元に押し付けてくる。


「ユキが心を許してくれて、俺は嬉しかったよ。」


頭を一度撫でる。細い髪が、指の間を滑っていく。

ユキは目を閉じて、しばらく動かなかった。


「ご主人様。」


「ん。」


「私、自分でも、自分の心が、分からないのです。」


「……。」


「また失うのが、怖いのです。昔、一度全部失いましたから。恐ろしくて、恐ろしくて、たまりません。」


胸元に押し付けられた額が、更に強く。


「それなのに、もっと、貴方に近づきたいのです。恐ろしいくせに。」


「しばらく、このままに、させてください。」


「ああ。いくらでも。」


ユキの前からいなくならないために、もっと強くならないとな。

声には出さずに、そう思った。


――――

貯金残高:13,475,000円 / ダンジョン蓄積魔力:42

スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2 / 【魔力操作】Lv.2 / 【マナバースト】Lv.3

眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)/ 猫又(下位妖獣)/ コムギ(土精)


【ダンジョン構成】

入口 → 温泉街エリア(補給/工房/宿泊/食堂/湯治)→ 森エリア / 火山・大空洞エリア / 海洋エリア&バベルの塔 → 居住エリア(塔最上階)→ コアの小部屋

――――

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