第66話 初配信
翌日の夜。
居住エリアのリビングには、俺、ひかり、眷属たち全員が集まっていた。
ひかりが小型の撮影機材をテーブルの端に据え付けて、何度もアングルを確認している。ノートを脇に置いて、付箋が何枚も貼られた台本らしきものを手に唇を動かしている。本番直前の緊張だ。
「ご主人、ちょっとここに座るっす~。」
ハヤテに腕を引っ張られて、俺はリビングの真ん中に誘導された。そこには見覚えのない、やたらと背もたれの高い椅子が置かれている。木彫りの装飾が施された、古城の謁見の間にでも置いてありそうな代物だ。
「なんだこれ。」
「わらわが持ってきた。」
背後から腕を組んだリンドヴルムが、何食わぬ顔で答える。
「ダンジョンマスターを名乗るのじゃ。それなりの座に腰掛けておくべきじゃろう。」
「とりあえず何のツッコミから入ればいいのか分からん。」
言われるがままに腰を下ろすと、椅子の背もたれが俺の頭よりも高い位置まで伸びている。完全に玉座だった。
「はい、ご主人、これっす。」
ハヤテがガサガサと布袋を漁り始めて、中から金属光沢のある何かを取り出した。
「自分の部屋から、キラキラしたやつ、沢山持ってきたっす~。ご主人、首にかけてほしいっす!」
「いや、いらないだろこれ。」
制止の声も虚しく、ジャラッと音を立てて首に掛けられたのは、よく分からない金属のプレートが連なった首飾りのような何かである。さらに手首に腕輪のような光り物も巻きつけられていく。
「光り物は多い方が偉そうっす!」
「待て、何で偉そうにしなきゃいけないんだ?」
「ふっ……くっ……。」
シノが顔を背けて肩を震わせている。
「……ふふ、ごめんごめん、とっても似合ってると……ふっ……思うよっ。」
「シノ、頼むから笑わないで助けてくれ。」
シノは袖口で口元を押さえて、明後日の方向を向いて噴き出した。全く頼りにならない。
そして視線を横にずらすと、ユキが姿勢正しく立っていて、静かに頷いた。
「ご主人様、とても立派でございます。」
「ユキ、お前もか。」
「?」
もう一切のフォローは期待できそうにない。諦めて姿勢を正す。
膝の上には、いつの間にか猫又が寝そべっている。灰色がかった白い毛並みが、玉座の上で完全に安らぎの形に丸まっている。猫からしてみれば、誰が座っていようが玉座は玉座である。試しに撫でてみると、富豪がデカいペットを飼うアレみたいになった。
「はいっ。」
足元から小さな声がして、コムギが焼きたてのパンを籠ごと差し出してきた。身長30センチの土精が、見上げる角度で両手にパンを乗せているので、その絵面だけでもう十分におかしい。
「……コムギ、ありがとな。いただくよ。」
「パン。」
コムギは満足げに籠をテーブルに置いて、また足元にちょこんと座った。
「遥さん、そろそろ準備OKです。き、緊張しますね。」
ひかりが機材のチェックを終えて、こちらに振り向いた。
「おう、もっと力抜いていいぞ、俺はもう諦めた。」
「配信はこっちで開始するわ。」
昨日俺が適当に買ってきたプロジェクタを使って、壁に配信を映す。
モニタの左半分に配信画面、右半分にコメント欄。一番下に視聴者数のカウンター。
配信先はこの国で最大手の動画プラットフォームだ。料理動画からゲーム実況、旅行記まで何でも流れる、要はどこの国にでもある一般向けの動画サイトである。その中の一ジャンルに『Dtuber』――攻略者が自分の攻略や日常を動画にして発信する、この時代に生まれた新しい職業が根付いていて、上位層は専業でそれなりに食えているらしい。ひかりがこれから立つのは、そのど真ん中だ。
「はい、それじゃひかりちゃん、お願いね。」
そう言って、シノはすうっと玉座の左隣に並んだ。画面の中央に、にこやかに微笑む狐耳の美女の姿がしっかり収まっている。
ひかりが大きく息を吸い込んで、吐いた。それから機材に向き直って、ぴっと背筋を伸ばした。
「――みなさん、こんばんは。新人攻略者の、空月ひかりです。」
視聴者数のカウンターは4桁に入るのが画面の端で見えた。おそらく裏山ダンジョンの名前に釣られてきた層だろう。
「今夜は、特別な配信をお届けします。ここは、裏山ダンジョンの最深部。ダンジョンマスターの居住エリアです。」
コメントが流れ始める。最初はぽつぽつと、それから雪崩を打ったように。
『は?』
『ダンジョンマスター?』
『最深部ってどういうこと』
『今、裏山の中から配信してるってこと?』
「今日、みなさんにお伝えすることが、たくさんあります。まずは――ご紹介させてください。」
ひかりが半歩横に退いて、カメラが玉座に座った俺を捉えた。
「裏山ダンジョンのダンジョンマスター、鷹峰遥さんです。」
視聴者数のカウンターが、ひとつ桁を跳ねた。
「……えー、どうも。鷹峰遥だ。このダンジョンのマスターをやってる。」
絶対に滑稽な恰好になっているに違いない。とりあえず、光り物を巻いたままの左手を軽く上げて会釈しておいた。
「背後にいるのが、俺の眷属だ。」
ユキが両手を身体の前で揃えたまま姿勢よく頭を下げた。リンドヴルムは腕を組んだまま鷹揚に頷く。シノは俺の肩の横で、片手を小さく振ってみせた。ハヤテは翼をぴんと張って「これがハイシン?っすか?映ってるっすか?」と元気よく手を振っている。シノが隣から「映ってるよ、ばっちり」と返した。
コメント欄が、処理落ちを起こしそうな勢いで流れ始めた。
『ちょっと待って』
『白銀の髪の子、めっちゃ綺麗』
『本物のエルフ……?』
『紫の髪のお姉さん、なんか角生えてない?』
『羽生えてる子もいる!』
『あれ、この子、たまに森エリアで交通整備してなかったっけ』
『狐耳のお姉さんは誰!?』
『美女しかおらんやんw』
『マスター、なんやその格好』
『なんでそんなピカピカしてんねんw』
『中二病みたいな首飾りしてない?』
『なんか目死んでねw』
『成金か?』
『ハーレム確定でワロタ、羨ましすぎる』
『いや、待て、なんか普通の人やんか』
『え、マスターってこんなんなの?』
「……ハヤテ。」
「なんすか?」
「これ、取ってもいいかな。」
「駄目っす!」
即却下された。ハヤテが後ろで「ご主人、似合ってるっすよ!」と親指を立てている。誰か助けてほしい。
コメントの流れは止まる気配がない。仕方ないので、椅子に深くもたれて覚悟を決めた。ここで俺がまごまごしていても、何も始まらない。
「ということで、今日はみんなに発表することがある。」
カメラを正面から見据えた。
「裏山ダンジョンは、今夜、4つのエリアを一気に新設する。――今日はそれを、中から見てもらう。」
一瞬、コメントが止まった。それから、ぶわっと、文字が滝のように流れ始めた。
『は?』
『新設ってなに』
『ダンジョンって増やせるの!?』
『初めて聞いたんだが』
『待って、ダンジョンって元からある形で固定じゃないの?』
『俺今まで何を攻略してたんだ』
『そもそもマスターが中から見せるとか前例なくない?』
『ダンジョンマスターってこんな風に出てくるもんなの?』
『顔出し初じゃね?』
『協会のお偉いさん、今頃どんな顔してんの』
『学校で習った話と違うやんけ』
『これ歴史的瞬間では?』
『ドッキリじゃね』
「じゃ、始めようか。」
俺は椅子の肘掛けに手を置いて、立ち上がった。光り物が体の上でじゃらりと音を立てる。猫又が名残惜しそうに膝から降りて、ぽんと消えた。
居住エリアの転移陣を使って全員で宿泊エリア付近まで飛び、エリアの手前の通路で、俺は足を止めた。
そこには、何もない。ただ、石壁が続いているだけの、空白の一角。このあたりが昨日シノの幻覚で確認した、工房予定地だ。
今回は建設だけでなく、補給エリア・宿泊エリアを巻き込んだ大改革になる。
ひかりがカメラを両手で構え直した。
「えー……ただ今、物資補給エリアと、宿泊エリアの、間に来ています。ご覧の通り、今は何もない、ただの通路です。ここに、これから、新しいエリアが生まれる、とのことです。」
ひかりが一度、俺の方にカメラを向け直した。コメントは各自のスマホから、時折拾うくらいでいいだろう。
『現地きた』
『ひかりちゃん実況モード』
『本当に何もない通路やん』
『ここに?本当に?』
『ここ知ってる、てか泊ったことあるぞ!』
「遥さん、お願いします。」
「ああ。」
俺は空白の壁に向き直り、目を閉じた。意識をダンジョンの輪郭に沈めていく。コアの位置、既存のエリアの繋がり方、まだ空白になっている場所。頭の中に、ダンジョン全体の形がぼうっと浮かび上がる。
「工房エリア、展開。」
体の奥で、蓄積魔力がごっそりと削り取られていく感覚があった。同時に、目の前の石壁が、ふわりと向こうへ押し退けられた。床が一段沈み、新しいアーチ状の入り口が立ち上がる。アーチの奥から、熱を孕んだ空気と、鉄と油の匂いが漏れ出してきた。
ひかりが、カメラを壁の変化に食い入るように追いかけた。
「あ、あ、壁が……床が……!」
アーチの奥に、石造りの広い作業場が姿を現す。中央には大きな金床と炉。壁には工具が整然と並び、奥には鍛冶用の水場と素材の保管棚が見える。
ひかりがゆっくりと中に一歩踏み込んで、カメラを金床、炉、工具棚と、順番に舐めさせていった。
「工房、です……本当に、工房、ができました……!さっきまで、ただの通路だったのに……!」
コメント欄が炎のような勢いで流れていく。
『は!?今の何』
『空間が生えた』
『ほんとに増築したぞ』
『工房!?ダンジョン内に工房!?』
『攻略中に武具整備できるってこと?』
『もうここで完結するやつじゃん』
『協会「」』
『ひかりちゃんわたわたしてて可愛い』
『解説が天使』
ひかりが頬を赤くして、なんとか平静を装おうとしている。
「つ、次、行きましょう!皆さん、ついてきてください!」
ひかりがカメラを構え直して、小走りで先導を始めた。照れ隠しだな。
次の予定地は、食堂エリアから森エリアへ抜ける手前の通路。食堂の扉を潜り、パンを焼いていたコムギが小さく頭を下げてくるのを、視線で返しながら抜けていく。そして、森の入口の手前の通路で、もう一度、足を止めた。
ここも、まだ何もない空白地帯。だが、今回は、この空白に「エリアを作る」だけでは終わらない。
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貯金残高:33,440,000円 / ダンジョン蓄積魔力:1,275
スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2 / 【魔力操作】Lv.2 / 【マナバースト】Lv.3
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)/ 猫又(下位妖獣)/ コムギ(土精)
【ダンジョン構成】
入口 → 物資補給エリア → 工房エリア(管理:コンシェルさん&ダンジョン機能)★New! → 宿泊エリア(1泊5,000円/管理:シノの式神「コンシェルさん」&猫又)→ 食堂エリア(管理:コムギ)→ 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋
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