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最強の眷属たちに囲まれて、まったりダンジョン運営してます~裏山ダンジョン、ときどき攻略者~  作者: Jasmin


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第59話 ダンジョンマスター

夜の練習が日課になった。

テーブルを挟んで、ユキが正面に座っている。蒼い瞳が俺の手元をじっと見ていた。


「手のひらに魔力を集めてください。昨日の続きです。」


目を閉じる。腹の底に意識を向けて、呼ぶ。熱い流れが背骨を通って腕に上がってきた。初日より格段に早い。手のひらにじわりと圧が溜まった。


「そこで止めてください。」


止める。――いや、止めようとする。蛇口を閉めたいのに、水圧で逆流してくるような感覚がまだある。力任せに抑えると、手のひらの中で魔力が暴れ出す。


「力で抑えるのではなく、流れを細くするイメージです。ホースの先を摘むように。」


ユキの指先が俺の手首に触れた。ひんやりした感触から、ユキの魔力がほんの少しだけ流れ込んでくる。荒い奔流の上にガイドレールを敷かれたような感覚。なるほど、こうか。


太い流れを、細い流れに変える。管を絞るイメージ。


手のひらの圧が変わった。暴れていた魔力が、ぎゅっと一点に凝縮される。初日は全くできなかったこの工程が、3日目にしてようやく形になり始めた。


「では、花瓶を。」


リビングの棚に飾ってある小さな花瓶、中身は空だ。ユキが毎晩の練習で的に指定する。指先から魔力を放った。空気がびりっと震えて——花瓶の20センチ横の壁に当たった。石壁が欠ける。


「……うーん、やっぱり狙いが甘い。最初みたいに大砲みたいなわけでは無くなってきたんだけど、難しいな。」


「昨日は壁に大穴が空きました。今日は欠けただけです。出力も安定してきています。」



練習の成果は、鬼哭砦で如実に表れた。


5層。あの格子窓と術師のコンビネーションが、嘘のように楽になった。


格子窓の向こうで術師が杖を構えている。紫色の魔法弾が溜まり始めていた。以前ならここから迂回して5分かけて裏に回り込むしかなかった。


右手を向けた。腹の底から呼ぶ。来い。手のひらで流れを絞って、放つ。


ぶん、と空気が歪んで、格子窓が壁ごと砕けた。穴の向こうで術師が吹き飛ぶ。石材の破片がぱらぱらと降り注いで、砂埃が広間を白く煙らせた。

最初は大穴を開けていたが、今は最小限の破壊って感じだ。我ながら実にスマートである。


気持ちいい。


柱の上の弓持ちにも同じことをした。狙いはまだ甘いが、柱壁ごと破壊してしまえば当たったも同然だ。精密射撃ではなく面制圧。ユキに見られたら「もう少し精度を上げましょう」と言われそうだが、実戦では十分に機能する。


5層を20分で抜けた。数日前まで数時間うろうろしていたのが信じられない。


螺旋階段を降りて、6層に足を踏み入れた。

左右の壁が所々崩れている。開けた廃墟のような構造だ。冷たい風が顔を撫でた。


足音が反響する。奥から、重い金属の擦れる音が聞こえた。


角を曲がったところで、そいつは立っていた。


2メートルを超える巨体。5層までのゴーストアーマーとは格が違う。鎧が分厚く、兜の奥で赤い光が2つ揺れている。両手に持った大剣が、石畳を擦りながらこちらを向いた。


大剣が振り下ろされた。横に跳ぶ。石畳が砕ける衝撃が足裏を揺らした。身体強化で踏み込んで、脇腹を斬った。――硬い。刃が鎧の表面で滑った。5層までの雑魚なら一太刀で砕ける斬撃が弾かれた。


大剣の返しが来る。身を翻して避けた。巨体の割に戻りが速い。


魔法を使おう。左手を向けて、魔力を放った。透明な衝撃が胴体に直撃する。ガン、と金属が歪む音がして、2メートルほど後退した。倒れてはいない。だが胸の鎧が凹んで、隙間ができていた。


踏み込んで、凹んだ鎧の隙間に剣を突き立てた。突き立てた剣の柄に蹴りを叩き込む。ずぶりと沈み込む手応え。赤い光が消えて、巨体が崩れ落ちる。


6層は開けた構造のおかげで、弓持ちや術師型が5層のように格子の裏に隠れることができない。代わりに敵の質が上がっている。重装甲の巨体が通路を塞ぎ、その背後から術師が魔法弾を撃ってくる陣形。力任せに押し通れないようにできていた。


だが、今の俺には魔法がある。


重装甲を魔力の衝撃で弾き飛ばし、陣形から浮いた術師を斬りに行く。あるいは、術師に先に魔法をぶつけて片付けてから、重装甲とじっくり斬り合う。


6層の奥まで進んだところで、ポーションを1本飲んだ。魔力の消耗がまだ荒い。ユキに言われた通り、出力の加減がまだ下手だ。壁を壊すほどの威力が毎回必要なわけじゃない。もっと小さく、鋭く撃てるようになれば、消耗は半分以下になるはずだ。



その夜の練習で、変化が起きた。


ユキが棚にマグカップを置いた。花瓶より一回り小さい。


「的を変えます。」


「……マグカップ?」


「出力を絞れるようになりましたから、次は精度です。」


2メートルの距離。マグカップの白い陶器が、棚の上でこちらを向いている。


1発目。右に逸れた。壁に当たって石が欠ける。

2発目。左に逸れた。棚の板がひび割れた。

3発目。腹の底から呼んだ魔力を手のひらで絞る。もっと細く、もっと鋭く。狙いを定めて、放つ。


空気が薄く歪んで、マグカップに当たった。棚から弾け飛んで、床で割れる。陶器の破片が散った。


「当たった。」


「はい。当たりましたね。」


ユキが棚の奥から予備のマグカップを取り出した。


「……何個用意してあるんだ。」


「10個です。」


思わず笑った。ユキも、口角がわずかに上がっていた。


もう1個。棚に置かれたマグカップに、同じ要領で撃った。手のひらに集めて、絞って、放つ。


当たった。2連続。


腹の底の魔力が、指先まで一本の線で繋がっている感覚がある。太い奔流を細い糸に変換するコツが、少しずつ身体に染み込んできていた。初日は蛇口全開のバケツリレーだったのが、今は蛇口をひねって水量を調節できるくらいにはなった。


「出力の加減と収束が安定してきています。この精度を実戦で再現できれば、消耗も大幅に減りますよ。そこから徐々に威力を上げれば、大抵の敵は相手にならなくなります。」


ユキが割れたマグカップの破片を片付けながら言った。


「属性は、まだ先か。」


「焦らなくて大丈夫です。今はまず制御を身体に刻んでください。属性は、そこが固まってからの方が早いですから。」


「分かった。じゃあもう何発か撃っていいか?」


「どうぞ。マグカップはあと8個あります。」



鬼哭砦の6層を安定して抜けられるようになったのは、日課を始めて5日目のことだった。重装甲の動きのパターンが読めるようになり、魔法と剣の切り替えが滑らかになってきた。1発の魔法で崩して、剣で止める。この流れが、考えなくても身体が動くようになった。



7層に初めて降りた日。


螺旋階段を降りると、広間の中央にそいつはいた。


3メートル近い巨体。頭部が牛の頭蓋骨のような形をしていて、兜の中ではなく頭蓋骨そのものが赤い光を放っている。6層の重装甲より威圧感が数段上だ。両手に持った大斧が、石畳に突き立てられていた。


俺が踏み込んだ瞬間、大斧が振り上げられた。


すさまじく速い。


振り下ろしの衝撃で、石畳が爆ぜた。破片が頬を掠める。巨体にそぐわない身のこなしで大斧の横薙ぎが空気を裂く。背後の壁に風圧が当たって石の粉が舞った。


剣で受けるのは無理だ。重量差がありすぎる。


距離を取って魔力を放った。透明な衝撃が牛頭の胴体に直撃する。金属が軋む音はした。だが、6層の重装甲のように後退しない。鎧が歪んだだけで、赤い目がこちらを睨んでいる。


もう1発。出力を上げた。腹の底から引きずり出す勢いで、右手から放つ。ぶん、と空気が歪んで、牛頭の胸部に当たった。ようやく半歩後退した。


「硬ぇな!」


こいつに力押しは効率が悪すぎる。


大斧が振り上がる。来る。横に跳んで避ける。着弾した石畳がクレーターになった。破片が脛を打つ。


頭を使え。力で押せないなら、崩す。


足元だ。魔力を牛頭の足元の石畳に向けて放った。石畳が砕けて、片足が沈む。体勢が崩れた瞬間に踏み込んで、首と肩の接合部に剣を突き込んだ。手応えはあった。だが浅い。首を振って剣を弾かれる。


大斧が横から迫り、しゃがんで避ける。風圧が髪を煽った。


もう1回だ。今度は左手で牛頭の顔面に魔力を放つ。至近距離。衝撃で頭が後ろに仰け反った。がら空きになった喉元に、剣を全力で突いた。


牛頭が剣の刃をもろともせず両腕でつかむが、体勢は俺の方が有利だ。力押しでねじ込んでいく。

牛頭が地に響くようなうめき声をあげ、刃が深く沈んだ。動きが止まる。赤い光が揺らいで、膝が折れた。大斧が石畳に落ちて、重い音が広間を震わせた。


「……はぁ、はぁ……。」


息が上がっている。腕が重い。頭の奥が痺れる。

だが、勝った。牛頭が魔力の粒子になって消えていく。残った魔石を拾い上げた。かなりの大物だ。


広間の奥に下り階段が見えた。8層への入口だ。今日はここまでだな。ポーションを飲んで、来た道を戻った。


帰りの電車に揺られながら、さっきの戦闘を反芻した。牛頭との戦いで分かったことがある。魔法には出力・精度・威力の要素がある。どれも排除できない要素だ。どれもまだまだだが、特に消費を抑えながら威力を上げる必要がある。



1週間が経った。


朝の支度を済ませて居住エリアのリビングに出ると、シノがソファに座っていた。片方の獣耳がくるくると回っている。何か調べ物をしているときの癖だ。


「おはよう。今日もダンジョン?」


「ああ。8層の続きだな。」


「頑張ってるねぇ。」


シノがスマートフォンから目を上げて、ふわりと笑った。


壁の情報端末のモニタに目をやった。蓄積魔力の欄に、1,070と表示されている。エリクサーの交換コストは5,000。蓄積魔力と現金の合わせ技で払うので、今は3分の2に届かないくらいだ。猶予は残り10日ほどだから、ギリギリ間に合いそうだ。


「まあまあ順調だね。このペースを維持できれば届くよ。」


「ああ。みんなのおかげだ。」


「……ねぇ、1つ聞いていい?」


「うん?」


「エリクサーが手に入った後のこと、考えてる?」


「後のこと?」


「ユキちゃんが言ってたよね、高濃度の魔力環境じゃないと安定しないって。ってことは、治療はダンジョンの中でやるんでしょ。」


「そうなるな。」


「弟くんをここに連れてくる。ここがどこかを説明する。」


シノが小首を傾げた。


「つまり、君がダンジョンマスターだって、ひかりちゃんに明かすことになるよね。」


……分かっていた。ずっと、頭の隅にあった。エリクサーを手に入れるのはいい。治療もできるだろう。でも、その先。この場所に弟を連れてくるということは、ここがどこなのかを説明するということで――そのために避けられない、たった一つの前提条件。


ひかりは攻略者だ。学校で教わってきた。ダンジョンマスターは攻略者の敵だと。


分かっていて、考えないようにしていた。目の前のコスト、日々の攻略、魔法の訓練。やるべきことに没頭していれば、その問題を後回しにできた。


「……分かってる。分かってるんだけど、まだ整理がついてない。」


「だろうね。」


シノの声に責める色はなかった。ソファの背に手をかけて立ち上がり、肩越しにこちらを見た。


「エリクサーが手に入ってから考えよう、って思ってない? 気持ちは分かるけどさ。あの子のこと大事なんでしょ。だったら、早めに伝えた方がいいんじゃないかな。」


それだけ言って、シノは自室に戻っていった。


一人になったリビングで、モニタの数字を眺めた。着実に積み上がっている。それはエリクサーのことだけではなく、眷属たちとの関係性も含めてだ。


ひかりの助けになる手段は揃いつつある。あとはずっと後回しにしてきた、たった一つのことに向き合うだけだ。



鬼哭砦に向かう電車の中で、スマートフォンを取り出した。


ダンジョンボードのDM。ひかりのアイコンをタップする。最後のやりとりは3日前。『弟も小康状態です。遥さんも無理しないでくださいね。』――その返信に既読をつけたきりだった。


『少し話したいことがある。今日の夕方、時間取れるか?』


『今日の夕方なら大丈夫です!病院にいるので、そこで大丈夫ですか?』


『了解。5時くらいに行くよ。』




約束の時間、病院の白い廊下を歩く。


消毒液の匂い。どこか遠くから聞こえる機器のアラーム音。面会時間の案内板を横目に通り過ぎて、病室の前で足を止めた。


ノックする。


「どうぞ。」


ひかりの声。ドアを開けた。


窓際のベッドに、男の子が眠っている。10歳。ひかりの一番下の弟。毛布から出た腕が白い。胸が小さく上下している。


ベッドの脇のパイプ椅子に、ひかりが座っていた。膝の上に文庫本を広げている。俺の顔を見て、ぱっと顔が明るくなった。


「遥さん!来てくれたんですね。」


「おう。……調子はどうだ。」


「今日は割と穏やかです。時々うなされてるんですけど、前にユキさんが来てくれてから、少し楽みたいです。」


弟の寝顔に目を向けた。規則正しい寝息。前回来た時より、少し顔色が良い気がする。


「ちょっと待ってくださいね。」


ひかりが部屋の隅からパイプ椅子を引っ張ってきた。ベッドの横に並べて置く。2人で弟の寝顔を見下ろす形になった。


窓から夕方の光が差し込んでいる。白いカーテンが風で揺れて、ベッドの上に影を落としていた。


「それで、話ってなんですか?」


ひかりが隣からこちらを見上げた。栗色の瞳に夕日が映っている。


「ああ。」


ここに来た目的。いい報告。


「エリクサーを用意できそうだ。」


ひかりの目が見開かれた。


「……え?」


「あと2週間弱で手に入る。弟さんの治療に、間に合う。」


「本当、ですか……?」


声が震えていた。ひかりの手が膝の上で握りしめられる。文庫本がずれて、太腿の上から落ちた。


「本当だ。」


「遥さん……ありがとう、ございます……。」


目が潤んでいる。慌てて手の甲で目元を拭った。


「泣くなよ。いい話だろ。」


「泣いてないです!……嬉しくて、ちょっとだけ。」


笑った。ひかりも、目を赤くしたままこっちを見て笑った。


「……でも、エリクサーって。」


ひかりの声が変わった。涙声の余韻はまだ残っているが、その奥に、攻略者の目が戻っていた。


「信じられないくらい高いって聞いてます。わたし、授業で習いました。ポーション体系の最上位で、流通量もほとんどないって。Aランクの攻略者でも、一生に一度手に入るかどうかって……。」


知っている。ひかりは攻略者だ。学校で基礎知識を叩き込まれている。エリクサーがどれほど規格外のものか、俺より正確に把握しているだろう。


「遥さん、どうやって手に入れるんですか?」


まっすぐな目だった。疑っているわけじゃないのは分かるし、当然の疑問だ。自分の弟を救うかもしれないものが、どこから来るのか。


喉の奥が詰まった。


答えは簡単だ。俺のダンジョンのカタログにある。蓄積魔力で交換できる。みんなで稼いでいる最中だ。

でも、それを口にした瞬間、全部が変わる。


「……ツテがある。」


出てきたのは、それだけだった。


「ツテ?」


「ああ。詳しいことは、手に入ってから話す。今はまだ……段取りの途中だから。」


ひかりがじっとこちらを見ていた。何か言いたそうな目。でも、数秒の沈黙のあと、小さく頷いた。


「……分かりました。遥さんが言うなら、信じます。」


その一言が、刺さった。


信じます、と言ってくれた。何も説明していないのに。ツテがある、の一言で。


弟の手を、ひかりがそっと握り直した。毛布から出た小さな手。

小さな寝顔を見下ろした。まつ毛が長い。姉に似ている。


「そろそろ面会時間終わるな。俺はここで帰るよ。」


「あ、はい。わざわざ来てくれて、ありがとうございました。」


「気にすんな。」


立ち上がって、パイプ椅子を元の場所に戻した。ドアに手をかけたところで、ひかりの声が追いかけてきた。


「遥さん。」


振り返った。


「本当に……ありがとうございます。遥さんがいなかったら、わたし、どうしたらいいか分からなかったです。」


軽く手を挙げて、病室を出た。



「ツテがある」。我ながら、ひどい誤魔化しだ。


1階に降りて、自動ドアを抜けた。夕暮れが終わりかけていて、空の端が紺色に染まっている。街灯がぽつぽつと点き始めていた。


――――

貯金残高:10,800,000円 / ダンジョン蓄積魔力:1,070

スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2 / 【魔力操作】Lv.2 ★Level up!

眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)/ 猫又(下位妖獣)/ コムギ(土精)


【ダンジョン構成】

入口 → 物資補給エリア → 宿泊エリア(1泊5,000円/管理:シノの式神「コンシェルさん」&猫又)→ 食堂エリア(管理:コムギ)→ 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋

――――

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