第50話 開業
翌朝。宿泊エリア初日の開業準備は、あっけないほど簡単に終わった。
シノのキツネたちが勝手に持ち場についていたからだ。宿泊エリアの受付前に3匹、各フロアの廊下に1匹ずつ。どこから配置を覚えたのか知らないが、昨夜のうちにシノが仕込んでおいたらしい。
「準備万端でございます。」
受付のキツネが小さな前足をぴんと伸ばして報告してきた。受付と言ってもカウンターの上にちょこんと座っているだけなのだが、様になっている。
「よし。じゃあ、俺はちょっと街まで出てくる。ユキに約束してた本も買いたいし。」
「ご主人様、行きましょう。」
ユキが転移陣の方に歩き出した。
「ご主人、今日の分はこっちで報告するんで、気にせず行ってきてくださいっす!」
ハヤテが翼を広げて敬礼のような仕草をした。
「何かあったらグループに入れてくれ。」
スマートフォンを確認する。ダンジョンボードのグループ「裏山ダンジョン運営部」。
リンドヴルムは腕を組んだまま顎を引いた。
「行ってこい。」
転移陣の蒼い光を踏んで、一瞬で祖父母宅の和室に出た。畳の匂いが鼻をつく。
「では、私は戻りますね。」
「ああ、頼む。何かあったら連絡くれ。」
ユキが頷いて転移陣を踏んだ。蒼い光が一瞬だけ灯り、消える。和室に俺だけが残った。
さて。ユキに約束していた本、どこの書店がいいかな。駅前のところが品揃えよかった気がする。
玄関を出て、バス停に向かった。
最初の報告が来たのは、昼前だった。
スマートフォンが震えた。グループの通知。シノからだ。
『1組目入った。2人パーティー。物資補給エリアで買い物してから宿泊エリアの前に来た。キツネが案内中。反応いいよ。』
続けてもう1件。
『「何これかわいい!」だって。受付のキツネが案内したら、2人とも膝をついてキツネを覗き込んでる。触ろうとしてすり抜けたみたい。ハヤテと同じだね。』
ハヤテから即座にリプライが飛んだ。
『それ自分もやったっすよ!』
バスの中でスマートフォンを眺めながら、口元が緩むのを抑えられなかった。滑り出しは悪くない。
昼過ぎにシノからまた入った。
『常連のパーティーが森エリアの帰りに宿泊エリア見に来て、「泊まれるようになったのか」って驚いてた。予約入ったよ。』
夕方前。今度もシノだ。
『火山エリア入口のキツネが面白いことになってる。Bランクの剣士がキツネに話しかけたら「お客様、肩の力が入りすぎでございます。もう少しお力を抜かれた方がよろしいかと存じます」って言って、剣士が固まってた。仲間が爆笑してる。』
思わず声が出そうになった。バスの中なので堪えたが。
あのキツネ、一言多いんだよな。
リンドヴルムからも1件。
『火山エリアは問題ない。キツネがうるさいが、まぁよい。』
「まぁよい」って、彼女はキツネを気に入ってるのか、苦手なのか、よく分からないな。
夕方、駅前の書店に寄って、ユキに渡す本を何冊か選んだ。小説を中心に、図鑑や写真集も混ぜた。好みがまだよく分からないから、幅を持たせた。
祖父母宅に戻り、ユキに連絡する。
『戻った。転移頼む。』
すぐに返事。
『はい。いまから伺いますね。』
和室の転移陣が蒼く光った。足を踏み入れると、一瞬で居住エリアに切り替わる。何度やっても、この移動感覚のなさには慣れない。
「おかえりなさいませ、ご主人様。」
ユキが出迎えてくれた。視線が俺の手元の紙袋に移る。
「本、買ってきた。一緒に選ぶって言ってたけど、見繕いで何冊か。気に入らなかったら今度一緒に行こう。」
「……ありがとうございます。」
ユキが紙袋を大事そうに抱えた。
リビングに戻ると、シノがソファでスマートフォンを操作していた。いつもの定位置だ。
「おかえり~。ダンジョンの様子、聞く?」
「ん、頼む。」
シノが画面をこちらに向けた。
「宿泊5室。初日にしては上出来ね。」
おお、初日から良いペースだな。
「あと、これ見て。」
シノがスマートフォンの画面を切り替えた。ダンジョンボードの掲示板だ。
スレッドのタイトルが目に入った。
『裏山ダンジョンにキツネいてワロタ』
書き込みを流し読みする。
「さっき行ったらちっちゃいキツネに案内された。かわいすぎる」
「触ろうとしたらすり抜けた。魔物か? なんで喋るんだ」
「宿泊エリアの受付にいるやつ、『大分痛めつけられた様子でございますね』って言ってきた。余計なお世話すぎる」
「名前あるの?」
「ないっぽい。誰か名前つけてやれ」
「コンシェルジュみたいなことしてくるからコンシェルさんでいいだろ」
「コンシェルさんwww」
「バズってる、って言うんだよね?こういうの。」
シノが満足そうに画面を眺めていた。
「そうだな。ところであのキツネたち、自分の通称がついたこと分かるのか?」
「分かるよ。うちと感覚共有してるから。」
「……なんか嬉しそうだな?」
「べっつに~。」
シノの獣耳がくるくると回っていた。本人がどう言おうが、耳は正直だ。
ハヤテが森エリアから戻ってきた。
「ご主人! 今日すごかったっすよ! 宿泊エリアのキツネに会うためだけに来て、森エリアは潜らずに帰ろうとした人がいたっす!」
「……ええ、それダンジョンとしてどうなんだ。」
「でも結局、キツネに『森エリアもお試しになられてはいかがでございますか』って勧められて戻ってきたっすよ。」
優秀なキツネだなぁ。
リンドヴルムが火山エリアから降りてきたのは、それからしばらく経ってからだった。
「お主。宿泊の者どもが夜も騒いでおるが、あれは問題ないのかの。」
「攻略者が夜も活動してるってことか?」
「うむ。火山エリアの手前で素振りをしている者が2人おった。」
泊まりだと夜も使えるのか。そりゃそうだ。
「好きにやらせておいてくれ。あーでも、竜達はみんな寝てたりするのか?」
「竜の眠りは浅い。すぐに気付くじゃろう。」
「そうか、じゃぁ、大丈夫そうだな。」
リンドヴルムは「うむ」とだけ言って、自室に向かった。
翌朝。
情報端末を確認して、目を疑った。
昨日の夕方時点で蓄積魔力が6だったのが、今朝の時点で51になっていた。
夜通し人が寝てたんだ。そりゃ跳ねるわけだ。
「やっぱりそうなるか。」
シノがリビングに来て、端末の画面を確認した。
「夜間の滞在が効いてるわね。8室が全部埋まれば、もっと伸びるよ。」
「……食堂エリアの建設が早まるかもしれないな。」
「いいペースだと思うよ。焦る必要はないけどね。」
シノはそれだけ言って、スマートフォンに目を戻した。
その日もダンジョンボードではコンシェルさんの話題が盛り上がっていた。写真や動画を上げている攻略者もいるが、コンシェルさんの案内は攻略者ごとに内容が違うらしく、体験レポートの書き込みが止まらない。
「あの子たちは意志を持っていて、毎回違う接客をするから、それが楽しいんじゃない?」
なるほど、それはたしかに盛り上がるわけだ。
3日目の夜。
情報端末の数字は142。宿泊のパワーは偉大だ。
部屋もほぼ埋まっている。
「ご主人。」
リビングでステータスの数字を眺めていると、ユキが声をかけてきた。手には俺が買ってきた本の1冊を持っている。
「これ、面白かったです。」
小説だ。ファンタジーもの。異世界で冒険する話。……ユキにとっては異世界ものなのかどうか微妙なところだが。
「そうか。気に入ったならよかった。」
「はい。……あの、今度一緒に、選びに行ってもいいですか。」
「ああ、もちろん。」
ユキが本を胸に抱えたまま、自室に戻っていった。
「ご主人、デートの約束っすか?」
ハヤテがニヤニヤしながら横から顔を出した。
「本を買いに行くだけだろ。」
「それをデートって言うんじゃないんすか? あ、今度自分も連れて行ってほしいっす! アクセサリーってやつ、見てみたいっす!」
「それもデートなのか?」
「あ!え、えっと、そうっす!たぶん!」
ハヤテの頬がうすく赤くなっていた。揶揄った甲斐があるが、こっちまで照れる。
シノがソファから顔を上げて、こっちを見ていた。何か言いたそうな顔をしていたが、結局何も言わずにスマートフォンに目を戻した。
宿泊エリアは正解だった。
客が増えて、泊まる人間が増えて、夜間の分がごっそり上乗せされた。シノの試算では食堂エリアの建設まで1週間もあれば届く。前なら2週間はかかっていた。
ただ、全部が順調かと言えばそうでもない。2日目に4人部屋でパーティー同士が揉めたとキツネから報告があったし、3日目には予約したのに来なかった客が1組いた。こういう細かいトラブルは今後も出てくるだろう。シノに運用ルールの見直しを頼んでおいた。
まぁ、大筋では上々だな。
――――
貯金残高:1,168,500円 / ダンジョン蓄積魔力:142
スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)
【ダンジョン構成】
入口 → 物資補給エリア → 宿泊エリア(1泊5,000円/管理:シノの式神「コンシェルさん」)★New! → 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア(個室4部屋)→ コアの小部屋
――――




