第49話 ご案内でございます
6日が経った。
この6日間、ダンジョンの運営はいつも通り順調だった。
一方、シノはソファに陣取ったまま6日間ほとんど動かなかった。左手にスマートフォン、右手にリモコン。食事と入浴以外はずっと2つの画面を往復している。もはや居住エリアの備品みたいなものだった。
「できたよ。」
朝食後、シノがスマートフォンをテーブルに置いた。画面には、びっしりと文字が並んだメモアプリが開いている。
「部屋数は8室で開始。2人部屋を6室、4人部屋を2室。全室に簡易装備棚とメンテナンス台を標準装備。1泊5,000円。こんなものでいいんじゃないかな。」
「おお。」
「場所は物資補給エリアの隣がベストだね。攻略を終えた人がそのまま補給して宿泊の流れを作れるわ。あと、宿泊者は翌朝にもう一度補給エリアに寄る確率が高いから、いいと思うの。」
「導線か。」
「そういうこと。」
シノが指先を持ち上げた。琥珀色の光が灯る。
リビングの中央に、宿泊エリアの完成イメージが浮かび上がった。6日前に見せてくれた時より格段に精度が上がっている。壁面の木材の質感、照明の色味、ベッドの上に畳まれた毛布の皺まで再現されていた。
「先週より細かくなってないか。」
「攻略者の宿泊施設の写真をたくさん見たからね。」
なるほど。幻覚の精度は、シノが持つ視覚情報の蓄積に比例するってことか。インターネットで大量の画像を見たことで、再現度が跳ね上がったらしい。
「ユキ先輩、これすごくないっすか!? 前より全然リアルっすよ!」
ハヤテが幻覚の部屋の中に手を突っ込んでいる。すり抜けるのは分かっているのに、思わず触りたくなるほどの精度だった。
「……見事ですね。」
ユキが静かに頷く。蒼い瞳が幻覚を注意深く観察しているのは、シノの魔法そのものに関心があるように見えた。
リンドヴルムは腕を組んだまま幻覚を眺め、一言だけ。
「悪くない。」
シノが幻覚を消した。リビングがいつもの景色に戻る。
「蓄積魔力は350で、丁度いいでしょ。ほぼ全部使っちゃうけど、今の火山エリアが抜かれる可能性は低いと思うよ。あと、前に話した森エリアと物資補給エリアの入れ替え、忘れないでね。」
「ああ。――早速やるか。」
火山エリアの時に、ダンジョン大きなエリアを作成しても他エリアにはほぼ影響がないことは分かっている。
意識をダンジョンコアに向けた。脳裏にダンジョン全体の構造が浮かび上がる。物資補給エリアと火山エリアの間、ちょうど通路が分岐できる空間がある。そこに意識を集中させた。
宿泊エリア。8室。2人部屋6室、4人部屋2室。簡易装備棚、メンテナンス台、照明、ベッド。
蓄積魔力が吸い上げられていく感覚と、一瞬の眩暈。ユキがそっと背中を支えてくれた。
「――できた。見に行こう。今は遅い時間だし、ダンジョンに攻略者の気配はない。」
通路の途中に、新しい分岐が生まれていた。天井に石のアーチが架かり、その先に短い廊下が伸びている。暖色の光が漏れていて、物資補給エリアの実用的な白色照明とは明らかに雰囲気が違った。
中に入る。
廊下の左右に部屋が4つずつ並んでいる。扉は木製で、各部屋に番号が振られていた。最初の部屋を開けると、シノの設計通りの内装が広がっていた。
「おお~!いい感じっす! 」
ハヤテが部屋に飛び込み、ベッドの弾力を確かめている。
「ハヤテ、散らかしてはダメですよ。」
ユキがハヤテの羽を拾っている。最近は姉のように見えてきた。
「うむ。悪くはない。」
リンドヴルムが部屋を一瞥し、短く評価した。
シノは廊下に立ったまま全体を見渡していた。
「設計通り、いい感じね。」
満足げだった。
「さて。」
俺は廊下の真ん中に立ち、全員を見回した。
「問題は運営だよな。」
全員の視線が集まった。
「宿泊エリアは24時間体制が要る。でも、今の人員配置はもう限界だ。」
ユキとハヤテは森エリア。リンドヴルムは火山エリア。シノは情報収集と運営。全員が既に持ち場を抱えている。
「受付、案内、トラブル対応。最低でもこれだけの業務が発生する。」
「新しい眷属を召喚するかの?」
リンドヴルムの問いに、首を横に振った。
「蓄積魔力を全部使い切ったばかりだ。次の召喚はしばらく先になる。それに、案内や受付のために眷属を召喚するのはコストに見合わない。」
しばらく沈黙が落ちた。
「――ねぇ。」
シノが壁から背を離した。
「うちに1つ、提案があるんだけど。」
「聞かせてくれ。」
「まぁ、見ててよ。」
シノが右手を持ち上げた。指先に琥珀色の光が集まる。
その光が、シノの手のひらの上で形を成した。
ぽん、と軽い音。
手のひらの上に、キツネがいた。
体長20センチほどの、ぬいぐるみサイズのキツネ。琥珀色の毛並みに、まん丸の目。体のバランスはデフォルメされていて、頭がやや大きく、耳がぴんと立っている。尻尾はふわふわで、体と同じくらいの大きさがあった。
「……おお!?」
「何これ!?」
ハヤテが素っ頓狂な声を上げた。
キツネが目を開けた。小さな琥珀色の瞳がくるりと動き、周囲を見回す。
そして、口を開いた。
「ご案内でございます。」
ちょっと高めの可愛らしい声。ぬいぐるみサイズのキツネの口から、流暢な人語が出てきた。
「……式神かの?」
「うーん。近しいけどちょっと違うかな。これも幻覚だと思ってくれていいよ。触れないし戦えないけど、案内と見回りはできる。あとうちと感覚を共有してるから、ダンジョン中の目と耳になってくれるよ。」
「人語を話せるのか。」
「うん。うちの分身みたいなものだから。あんまり賢くはないけどね。」
シノがもう片方の手を翳した。琥珀色の光が2つ、3つ、4つと灯って、次々にキツネが生まれていく。テーブルの上に1匹、床に2匹、廊下に3匹。あっという間に10匹近くのキツネが宿泊エリアの廊下を占拠した。
「たくさん出せるんすか!?」
「ダンジョン中に配置できるよ。維持はうちの魔力だから、コストはほとんどかからないわ。」
小さなキツネたちが、ちょこちょこと動き回っている。1匹が部屋の扉の前に座り、もう1匹が廊下の角を曲がっていく。まるで自分の持ち場に向かうように。
シノの手のひらに残った1匹が、こちらに顔を向けた。
「宿泊エリアへようこそでございます。お部屋は2人部屋と4人部屋がございますが、どちらになさいますか。」
「……すごいな。ちゃんと接客できるのか。」
「もちろんでございます。受付、ご案内、お見回り、何でもお任せくださいませ。」
キツネが小さな前足をちょこんと揃えてお辞儀した。動きがいちいち可愛い。
「あ、お客様。」
キツネが首を傾げた。
「少しお疲れのようでございますね。目の下にクマがございます。体力を鍛えた方がようございます。」
「……余計なお世話だな。」
「ははっ、この子、面白いっすよ!」
ハヤテが膝をついて、廊下のキツネの1匹を覗き込んでいる。キツネはハヤテの顔を見上げ、首をこてんと傾けた。
「お客様でございますか。……翼がお見事でございますね。毛並みもお手入れが行き届いておいでです。」
「えっ、褒められた!? やだ、嬉しいっす!」
ハヤテはキャーキャーいいながら抱きしめようとしてすり抜けていた。
ユキは静かに観察していた。
「シノさん。この子達は感覚を共有していますか。」
「うーん、一部だけね。見てるもの、聞いてるもの、うちは全部把握できるけど、寝てるときはダメね。」
「なるほど。」
リンドヴルムは廊下のキツネを見下ろしていた。紫の瞳と琥珀の瞳が見つめ合う。キツネはリンドヴルムを見上げ、一瞬だけ耳を伏せた。
「お客様はお力が強うございますね。……少し怖うございます。」
「……ふん。」
リンドヴルムの口元が微かに動いた。まさか勝ち誇ったわけではない、と思う。
「で、どうかな? これなら宿泊エリアの運営はこの子達に任せて、各エリアの案内にも配置できるし、足りない分は増やせばいいと思うわ。」
「……完璧だ。宿泊エリアだけじゃなく、森エリアの入口や物資補給エリアにも配置できるか?」
「任せて。ダンジョンの入口からコアの手前まで、どこにでも。」
「じゃあ、配置を考えよう。任せていいか?」
「了解。あとは様子を見て散らばらせておくわ。」
シノが指を鳴らすと、キツネたちが一斉に動き始めた。ちょこちょこと廊下を走り、それぞれの配置場所へ向かっていく。宿泊エリアの受付前に3匹が並んで座り、残りは通路を抜けて森エリアや物資補給エリアへ散っていった。
「よし。明日から宿泊エリアを稼働させよう。」
全員がリビングに戻った。ユキが淹れた茶を受け取り、ソファに座る。
「そうね、キツネたちに案内させて、ダメなところは直していきましょう。」
明日から、裏山ダンジョンは宿泊施設付きのダンジョンになる。攻略者たちが泊まりがけで訪れるようになれば、滞在時間は大幅に伸びる。滞在時間が伸びれば、魔力の蓄積も加速する。
次は食堂。その先も楽しみになってきたな。
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貯金残高:945,500円 / ダンジョン蓄積魔力:6
スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)
【ダンジョン構成】
入口 → 物資補給エリア → 宿泊エリア(1泊5,000円/管理:シノの式神)★New! → 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋
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