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最強の眷属たちに囲まれて、まったりダンジョン運営してます~裏山ダンジョン、ときどき攻略者~  作者: Jasmin


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第48話 幻覚

翌朝。


「今日、ちょっと外に買い物に行く。シノも来てくれ。」


「外?」


シノが箸を止めた。琥珀の瞳がこちらを見る。3本の尾が軽く揺れた。


「スマートフォンっていう、こっちの世界の道具を買う。検索って機能を使えば、この世界のほぼ全ての情報にアクセスできる。シノにはそれで情報収集を任せたいんだ。」


シノの獣耳がぴくりと動いた。


「……すごく気になるんだけど、それ。」


「だろうな。だから買いに行く。シノには外に出る時に耳と尾を隠してもらう必要があるんだが、変化とかできるか? なんとなくシノなら出来そうだなって。」


「九尾の専売特許よ、化かすのは。」


シノが片手を軽く上げた。指先に琥珀色の光が一瞬だけ灯り、次の瞬間、狐耳と尾が消える。後には、腰まで届く琥珀色の髪をした、切れ長の瞳の女性がそこにいた。縦長の瞳孔まで人間のものに変わっている。


「幻覚だからね。見た目を偽ってるだけで、触れば耳も尾もあるよ。でもまぁ、触ってくる人なんていないでしょ。」


「……すごいな。全く違和感がない。」


その時、ハヤテがばっと手を挙げた。


「ご主人!自分も行きたいっす!」


「お?」


「外っすよ外!自分もう何ヶ月もダンジョンの中と鷹の姿でしか外出てないんすよ!?人間の姿で街歩いてみたいっす!買い物したいっす~~!」


翼をばさばさと広げながら力説している。すごい勢いだ。だが、問題は明白だった。


「気持ちは分かるんだけどな。ハヤテの翼は隠しようがないだろ。ユキは自分で耳の形を変えられるけど……」


「むー!」


ハヤテが翼をぱたぱたと振る。抗議の姿勢である。


「シノさん。」


ユキの声だった。


「ふふ、もちろん。」


シノが手を翳した。琥珀色の光がハヤテの背中に触れる。


翼が消えた。


ハヤテが振り返った。自分の背中を見ようとして首をぐるぐる回す。


「え、えっ、無い!?翼が――」


「見えないだけだよ。触ればちゃんとある。」


シノが笑う。ハヤテは自分の背中に手を回し、確かに翼の感触があることを確認して、それからもう一度振り向いた。翼は見えない。外見は、少しボーイッシュな茶髪の女の子にしか見えなかった。


「……マジっすか。」


「マジだよ。」


「シノさん!」


ハヤテの目がぱっと輝いてシノに飛びつく。金色の瞳に光が溢れる。


「自分、外に出ていいってことっすよね!?」


「いつでも隠してあげるよ。うちにとっては造作もないことだから。」


ハヤテの表情が、くしゃっと崩れた。嬉しさを隠そうともしない、全開の笑顔。シノも一瞬だけ目を見開いて、それからふっと力の抜けた笑みを浮かべた。


「こんな可愛い子をずっと閉じ込めてちゃだめよ?」


「あぁ、ありがとう、シノ。ハヤテもごめんな。」


「全然大丈夫っす!楽しみっす~。」


「……でも、ハヤテが駄々こねてるとき黙って見てたよな?」


「あー!」


「ふふ、言わない方が良いことって、あるものよ。」



それからしばらく騒いだのち。


「じゃあ、ハヤテも一緒に来い。いっそ全員分のスマートフォンを買ってくる。リンドヴルムの分も含めて3台。ユキには前に俺の予備を渡したから大丈夫だな。」


「おお!」


「わらわにもか。」


リンドヴルムが茶をすすりながら片眉を上げた。


「ああ。こっちで買ってくるから、ユキは転移陣の見送りだけ頼む。ユキとリンドヴルムでダンジョンを任せたい。昼には戻るから、頼めるか?」


「かしこまりました。」


ユキが頷いた。



祖父母宅の和室に転移した。ユキが転移陣の傍に立ち、俺たちを見送る。


「行ってらっしゃいませ、ご主人様。――シノさん、ハヤテのことをよろしくお願いします。」


「任せて。」


シノがひらひらと手を振る。ハヤテは翼が見えない自分の姿をまだ信じられないらしく、何度も背中に手を回していた。


祖父母宅を出て、バスと電車でしばらく。駅前の家電量販店に入る。


ハヤテが足を止めた。


「……すごいっすね、ここ。」


金色の瞳が、所狭しと並ぶ家電の棚を見回している。ハヤテにとって、人間の姿で街を歩くのは勿論初めてだ。


「これ全部、人間が作ったんすか?」


シノも物珍しそうに店内を見回しているが、ハヤテの驚き方は劇的だった。商品棚に並ぶスマートフォンのを1つ1つ覗き込み、テレビの大画面に映るニュース映像に見入り、自動ドアが開くたびにびくっとしている。


格安のスマートフォンを3台購入した。シノ、ハヤテ、リンドヴルムの分。同じ機種で揃えた。


帰り道、駅のベンチでシノに基本操作を教えた。


「ここを触ると文字を打てる。調べたいことを入力して、ここを押す。」


「ふんふん。」


シノの指が画面を滑る。最初は恐る恐るだったが、徐々に迷いがなくなっていた。


「……この箱の中に、この世界の情報が全部入ってるの?」


「全部ではないけど、大体は。」


「嘘でしょ。攻略者、って打ってみていい?」


「あぁ、試してみてくれ。」


検索結果が表示される。攻略者協会の公式サイト、ニュースサイトの特集記事、攻略者ランキング、ダンジョン情報のまとめサイト。シノの目が文字を追う速度は、明らかに常人のそれではなかった。


「ダンジョン、協会、ランク制度、魔石経済……。あのさ、これもうちょっと使い方教えてもらえる?」


「元からそのつもりだ。ハヤテも、帰ったら教えるから。」


「やったっす!」


帰りの電車の中で、シノは一言も喋らなかった。ハヤテは窓の外を食い入るように見つめていた。人間の姿で見る街の景色は、鷹の目で見るそれとは違うのだろう。



祖父母宅でユキと合流し、転移陣で居住エリアに戻った。


リンドヴルムにスマートフォンを渡し、基本操作を教えた。ハヤテにも帰りの電車で一通り使い方を教えてある。全員のアカウントを作り、ダンジョンボードでグループを作成する。ユキの予備スマホも含めて全員分。グループ名は俺が適当に「裏山ダンジョン運営部」と入力した。


「これでダンジョン内でも外でも、全員で連絡が取れる。」


「やはり便利なものですね。」


ユキが画面を確認しながら頷いた。リンドヴルムはリモコンを扱う時と同じ要領で、慎重に画面をタップしている。


最初にメッセージを送ったのはハヤテだった。


スタンプ。犬がガッツポーズしているスタンプ。

続けてもう1つ。猫が踊っているスタンプ。

さらにもう1つ。クマが「やったー!」と叫んでいるスタンプ。


立て続けにぽんぽんぽんと3つ飛んできて、画面がスタンプで埋まった。ハヤテは自分のスマートフォンを両手で抱え、金色の瞳をきらきらさせている。


「これ面白いっすね!? 絵が動くんすよ!」


4つ目のスタンプが飛んできた。ウサギが花火を打ち上げているやつ。5つ目。ペンギンが拍手しているやつ。

全員のスマートフォンが、通知音を立て続けに鳴らした。


「……やかましい。」


低い声が響いた。リンドヴルムが紫の瞳でスマートフォンを睨んでいる。画面にはハヤテのスタンプが次々と流れ込んできていて、その表示を追うだけで目が回りそうだった。


「あっ、すみませんっす!つい、えへへ……」


ハヤテが翼をすくめた。


「音は消せるよ。ここ。」


シノがリンドヴルムのスマートフォンを横から操作し、通知をサイレントに切り替えた。リンドヴルムは無言で画面を見つめ、それから、ぽつりと1文字だけ打った。


「了」


グループチャットに表示された、リンドヴルムの最初のメッセージ。ユキは黙って見ていたが、少しして自分のスマートフォンに目を落とし、短い文章を打った。


「よろしくお願いいたします。」


全員分の端末が整った。もう1つ、教えるものがある。


「シノ、こっち来てくれ。」


リビングの壁面に設置された大型モニタの前のソファに座る。

情報端末。ダンジョンの状態を一望できる管理用のモニタで、リモコンを使えば俺以外でも操作できる。


「これが、うちのダンジョンの情報端末だ。エリアの稼働状況、蓄積魔力の推移、来訪者の動向。それと、生成可能な設備やアイテムの全カタログが入ってる。」


リモコンを手渡す。シノは受け取り、モニタを見上げた。


「……触っていい?」


「どうぞ。」


シノはメニューをすぐに把握したらしい。エリア一覧を開き、蓄積魔力のグラフに切り替え、カタログの階層を掘り進む。


「設備の魔力コストと現金コストが全部載ってる。宿泊エリアは……あった。食堂エリアも。エリアの配置条件まで指定されてるんだ。」


ここまでは想定通りだった。だが、次の反応は予想外だった。


シノの尾が3本とも、ぶわっと膨らんだ。


「……ちょっと待って。」


飄々とした余裕が消えて、代わりに抑えきれない興奮が滲んでいる。


「このカタログ、エリア新設だけじゃない。トラップの種類、モンスターの配置パターン、環境効果の組み合わせ……。何これ。全部カスタマイズできるの?」


「ああ。魔力さえあれば、大体のことはできる。……まぁ、俺は全然把握できてないけど。」


「うそでしょ。」


シノがこちらを振り向いた。


「スマートフォンで世界の情報が分かるし、こっちのモニタでダンジョン側の供給能力が分かる……。このダンジョン、凄いことになるよ?」


獣耳も左右にくるくる回っていて、さっきまでの落ち着いたシノとは別人のようだった。


「……シノ。」


「うちにとって、この2つは右手と左手みたいなもんだよ。片方だけでも十分だけど、両方揃ったら――あ。」


シノが言葉を切った。自分が興奮しすぎていることに気づいたらしい。獣耳が伏せられた。


「……ちょっとはしゃいじゃった。」


「いや、頼もしいよ。」


こっちがシノの素なのかもしれない。シノにとって楽しいことなら、それはいいことだ。


「好きなだけ使ってくれ。」


「……ありがと。じゃ、ちょっと集中するね。」


シノはソファに座ったまま、左手にスマートフォン、右手にリモコンを構えた。2つの画面を交互に見比べながら、情報を吸い込み始める。


「……すごい集中力っすね、シノさん。」


ハヤテが小声で言った。


「まあ、任せておこう。俺たちはいつも通りだ。」




夜になって、最後の攻略者が帰った。


リビングに戻ると、シノがくつろいでいた。


「――おかえり。」


「ただいま。どうだった?」


「最高よ。この世界、異常なほど情報が開かれてるわね。」


シノの目が輝いていた。


「攻略者協会の仕組み、ダンジョンの社会的位置づけ、魔石経済の構造、攻略者ランクの分布、装備品の流通市場、主要パーティーの戦力評価まで。時間があればまだまだ探れそうよ。」


「凄いな。」


「まだ理解は表面だけ。でも、十分。」


シノが立ち上がった。


「で、宿泊エリアと食堂エリアの件なんだけどね。」


皆、いつの間にかリビングに集まっていた。ユキは壁際に静かに立ち、ハヤテとリンドヴルムはソファに座っている。


「ダンジョンボードの書き込みも見たよ。宿泊需要の声、結構あった。遠征組だけじゃなくて、連日アタックしたい常連も『近くに泊まれたら最高なのに』って。食堂も同じ。長時間滞在する攻略者が増えてるのに、食事を取る場所がない。」


「やっぱりそうだよな。」


「宿泊需要は推定で1日3~5組。食堂は利用率がもっと高いはず。全来訪者の半分以上が使うと思うわ。」


シノはそこで言葉を切り、こちらを見た。


「――ねぇ、1つ見せたいものがあるんだけど。」


「何だ?」


「うちの専門分野。」


シノが右手を持ち上げた。指先に琥珀色の光が灯る。


光がリビングの中央に放たれた。


空間に、映像が浮かんだ。


「――っ!?」


ハヤテが声を上げた。ユキの蒼い瞳が見開かれ、リンドヴルムさえ組んでいた腕を解いた。


リビングの中央、空中に、部屋が出現していた。


木と石を組み合わせた壁。暖色の照明。清潔なベッドが2つ並び、小さなテーブルと椅子が置かれている。窓のように見える部分には森の風景が映し出されていて、空気まで澄んでいるかのような錯覚を覚えた。


「これ――幻覚か?」


「うん。宿泊エリアの完成イメージ。インターネットで攻略者向けの宿泊施設を調べて、この世界の相場と好みを分析して、それをうちの幻覚魔法で再現した。」


シノの指が動くたびに、映像が変化する。2人部屋が4人部屋に広がり、共用スペースが追加され、装備を置ける棚や簡易メンテナンス台が出現した。


「1泊の料金設定は現金5,000円。部屋数は最初は8室で十分えね。拡張は需要を見てからかな。」


映像が切り替わった。今度は食堂だった。長テーブルが並ぶ広い空間。カウンター席があり、奥にキッチンが見える。壁には本日のメニューらしきものが掲げられていて、湯気まで漂っている。


「食堂は席数30で十分かな。メニューは回復効果のある定食を中心に、軽食と飲み物でいいわね。」


俺は黙って映像を見ていた。立体的で、色彩が鮮やかで、空気感まで再現されている。視覚だけでなく、微かに匂いまで感じる。木の温かみ、料理の湯気。五感のうち、視覚・嗅覚の2つを同時に操っている。


「シノ。これ、どのくらいの範囲まで展開できる?」


「本気出せばもうちょっと広がるけど、三尾だとこんなものね。」


「対象は?見ている人間全員に同じものが見える?」


「うちの幻覚は対象を選べるよ。今は全員に見せてるけど、特定の1人だけに見せることも、逆に1人だけ除外することもできるわ。」


リンドヴルムが低い声で言った。


「……九尾の幻覚術か。聞いてはいたが、実際に見るのは初めてじゃ。」


「あら、びっくりしてくれたみたいで、嬉しいわ。」


シノがにこりと笑う。褒められて悪い気はしていないようだ。


「ユキ先輩、これすごくないっすか!?完成図がそのまま見えるなんて!」


「……ええ。非常に実用的ですね。」


「ありがとう、シノ。これは助かる。――ちなみに、幻覚以外にも得意な魔法はあるのか?」


「んー……ないよ。」


あっさりと返ってきた。


「へぇ、器用そうなのに。」


「うん。九尾って要するに、信仰の対象として祀られてた種族だからね。自分で戦う必要がなかったの。化かすだけ。攻撃魔法も防御魔法も使えないし、身体能力に至っては――」


シノは自分の細い腕をひょいと持ち上げて見せた。


「たぶん、そのへんの攻略者にも腕相撲で負けると思う。」


「……え?」


「割と本気で言ってるんだけど。」


冗談を言っている顔ではなかった。


ユキは魔法で山を削れる。リンドヴルムは竜の姿で空を支配する。ハヤテは目にも止まらない速度で飛ぶ。だが、シノは――召喚コスト400万円の最上位眷属が、一般の攻略者に腕相撲で負ける?


「走っても遅い、殴っても痛くない、殴られたら一発でおしまい。頭だけは回るけど、身体はからっきし。幻覚で逃げるか隠れるか、それが見破られたら、もうおしまい。」


シノはそう言って、ひらひらと手を振った。幻覚が解け、リビングがいつもの姿に戻る。どこか自嘲の色が混じっているようにも見えた。


「戦いは他の3人に任せるよ。うちが出来るのは、戦いが起きないようにすることだけだから。」


「俺は、ここまでダンジョンを支えてくれたら、十分ありがたいと思うよ。」


「ふふ、優しいんだ。……コストの話もしておくね。」


シノがリモコンを拾い上げ、情報端末のカタログを開いた。


「宿泊エリアの新設に蓄積魔力350。食堂エリアが蓄積魔力250。合計600。現在の蓄積が182で、1日の蓄積ペースが28だから――」


「宿泊エリアだけなら1週間、両方なら2週間ってところか?」


「そうね。まず宿泊を先に作るべきだと思う。食堂は宿泊者がいてこそ回転率が上がると思うわ。」


「シノ、引き続き頼めるか?」


「ええ、お任せあれ。」


スマートフォンを軽く振って見せた。琥珀の尾が嬉しそうに揺れている。自分の役割が明確になったことが、思ったより好ましかったらしい。


――――

貯金残高:717,500円 / ダンジョン蓄積魔力:182

スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2

眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)


【ダンジョン構成】

入口 → 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 物資補給エリア → 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋

――――

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