第44話 烈風
情報端末を設置してから5日が経った。
ハヤテはモニタの前で来訪者の動きを観察するのが日課になり、リンドヴルムは火山エリアの状況を自分でチェックするようになった。ユキは生成カタログの全項目を読み込んでいるらしく、リモコンの操作がいつの間にか一番滑らかになっている。
「ご主人、今日も沢山来てるっすよ。」
ハヤテがモニタを指差した。画面には森エリアの俯瞰映像が映っている。木々の間を攻略者たちが進んでいく様子がリアルタイムで表示されていた。いつもの光景だ。ソファに腰を下ろしてモニタを眺める。穏やかな昼下がり。
「……ん? ご主人、なんか速くないっすか、あれ。」
ハヤテが声を上げた。森エリアの入口に新しい攻略者が映った。4人。陣形を組んで動いている。速い。明らかに速い。森エリアの攻略者は、普通ならモンスターと交戦しながら1時間以上かけて通過する。この4人は立ち止まりもしない。森のモンスターが飛びかかった瞬間、先頭の剣士が一閃で斬り伏せ、足を緩めることなく奥へ進んでいく。
「ユキ先輩、あれ見てくださいっす!」
リビングに入ってきたユキが、モニタに目を向けた。4人は既に森エリアの中間地点を過ぎていた。入口から5分もかかっていない。
「……そこそこの手練れのようですね。」
戦闘の剣士の顔をどこかで見たような気がするんだが、思い出せない。
モニタの映像が切り替わった。4人が物資補給エリアに到達する。棚に並ぶポーションには目もくれず、そのまま火山エリアに侵入した。
「補給なしで火山に突っ込んだっす。」
「自信があるのか。」
リンドヴルムが姿を現した。いつの間にか来ていたらしい。紫の瞳がモニタを捉えている。
モニタが火山エリアの映像に切り替わる。赤黒い大地に溶岩の川が流れる中を、4人が迷いなく進んでいく。前半に配置された飛竜4体が反応し、空中から急降下で襲いかかった。
最初の飛竜が先頭の剣士に突進する。リンドヴルムの加護を受けた鱗は並の攻撃では傷がつかない。だが剣士は飛竜の突進を側面に躱し、すれ違いざまに首を一刀で斬り落とした。飛竜の身体が魔力の粒子となって散る。
「速い――。」
思わず声が出た。あの加護の鱗を一撃で断ち切っている。
2体目と3体目が挟撃を仕掛ける。弓の女が矢を3連射し、1体の翼を射抜いて落とした。落ちたところに大盾の男が踏み込み、盾で地面に叩きつける。もう1体には杖の女が炎の魔法を放ち、翼を焼いて墜落させた。連携に淀みがない。
4体目は上空から逃げようとしたが、剣士が地面を蹴って跳躍し、空中で斬り伏せた。人間の跳躍力じゃない。前半の飛竜4体が全滅するまで、2分もかからなかった。
俺は黙ってモニタを見つめていた。あの飛竜はリンドヴルムの加護を受けている。3人パーティーが1体に勝ちきれず撤退するレベルの脅威度だ。それを4体、2分で。俺にできるか? 1体ずつなら何とかなるかもしれないが、この速度は正直厳しい。
4人は止まらなかった。後半の飛竜2体が迎え撃つ。前半より強い個体だ。だが結果は同じだった。剣士が1体を正面から受け止め、残り3人が連携して包囲し、10秒で仕留めた。最後の1体がブレスを吐いたが、大盾の男が前に出て盾で弾き、その隙に剣士が背後に回って首を落とした。
6体。全滅。
「……全部やられたの、初めてっすよ。」
ハヤテが絞り出すように言った。火山エリアが稼働して以来、飛竜が全滅したことは一度もなかった。
リンドヴルムが、椅子から静かに立ち上がった。
「……ふむ。」
その声は怒りでも焦りでもなかった。ただ事実を確認するような、静かな響き。
「リンドヴルム。」
「案ずるな。殺しはせん。」
それだけ言って、リンドヴルムはリビングを出た。
「……リンドヴルムさん、怒ってるっすかね。」
「怒りとは違うんじゃないか。」
「私もそう思います。」
「まぁ、モニタで見届けよう。」
3人でモニタを凝視した。火山エリアの最奥の映像。溶岩の照り返しに赤く染まる大空洞。4人の攻略者がそこに足を踏み入れた直後、通路の奥からリンドヴルムが現れた。腕を組み、紫の瞳が攻略者たちを見据えている。
攻略者たちの足が止まった。リンドヴルムの頭部の2対の角を見て、大盾の男が構えを固くする。先頭の剣士だけが表情を変えず、リンドヴルムを真っ直ぐに見つめていた。
「始まるっす。」
ハヤテが息を飲んだ。
モニタからリンドヴルムの声が聞こえた。
「わらわの竜を6体も屠っておいて、挨拶もなしか。」
攻略者たちの間に緊張が走った。先頭の剣士の目つきが変わる。
次の瞬間、剣士が動いた。踏み込みの一歩で間合いを詰め、下段からの斬り上げ。
リンドヴルムは半歩も動かなかった。指先で剣の腹を弾いた。それだけで剣士の体勢が崩れる。
「え。」
ハヤテが声を漏らした。
同時に弓の女が矢を放った。3本。連射の精度は見事だった。リンドヴルムは首を僅かに傾け、1本を頬の横で通過させ、残り2本を指で摘んだ。
映像越しでも、弓の女の顔が強張ったのが分かった。
大盾の男が全力で突進する。盾を構えた体当たり。リンドヴルムは片手で盾の表面を押さえた。大盾の男の身体が止まる。リンドヴルムは1ミリも動いていない。
杖の女が詠唱を終え、直径2メートルほどの炎球がリンドヴルムに直撃した。爆炎がモニタの映像を白く染める。煙が晴れた。リンドヴルムの衣服の裾が僅かに焦げている。それだけだった。
「……傷一つついてないっす。」
ハヤテが呻いた。ユキは無言でモニタを見つめていた。
映像の中で、先頭の剣士が剣を両手で握り直した。全身の魔力を刃に集中させている。刃が白く発光し始めた。
「あれ、やばくないっすか。相当な魔力っす。」
モニタから剣士の声が聞こえた。
「全力だ。みんな、援護してくれ!」
号令と同時に4人が動いた。弓の女が矢を連射して牽制し、大盾の男が側面から回り込み、杖の女が再び詠唱を始める。連携は完璧だった。その中心で、剣士が跳んだ。
渾身の一太刀。白く輝く剣が、リンドヴルムの胸元に振り下ろされた。衝撃波で周囲の溶岩が飛び散るのがモニタ越しにも見えた。
だがリンドヴルムの胸元には、傷一つなかった。
剣士の顔が凍りついた。全力の一撃が、通じていない。
俺は思わずソファの肘掛けを握りしめていた。
モニタからリンドヴルムの声が聞こえた。低く、静かな声だった。
「……退け。お主らでは、わらわには勝てぬ。」
剣士は動かなかった。剣を握り直し、構えを変える。
リンドヴルムが小さく息をついた。
「そうか。」
そして――変身が始まった。
人間の形が崩れる。紫がかった鱗が全身を覆い、2対の角が天蓋に届くほどに伸びていく。翼が広がり、大空洞の半分を覆った。尾が溶岩の川を薙ぎ払い、蒸気が噴き上がる。
全長30メートルを超える竜の姿。
リビングの空気が凍りついた。
火山エリアの完成時に一度見ている。だがこうして映像越しに、人間との対比で見ると、改めてその規格外さが際立つ。4人の攻略者が豆粒に見える。
モニタの中で、4人は動けなかった。弓の女の手から矢が零れ落ちた。大盾の男の膝が震えている。杖の女は口を開けたまま固まっていた。
先頭の剣士だけが――かろうじて戦意を保っているようだった。
リンドヴルムが竜の顎を開いた。
紫炎のブレスが、4人の頭上を通過した。背後の岩壁が溶け落ち、赤い溶岩がぼたぼたと流れ出す。熱風で4人の髪が逆立った。
故意に外した。だが、あの威力。岩壁が溶けている。
「……やばいな。」
自分の口からそんな言葉が出ていた。
大盾の男が尻もちをつき、弓と杖の女はへたり込んでしまっている。
剣士だけが、まだ立っていた。リンドヴルムが竜の首を下げ、剣士と目を合わせている。紫の瞳と、人間の目が交差する。数秒間、その状態が続いた。
やがて剣士が剣を鞘に収めた。仲間に向き直り、短く告げた。
「……撤退だ。」
4人が来た道を戻り始めた。
「……退いたっす。」
ハヤテが小さく息を吐いた。
映像の中で、リンドヴルムが人間の姿に戻り、腕を組んで4人の背中を見送っていた。先頭の剣士が最後に一瞬だけ振り返った。
「ご主人様。」
ユキが静かに言った。
「あの攻略者たちは実力者です。それでもリンドヴルムには指一本触れられなかった。この映像がダンジョンの外に出れば、ただの話題では済まないかもしれません。」
「あの人、また来るっすかね。」
ハヤテが腕を組んで唸った。
「なんとなくだけど、来る気がする。お仲間さんは、厳しいかもな。」
リンドヴルムがリビングに戻ってきたのは、それから数分後だった。何事もなかったかのようにソファの端に腰を下ろし、目を閉じた。
「リンドヴルム、お疲れ。」
「大したことはない。」
ハヤテが興奮した様子でリンドヴルムの周りをうろうろしている。
「すごかったっす! あの攻略者の剣、モニタ越しでも光ってたのに、リンドヴルムさん傷一つないっす!」
「当然じゃ。」
リンドヴルムが片目だけ開けてハヤテを見た。ハヤテが嬉しそうに翼をばたつかせた。
「しかし、あのレベルの連中が来るようになったか。」
俺はモニタに目を戻した。攻略者のパーティーは既にダンジョンを出ていた。4人パーティーで、飛竜6体を殲滅。
夜になり、眷属たちがそれぞれの部屋に戻った後、俺はスマホでダンジョンボードを開いた。
火山エリアの攻略スレッドが、異常な速度で伸びていた。
『今日裏山行ったやつ見た? 烈風のメンバーがいたんだけど』
『マジ? あのAランクの?』
思い出した、烈風って、俺が退職初日にテレビで見たあいつらか。
今まで「裏山ダンジョン」は、口コミで緩やかに評判が広がる程度だった。だが話題のAランクまでもが挑戦するダンジョンとなれば、話の規模が変わる。腕に覚えのある攻略者が殺到するかもしれない。
スマホの画面を閉じた。防衛は問題ない。だが注目が集まるほど、俺がダンジョンマスターであることがバレるリスクは上がる。
そしてもう1つ。次はもっと大人数で来るかもしれない。複数のパーティーが同時に挑んでくることだって考えられる。リンドヴルムは最終防壁として絶対的だが、1人に全てを任せ続けるのは運営として健全じゃない。物資補給エリアの拡充も、宿泊エリアの整備も、人が足りていない。
「……眷属の拡充を進めないとな。」
暗い天井に向かって、俺は呟いた。
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貯金残高:1,352,500円 / ダンジョン蓄積魔力:360
HP:9,100 / MP:17,600 / STR:10,600 / VIT:10,200 / DEX:9,700 / INT:15,000
スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)
【ダンジョン構成】
入口 → 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 物資補給エリア → 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋
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