第41話 Cランク
試験日は、申し込みから5日後だった。
筆記試験の勉強は独力でやるしかなかった。前回はひかりが要点をまとめたノートを作ってくれて、それを頭に叩き込むだけで済んだ。今回は頼れない。協会の窓口で借りた公式テキストを3日間ひたすら読み込んだ。Cランク試験の範囲はDランクより広く、魔石の等級分類まで入っている。
試験当日、協会の第七支部に到着した。ロビーには10人くらいの受験者が集まっている。Dランク試験の時よりも人数は少なく、装備の質は上がっているように見えた。革鎧の上に金属のプレートを重ねた者、魔法触媒らしき杖を背負った者。全員がDランクからCランクへの昇格試験だ。
受付で朝霧さんが待っていた。
「鷹峰さん、お待ちしていました。Cランク昇格試験ですね。」
「お願いします。」
朝霧さんが書類を確認しながら、口元に笑みを浮かべた。
「ステータス鑑定の結果を見た時から、いつ来るかと思っていました。」
「色々あって遅くなりました。」
「いいえ。ご自分のタイミングが一番です。」
朝霧さんが試験の概要を説明してくれた。Cランクの戦闘試験はDランクとは形式が違う。ダンジョン攻略ではなく、協会所属のBランク攻略者との模擬戦だ。制限時間は15分。勝敗ではなく、試験官が受験者の実力を総合的に評価して合否を判定する。
「Bランクとの模擬戦。」
「試験官は手加減してくださいますから、怪我の心配はありません。ただし、実力を見せないと合格にはなりませんので、しっかり戦ってくださいね。」
朝霧さんに案内されて、協会の裏手にある訓練場に移動した。屋外の広い区画で、地面は踏み固められた土。周囲に防護結界が張られている。受験者は番号順に呼ばれ、1人ずつ試験官と対峙する形式らしい。
俺の番号は8番。最後だった。
待機スペースのベンチに座って、先に試験を受ける受験者たちの模擬戦を眺めた。
試験官は40代くらいの男だった。中肉中背で、見た目に派手さはない。短く刈り込んだ髪に、使い込まれた片手剣。鎧は最低限で、動きやすさを重視した軽装だ。
力量があることは最初の受験者が試験官に斬りかかった瞬間に分かった。受験者の剣を最小限の動きで逸らし、体勢が崩れたところに軽く肩を押す。受験者がよろめいて距離を取り直した時には、試験官はもう元の構えに戻っている。
ぶっちゃけ、受験者の方は微妙だと思った。
2番目の受験者は魔法使いだった。火球を3連射してから接近戦に切り替える。試験官は火球を全て横に弾き、受験者の杖を剣の腹で押さえて動きを封じた。……俺も魔法覚えたいな。今度ユキに教えてもらおう。
3番目、4番目と続く。全員がDランクの上位、Cランクに手が届く実力者のはずだ。だが、試験官はどの受験者に対しても余裕を崩さなかった。全力を出している様子がない。受験者の攻撃を捌きながら、値踏みしている。
7番目の受験者が終わった。結果は後日まとめて発表されるため、合否はまだ分からない。
「8番、鷹峰遥。」
呼ばれたので、立ち上がって訓練場の中央に歩く。
「鷹峰遥だな。準備ができたら始める。」
「お願いします。」
剣を抜いた。身体強化を発動する。体内に熱い回路が通り、筋肉の出力が一段上がる感覚。
試験官が構えた。片手剣を体の前に置き、重心をやや前に。
俺から仕掛けた。
踏み込んで、正面から袈裟斬り。まずは様子見のつもりだった。
金属音。試験官が剣で受けた。だが、受けた瞬間に試験官の目が見開かれた。
試験官が剣を滑らせて力を逃がし、横に回った。足運びが変わった。さっきまでの受験者たちに見せていた、余裕のある捌きではないように感じる。
待機スペースの方から、小さな声が聞こえた。
「……今の、一撃で崩れかけてなかったか?」
「そうか? 気のせいだろ。」
2撃目。横薙ぎ。試験官が後退して避けた。避けた後の距離が、先ほどの受験者たちの時より遠い。
3撃目は俺が踏み込みの速度を上げた。身体強化の恩恵で、地面を蹴る力がそのまま加速に変わる。試験官の目が鋭くなった。剣で受けず、半身になって躱す。
「……速いな。」
そこから、試験官の動きが変わった。
他の受験者とは違い、明確にダメージを狙った攻撃が増える。受けるだけでなく、合間に反撃が飛んでくるようになった。喉元への突き、足元への払い、フェイントからの逆袈裟。どれも容赦がない。
待機スペースが静まっていた。さっきまでは受験者同士が小声で感想を言い合っていたのに、今は誰も喋っていない。
だが、こちらもまだまだ余裕がある。
試験官の突きを見切り、剣で弾いた。弾いた勢いのまま踏み込む。試験官が距離を取ろうとするが、俺の方が速い。
「っ――」
試験官の喉から、声にならない音が漏れた。距離を取れなかった焦りが、一瞬だけ足元に出ていた。
間合いを詰めて、下段から振り上げる。試験官が剣を立てて防いだ。衝撃が試験官の腕を跳ね上げる。
一瞬、試験官の防御が開いた。
試験官の剣が跳ね上がった軌道と、戻ってくるまでの時間。その間に俺の剣が届くイメージが、脳裏にはっきりと浮かぶ。
試験官の首元で、寸止めにした。
訓練場が凍る。
試験官は動かなかった。俺の剣先が首の横にある状態で、目だけが動いた。俺の顔を見て、剣を見て、もう一度俺の顔を見た。数秒、誰も口を開かなかった。
「……参った。」
試験官が、深く息を吐いてから剣を下ろした。俺も剣を引いた。
待機スペースから、押し殺したようなざわめきが広がった。
「嘘だろ……Bランクに寸止めって……。」
「Dランクの試験だよな、これ……?」
座ったまま呆然としている受験者もいた。剣を握った手が、膝の上で震えている。
「お、俺には……あれは無理だ。あれには成れない……。」
試験官が首を回しながら、独り言のように言った。
「信じられない。スキルの練度はCランク相応か。構えについては、実戦で覚えた我流か?」
「あー……すみません。」
「褒めてるんだよ。」
試験官が肩の力を抜いた。
「技術がそこそこなのに勝てるってのは、素の身体能力が桁違いだってことだ。反応速度、瞬発力、剣に乗る重さ。どれも尋常じゃない。何を食ったらそうなるんだ。」
返答に困った。眷属のステータスが加算されてます、とは言えない。
「数年に1人、こういうのが現れるんだよな。」
試験官が訓練場の空を見上げた。
「ランクに見合わない突き抜けた天才型。大抵、とんでもない攻略者になる。」
試験官の目が遠くなった。何かを思い出しているようだった。
「……前にも1人いたな。あれはもう7、8年前か。」
それだけ言って、試験官は俺に背を向けた。
「Cランク模擬戦、以上。結果は筆記試験の採点と合わせて通知する。」
午後の筆記試験は、予想通り厳しかった。
ひかりがいたらな、と思った。あいつは要点を整理して教えるのが上手い。
今は1人だ。自力で乗り切るしかない。
試験を終えて、ロビーで待った。結果は即日発表。受験者が全員揃ったところで、朝霧さんが結果一覧を読み上げた。
合格者は8名中、3名。俺の名前も入っていた。
「鷹峰さん、合格おめでとうございます。」
朝霧さんがカウンター越しにCランクの攻略者証を差し出した。カードの色がブルーからグリーンに変わっている。
「戦闘試験は満点評価でした。試験官の山城さんが、採点表に『評価不能』と書こうとして、私が止めました。」
「筆記は?」
「24問正解です。合格ラインちょうどですね。」
危ねぇ……。
「勉強、大変でしたか?」
「前回は先生がいたんですけど、今回は独学だったんで。」
「ああ、空月さんですね。」
朝霧さんが少しだけ声音を落とした。
「ひかりのこと、何か聞いていますか。」
「まだ復帰は難しいみたいです。弟さんの容態が安定しないらしく。」
「そうですか……。何かあれば、教えてください。」
Cランクのカードをしまって、協会を出た。
夏の日差しが眩しい。空は快晴で、蝉がうるさい。Cランクになった。依頼の幅が広がる。報酬も上がる。ひかりが戻ってきた時に、少しでもいい状況を作っておきたい。
帰りのバスの中で、試験官の言葉を思い出した。
『前にも1人いたな』
畏怖に近い何かが混じっていた気がする。その「1人」が今どこで何をしているのかは分からないが、試験官にあそこまで言わせる程の攻略者がいるということだ。
いつか、そういった連中がうちのダンジョンにも乗り込んできたりするのだろうか。
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貯金残高:1,086,500円 / ダンジョン蓄積魔力:354
HP:9,100 / MP:17,600 / STR:10,600 / VIT:10,200 / DEX:9,700 / INT:15,000
スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)
【ダンジョン構成】
入口 → 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 物資補給エリア → 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋
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