第40話 裏山ダンジョン
翌朝、目を覚ましてすぐにスマホを開いた。
昨日、ユキに背中を押されてランクアップ試験を受けると決めた。だが、その前にやっておきたいことがある。
ダンジョンボードだ。
攻略者向けのSNS――掲示板機能とDM機能を備えたサービスで、攻略者間の情報交換やパーティー募集に広く使われている。俺自身は以前にダンジョンの攻略者募集で一度だけ掲示板に書き込んだことがある。あれ以来、掲示板は閲覧専門にしている。
最近、来訪者が目に見えて増えている。口コミが広がっているのは感じていたが、攻略者たちの間で実際にどんな評判が立っているのか、把握しておきたかった。
ベッドの上で寝転がったまま、掲示板を眺め始めた。
検索窓に自分のダンジョンの通称を入れる。正式名称はない。攻略者たちが勝手につけた呼び名があるはずだ。
「裏山 ダンジョン」で検索すると、いくつかのスレッドがヒットした。
――【攻略情報】裏山ダンジョン火山エリア攻略スレ Part2
もうPart2まで行っているのか。火山エリアを開放してからまだそんなに経っていないのに。スレッドを開く。
『昨日初めて火山エリア行ったけど、マジで竜が出る。飛竜。空飛ぶやつ。嘘かと思ったら本当に飛んできた』
『連携してくるから1体ずつ釣れない。Cランクパーティーで行ったけど撤退した』
『クリアした人いる? 自分の周りでは聞いたことない』
『クリア報告はまだ見てないな。てか奥に何があるのか誰も知らないのがまた怖い』
『リスクに見合うのか?』
火山エリアの評判は上々のようだ。もっとも、リンドヴルムがいる限り抜かれないだろうが。
スクロールを続ける。
『火山エリアの竜、殺しにくるタイプじゃないのが不思議。追い詰めると攻撃やめて退く。明らかに手加減してる』
『それな。本気で逃げると引いてくれるから、ありえないくらい良心的な竜』
リンドヴルムに感謝だな。俺の共存路線を理解した上で、低級竜にもきちんと「不殺」を躾けてくれている。攻略者たちも気付いている。戦っている当人たちが一番よく分かるだろう。
別のスレッドに移る。
――【初心者向け】裏山ダンジョン森エリア総合
『初心者にはマジでここ一択。モンスターの強さがちょうどいいし、物資補給エリアでポーション買えるのが最高』
『午後に行ったらポーション売り切れてた。午前中に行け。これ豆な』
『ハヤテちゃんマジ天使。つよかわいい』
『ポーションの質はいいんだけど、品揃えがなー。ポーションと携帯食料と強化丸薬だけだろ? 解毒薬とか状態異常回復系も置いてくれたら火山エリア行く前にここで全部揃えられるのに』
『分かる。あと個人的には魔石の簡易鑑定サービスとか、装備の応急修理とかあったら神。田舎すぎて、ダンジョン出てから協会行くの面倒なんだよな』
攻略者たちの要望は具体的だった。ダンジョンの蓄積魔力から生成しているポーションだから、確かに市販品とは質が違うのかもしれない。品揃えの話もなるほどと思う。今は最低限の消耗品しか置いていないが、解毒薬や状態異常回復系は確かに需要があるだろう。
装備の修理や鑑定となると、俺1人では無理だ。これはちょっと先の課題だな。
ハヤテも変な人気が出ているようだ。ちらりとハヤテの方をみると、目ざとく近寄ってきた。
「なんすかー?」
「ほれ、ハヤテ、モテモテだぞ。」
「おー!見る目のあるやつもいるっすね!でも自分は一途なんで、気持ちには応えられないっす!」
喜んでいるのか、俺の手元を覗き込んだまま翼をバサバサとするので、背中や顔にバシバシ当たって痛い。
さらにスクロールしていくと、気になるスレッドが目に留まった。
――【考察】裏山ダンジョンのマスターって何者?
心臓が跳ねた。
『あのダンジョン、妙じゃないか? 攻略者を殺しにこないんだよ。火山エリアの竜もそうだけど、森エリアの樹木もHP削れば止まる。普通のダンジョンでは考えられない』
『物資補給エリアとか完全にサービス施設だしな。ポーションと食料売ってるダンジョンなんて聞いたことない』
『マスターが何を考えてるのかが分からん。攻略者を中に入れて何の得があるんだ? 』
『裏があるって考える方が自然だよな。餌で釣っておいて、ある日いきなり牙を剥くパターンじゃね』
『でももう数ヶ月ずっとこの調子だぞ。罠にしては長すぎない?』
『常連だけど、少なくとも俺が通ってる間に危険を感じたことは一度もない。むしろ毎回快適。リピートする理由はそれ』
『マスターの正体が気になるのは分かるけど、今のところ実害ゼロだし、あんまり詮索してマスターの機嫌損ねたら閉鎖されかねないからやめとけ』
『それな。あのダンジョンなくなったら困る』
最後のやり取りに少し安堵した。好意的に受け止めている攻略者の方が多いようだ。とはいえ「裏がある」と警戒する声もある。正体を詮索する動きが本格化したら面倒なことになる。
もう少し覗いてみる。
――【雑談】今熱いダンジョンといえば
『裏山一択。森エリアで基礎鍛えて、火山エリアで腕試し。1つのダンジョンで初心者から上級者まで対応してるのがヤバい』
『遠征組だけど、来週パーティーで行く予定。片道3時間かかるけど、竜と戦える機会なんてそうそうないからな』
『3時間はキツいな。でも行く価値はあるよ。宿泊できたら最高なんだけど』
『それ分かる。日帰りだと火山エリアまで行って帰ると丸一日潰れる。近くの街まで戻って泊りになるから面倒なんだよな』
遠征組。片道3時間。そこまでして来る攻略者がいるのか。
宿泊の需要も出ている。来訪者が増えれば増えるほど、「泊まりたい」という声も大きくなるだろう。宿泊エリアを作れば滞在時間が伸びて魔力の蓄積効率も上がる。ダンジョン運営としては理にかなっている。
ド田舎すぎて、近くにホテルとか無いしな……。
「ご主人様、朝食の支度ができました。」
ユキの声が廊下から聞こえた。
「ああ、今行く。」
スマホをポケットに入れて部屋を出た。居住エリアのテーブルにはもう全員揃っている。
席について、手を合わせた。
「いただきます。」
「ご主人、今日は外に出るっすか?」
ハヤテが味噌汁をすすりながら聞いてきた。
「ああ。協会に行って、ランクアップ試験の申し込みをしてくる。」
ハヤテの耳がぴんと立った。
「おお! ついにっすか!」
「昨日決めた。ひかりが戻ってきた時に、少しでも力になれるようにな。」
「最近のご主人、しょぼしょぼしてたんで、心配してたっす。ご主人ならすぐ受かるっすよ!」
「……お主、ようやく腹を括ったか。」
リンドヴルムが目を開けた。
「まあな。」
3人それぞれ、気にかけてくれていたようだ。シャキっとしないとな。
朝食を終えて、支度を整えた。
「じゃあ、行ってくる。留守は頼む。」
「任せろ。」
「了解っす!」
「行ってらっしゃいませ、ご主人様。」
3人の声を背に、ダンジョンの入口に向かった。そういえば、この移動もずいぶん大変になった。火山エリアがかなり広大だから、竜たちは攻撃してこないとはいえ、結構時間がかかる。
ステータスのおかげで大分人間離れした速度で駆け抜けられるが、めんどくさいのだ。
攻略者に鉢合わせるのも避けなければならない。最悪、ソロの攻略者と言い張るが、限度があるだろう。これも何とかしないとな……。
外に出ると、夏の空気がまとわりつく。蝉の声が裏山全体に響いている。木漏れ日の小道を下りながら、スマホをもう一度開いた。ダンジョンボードの雑談スレに、新しい書き込みが増えている。
『裏山の火山エリア、今週末にBランクパーティーで挑むって言ってたやつがいた。そろそろクリア者出るかもな』
『Bランクなら行けるのか? 飛竜相手にBランクでギリギリって感じだと思うけど』
『火山エリアのさらに奥って何があるんだろうな。クリアした先に第3エリアとかあったら最高なんだけど』
第3エリアか。攻略者たちは、俺が思っている以上にこのダンジョンの可能性に期待している。
スマホを閉じて、バス停に向かった。今日はまず、ランクアップ試験の申し込みだ。火山エリアのさらに先のことは、それから考えればいい。
――――
貯金残高:896,500円 / ダンジョン蓄積魔力:229
HP:9,100 / MP:17,600 / STR:10,600 / VIT:10,200 / DEX:9,700 / INT:15,000
スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)
【ダンジョン構成】
入口 → 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 物資補給エリア → 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋
――――




