第38話 ひかり
翌日、翠嶺洞で拾ってきた魔石を持って協会に向かった。昨日の帰りにリュックの底に突っ込んでおいた深層の魔石がいくつか。ずっしりとした重量感が、歩くたびに背中にかかる。
第七支部の受付で朝霧さんに声をかけると、いつものように柔らかい笑みを浮かべてくれた。
「鷹峰さん、お久しぶりです。今日はどのようなご用件ですか?」
「魔石の換金、お願いします。」
リュックから魔石を取り出して、カウンターに並べた。普段俺が持ち込むものとは明らかに色が違う。翠嶺洞の浅い層で取れる薄い灰色の魔石と比べて、これは深い碧色をしている。しかもデカい。
朝霧さんの手が止まった。
「……鷹峰さん、これ。」
鑑定用の器具を通す前から、目の色が変わっている。受付カウンターの上で鑑定器具を起動し、魔石を1つずつ通していく。結果が表示されるたびに、朝霧さんの眉がじわじわと上がっていった。
「翠嶺洞の深層以降に出現するモンスターの魔石ですよね。2つは鑑定しないと分かりません、残り3つがロックドレイク級、その他もかなり上質です。その難易度から直近では殆ど納入の実績がなかった魔石ばかりです。」
「……これ、ご自分で?」
「ええ、まぁ。翠嶺洞の深い層まで潜って。」
本当はユキの手柄だが。
朝霧さんが俺のDランクの攻略者証と魔石を交互に見た。明らかに、異常だと言いたげな目だった。
「……。査定に少しお時間いただいてもいいですか?」
「ええ。」
待っている間、ロビーの椅子に座って依頼掲示板をぼんやりと眺めた。Dランクの依頼が並ぶ中に、CランクやBランクの依頼も混ざっている。報酬の桁が違う。ランクが上がれば、あの辺りにも手が届く。
「お待たせしました。ただ鷹峰さん、1つお願いがあるんですが。」
「なんです?」
「ステータスの鑑定を受けていただけませんか。」
朝霧さんの声が、少し真剣になった。
「既に登録時のステータスとかなり乖離がある可能性があります。もしよければ、最新の鑑定を。」
言われて気づいた。俺、そういえば登録時の一度きりしか鑑定を受けたことがない。
「鑑定っていつでも受けられるんですか?」
朝霧さんが目を見開いた。
「はい。予約制で、協会員であればいつでも。受付で申し込んでいただければ、当日でも空きがあればすぐに。」
「知らなかった。」
「……登録時にご説明したはずなんですけど。」
朝霧さんが困ったような笑顔を浮かべた。たぶん聞き流したんじゃないかな、申し訳ないね。
「じゃあ、お願いします。ちなみに、結果って俺も見れますか?」
「もちろんです。ご本人のものですから。」
朝霧さんに案内されて、支部の奥にある鑑定室に入った。小さな個室で、中央に台座のような装置が置かれている。手を乗せろと言われ、両手を台座に置いた。淡い光が掌から腕を通って全身を包む感覚。数秒で終わった。
「あれ、前に受けた時よりあっさりですね?」
「鷹峰さん、魔力が測れませんでしたから。今回は、もっといい測定器ですよ。本来は駆け出しランクの方が使うことはまずありません。」
朝霧さんが端末で結果を確認し、そのまま動かなくなった。
「……朝霧さん?」
「あ、すみません。少々お待ちください。」
端末を操作し直す。もう一度結果を確認する。そして3度目。
「見せてもらっていいですか。」
「は、はい。こちらです。」
端末を手渡された。画面に数値が並んでいる。
――――
鷹峰 遥(Dランク)
HP:9,100
MP:17,600
STR:10,600
VIT:10,200
DEX:9,700
INT:15,000
――――
「これ、どのくらいなんですか。うーん、MPとINTが高いのか。」
聞いてみると、朝霧さんは端末を操作して別の画面を出した。
「こちらが各ランク帯の平均値になります。」
Dランクの平均が各項目500~1,500。Cランクが2,000~5,000。Bランクが6,000~12,000。Aランクが13,000~25,000。Sランクには基準など無いらしい。
自分の数値を見て、それからランクの平均値を見て、もう一度自分の数値を見た。
「……なんだ、バグってるのか。」
「鑑定装置を3度確認しました。バグではありません。」
朝霧さんの声がちょっと震えていた。
「ほぼ全項目でBランクの上位からAランクの下位に入っています。MPとINTに至っては、Aランク攻略者の平均を超えています。」
MPとINT。ユキの影響だろうな。精霊魔法の使い手であるユキの魔力関連ステータスが桁違いだから、その1/10でも相当な加算になる。肉体的なステータスは、主にリンドヴルムの分が乗っている。もちろんそんなことは口にしない。
「鷹峰さんの数値は登録時から異常でしたが、この上昇幅は通常の成長速度では考えられません。鷹峰さん、何か……。」
朝霧さんが言葉を探している。
「……いえ、詮索は無用ですね。失礼しました。」
朝霧さんはしばらく俺の顔を見つめてから、小さく息を吐いた。聞きたくてしょうがないといった様子だが、勘弁してもらえそうだ
「いずれにしても、ランクアップ審査を受けることを強くお勧めします。Dランクのままでは、鷹峰さんの実力に見合った依頼を受けることができません。Cランクはもちろん、場合によってはBランクの審査も視野に入れてよいと思います。」
Bランク。報酬の桁が変わる世界だ。正直、魅力的ではある。ただ。
「……少し考えさせてもらえますか。」
ひかりと一緒にランクアップするつもりだったんだよな。Dランクの試験は2人で受けた。次も一緒に、と漠然と思っていた。
「もちろんです。試験日は月2回ありますので、お気持ちが決まったらいつでもお申し込みください。」
鑑定室を出てロビーに戻ると、入口の方から見覚えのある栗色のショートボブが歩いてきた。
「ひかり。」
声をかけると、ひかりが顔を上げた。いつもの元気な笑顔が、今日はない。
「あ、遥さん。お疲れ様です。」
声は明るくしようとしている。でも目が笑っていない。
「どうした? 元気ないな。」
「えっと……。」
ひかりがロビーの端のソファに目を向けた。2人でソファに腰を下ろす。
「弟が入院しちゃって。」
「入院?」
「一番下の弟なんですけど、急に高熱が出て。最初は風邪かなって思ったんですけど、2日経っても下がらなくて。病院で検査したら、原因が分からないって。」
ひかりの手が膝の上で握られていた。
「精密検査を何回もやってるんですけど、全然原因が特定できなくて。ちょっと大きい病院に移ることになって。お母さん一人じゃ……下の妹の面倒もあるし。」
「そうか。」
「それで、すみません。しばらく攻略者活動、お休みさせてください。」
ひかりが頭を下げた。
「弟が落ち着くまで、家のことをやらないと。お母さんだけに任せられないので。」
「頭を上げてくれ。家族のことが先だ。」
「でも、遥さんとパーティー組んでるのに……。」
「気にすんな。」
俺が言い切ると、ひかりは少し顔を上げた。目が赤い。泣くのを堪えている。家族のことが心配で、でも攻略者活動を止めることへの申し訳なさもあって、感情の行き場がないんだろう。
「……あの、1つ聞いてもいいですか。」
「ん?」
「遥さん、さっき朝霧さんと話してましたよね。何かあったんですか?」
「……ああ。ステータスの鑑定を受けたら、ランクアップを勧められた。」
「そう、なんですね。すごい……。」
ひかりの表情が揺れた。
「遥さんは先に行ってください。わたしなんか待ってたら、もったいないです。」
ひかりはそう言って、立ち上がった。
「何かあったら頼ってくれ。無理すんなよ。」
「はい。ありがとうございます。……ごめんなさい。」
ひかりが最後にもう一度頭を下げて、足早にロビーを出ていった。振り返らなかった。
ロビーに1人残されて、しばらくソファに座っていた。
ひかりが攻略者をやっているのは、家族を助けるためだ。その家族を放っておくなんてことは、本末転倒だろう。
頭では分かっている。しかし……。
ランクアップ、1人で受けるのか。気が進まない。……いやまずは、目の前のことをやらなくては。そうでないと、いざという時ひかりを助けられない。
帰宅して、ダンジョンの居住エリアに戻ると、テーブルの上にお茶が置かれていた。ユキが用意してくれていた。
「おかえりなさいませ、ご主人様。」
「ただいま。留守中のダンジョンの状況は?」
「順調です。火山エリアには3組が挑戦しましたが、いずれも途中で撤退しています。リンドヴルムの竜たちが、よく働いていますよ。」
「リンドヴルムに感謝だな。」
「はい。それと――」
ユキが首を傾げた。
「ご主人様、何か気になることがおありですか。少し、表情が沈んでいらっしゃいます。」
さすがに鋭い。
「ひかりが、しばらく活動を休むことになった。弟の体調が悪いらしい。」
「そうですか。……心配ですね。」
「ああ。」
それ以上は深入りしなかった。
お茶を一口飲んで、今日の鑑定結果を思い出した。3体の眷属のステータスが1/10加算されている結果だが、協会側にその理屈は分からない。分からないなら、別にいい。ただ、ランクが上がれば注目も集まる。今まで以上に気をつけないとな。
――――
貯金残高:782,500円 / ダンジョン蓄積魔力:154
HP:9,100 / MP:17,600 / STR:10,600 / VIT:10,200 / DEX:9,700 / INT:15,000 ★New!
スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)
【ダンジョン構成】
入口 → 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 物資補給エリア → 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋
――――




