第36話 蹂躙
翌朝、居住エリアのリビングで朝食を終えたあと、俺はユキに切り出した。
「ユキ、頼みがある。」
ユキの蒼い瞳がこちらを向いた。
「何でしょうか、ご主人様。」
「翠嶺洞の最深部に行く。あそこのダンジョンマスターに直接会って、運営のことを聞きたいんだ。モンスターのリポップとか、維持コストとか、俺が知らないことが多すぎる。」
ユキの表情が微かに動いた。眉が寄り、蒼い瞳に鋭い光が差す。
「翠嶺洞の最深部ですか。……ご主人様、最深部となるとどのような守りがあるか分かりません。危険です。」
「分かってる。だから、ユキに一緒に来てほしい。」
ユキは数秒間、俺の目を見つめた。それから白銀の髪が揺れ、静かに頷いた。
「お供します。――何がいようと、私がお守りしますので。ご主人様は私の後ろにいてください。」
「……最初からそのつもりだったんだけど、言葉にすると大分情けないな。」
「少しずつ強くなればよいのです。」
リビングの扉が開いて、リンドヴルムが入ってきた。朝の紅茶を片手に、紫の瞳がこちらを捉える。
「何の話をしておった。」
事情を説明すると、リンドヴルムは腕を組んだ。尻尾がゆっくりと揺れている。
「ほう。他のマスターのところに殴り込みか。」
「殴り込みじゃない。話を聞きに行くだけだ。」
「つまらんの。――まぁよい、じゃが次はわらわも連れていけ、面白そうじゃ。」
「面白そうって、他人のダンジョンを壊す気か?」
「気分次第じゃ。」
絶対に連れていけない。
ハヤテにも森エリアの管理を頼み、俺とユキは支度を整えてダンジョンを出た。
翠嶺洞までは、バスと電車で1時間弱。ユキは変化の魔法で耳を人間の形に変え、白銀の髪を一つに束ねていた。
翠嶺洞の入口に着いたのは午前10時過ぎだった。山腹に開いた大きな洞穴の前に立つと、中から冷たい空気が流れてくる。苔の匂い。何度も潜った馴染みのダンジョンだが、今日は目的が違う。
「しばらくは俺にやらせてくれないか?どこまでやれるのか試してみたい。」
「かしこまりました。危なくなったら加勢いたします。」
1層。発光する苔が淡い緑の光を通路に落としている。ロックリザードが1体飛び出してきたが、剣を振るう必要すらなかった。蹴りを放ち、壁まで吹き飛ばす。ロックリザードはぐったりと崩れ落ちた。
2層、3層、4層。かつて苦戦した階層が、ただの通路になっている。ロックサーペントが地底湖から首を持ち上げたが、攻撃行動に移る前に刎ね飛ばす。
5層、6層。ロックタートルの群れが道を塞いでいたが、斬撃で甲殻を叩き割る。
「ご主人様、随分と余裕がおありですね。」
「まぁ、ここまでは慣れた場所だからな。問題はここからだ。」
7層への階段を降りる。空気が変わった。
天井が一気に高くなり、巨大な空洞が広がっている。壁面の苔が青白く発光し、はるか上方の天蓋をぼんやりと照らしている。ここから先が深層だ。
甲高い鳴き声が響いた。上空に影が2つ。ロックワイバーンだ。灰色の鱗にコウモリじみた大翼、体長2メートル超の飛竜が旋回しながらこちらを見下ろしている。
以前は、こいつらに命がけで挑んでいた。剣術がLv.4に上がり、身体強化がLv.3に達したのも、この深層での激戦がきっかけだった。
今は違う。
2体が同時に急降下してきたが正面から受ける気はない。右に跳んで1体目の突進を躱し、すれ違いざまに首の横を斬り抜ける。手首を返す感覚だけで、刃が鱗を断つ。
2体目が背後から迫る。振り向かずに低く身を沈め、頭上を通過する翼の風圧を感じながら、跳ね上がるように剣を突き上げた。腹に刃が深く食い込み、ロックワイバーンが絶叫して光の粒子に崩れた。
1体目も態勢を立て直す前にもう一太刀。終わりだ。
8層、9層、10層。ロックワイバーンの数が増え、3体、4体と群れで襲ってくるようになったが、なんとか対処できた。徐々に息が上がる。
11層に足を踏み入れた瞬間、空気の重さが変わった。
天井がさらに広がり、もはや地下であることを忘れるような大空洞になっている。壁面の苔が青白から深い紫に変わり、足元の岩肌にも結晶質の鉱物が露出している。
地鳴りがした。
通路の奥から、重い足音が近づいてくる。1歩ごとに地面が揺れる。
岩の壁を突き破るようにして現れたのは、ロックワイバーンとは明らかに違う何かだった。
体長4メートルを超える重竜。翼はない。その代わり、全身が分厚い岩の外殻に覆われている。頭部は平たく巨大で、口を開くと岩石そのもののような牙が並んでいた。四肢は太く短く、地面を踏みしめるたびに床にひびが走る。
地上に特化した重装甲の竜だ。昨日下調べをしたときに見た、ロックドレイク。こいつか。
「来る。」
ロックドレイクが咆哮した。空気が震え、天井から砂が落ちる。そのまま突進してくる。鈍重そうに見えて速い。4本の脚が地面を掴むようにして加速し、岩の塊が弾丸のように迫ってきた。
正面から受けるのは論外だ。横に跳ぶ。ロックドレイクが通過した跡の地面がえぐれていた。
すれ違いざまに斬りつけるが手応えが硬い。岩の外殻の分厚さが尋常ではない。
身体強化Lv.3を全開にした。体内を熱い回路が駆け巡り、出力が一段跳ね上がる。ロックドレイクが旋回して再突進してきた。今度は逃げない。
踏み込んで、突進の軌道に対して斜めから剣を振り下ろす。刃に体重と速度の全てを乗せた一撃が、ロックドレイクの頭部の外殻を直撃した。
轟音。外殻にひびが入り、破片が飛ぶ。ロックドレイクの突進が止まった。だが倒れない。頭を振って態勢を立て直し、口を大きく開いた。
喉の奥に光が灯る。
まずい。
咄嗟に横へ跳んだ瞬間、ロックドレイクの口から岩の塊が散弾のように放たれた。着弾した壁面が爆発的に砕け散り、破片が全方向に飛ぶ。左肩を岩片がかすめ、鋭い痛みが走った。
「っ……!」
一発もらったら終わりだ。あの散弾をまともに食らえば身体がバラバラになる。
だが、怯んでいる暇はない。ブレスの直後は隙がある。ロックドレイクの顎が下がり、首が伸びきった一瞬。駆け込んで、ひび割れた頭部に二撃目を叩き込む。
外殻が砕けた。露出した肉に刃が深く入り、ロックドレイクが悲鳴を上げて光の粒子に崩れた。
息を整える。肩の傷は浅いが、血が滲んでいた。
「ご主人様。」
ユキが静かに近づき、傷口に手をかざした。淡い光が灯り、痛みが引いていく。治癒魔法だ。
「ありがとう。……正直、きつかったな。」
「無理はなさらないでください。」
12層から15層。ロックドレイクが複数で出現するようになった。2体同時を相手にするのが限界だった。3体以上になるとユキがサポートに入り、精霊魔法で1体を拘束している間に俺が残りを仕留める、という形で進んだ。
ただ、きつい戦いが続く中で、身体が変わり始めているのは感じていた。ドレイクの突進を躱す動きが、最初の頃より格段に滑らかになっている。剣も変わった。ドレイクの外殻に対して致命的な衝撃を加える攻撃が段々と分かってきた。
15層を超えたあたりで、それでも俺の身体が限界に達した。限界まで酷使し続けた反動が脚に来ている。剣を握る手からも握力がほとんど失われつつあった。
「ご主人様。ここからは私が前に出ます。」
「……頼む。」
悔しいが、これ以上は厳しそうだ。素直に後ろに下がった。
16層。空気が一変した。
苔の発光が消え、代わりに壁面の鉱物が赤紫色に脈動している。天井の高さが計り知れない。暗闇の奥から、何かが這う音が聞こえた。
鱗が擦れる音。それも長い。
壁面から、巨大な蛇が姿を現した。
体長10メートルを超える蛇竜。鱗は暗灰色、頭部の冠状の突起だけが赤紫に光っている。瞳が異様だった。黄金色の瞳に、縦に裂けた瞳孔。その目がこちらを捉えた瞬間――
身体が動かなくなった。
金縛りだ。視線が絡みつくように全身を縛り、筋肉が石のように固まる。恐怖ではない。物理的に、身体が硬直している。
「――失礼。」
ユキの声と同時に、俺の前に風の壁が展開された。蛇竜の視線が遮断され、硬直が解ける。膝が笑っていたが、さっきの感覚は覚えた。魔眼が来る直前の、空気が歪むような圧。
「バジリスク系統ですか。石化の魔眼を持つ蛇竜ですね。」
ユキが一歩前に出た。白銀の髪が魔力の風に揺れる。
バジリスクが地面を滑るように突進してきた。巨体が恐ろしい速度で迫るがユキは動かない。
足元の岩盤が隆起した。
地面から巨大な岩の柱が5本、同時にせり上がり、ロックバジリスクの巨体を串刺しにするように挟み込んだ。蛇竜が暴れる。尾が岩柱を叩き割り、胴体をくねらせて拘束を振りほどこうとする。
ユキの手が動いた。掌を向けた先の壁面から地下水が噴出し、高圧の水流がロックバジリスクの頭部を正面から打った。冠状の突起が砕け、黄金の瞳が閉じる。
もう一撃。天井から岩塊が急降下し、ロックバジリスクの頭部を押し潰した。蛇竜の身体が痙攣し、光の粒子に変わって消えた。
後には通路に穿たれた穴と砕けた岩柱の残骸だけ、ユキは息一つ乱さない。
17層、18層、19層。ロックバジリスクが複数出現しても、ユキの精霊魔法の前には同じだった。翠嶺洞の環境そのものがユキの武器になっている。蔦が絡みつき、岩が牙を剥き、地下水が刃に変わる。ダンジョンの中にいる限り、精霊魔法の媒介は無限にある。
20層を過ぎたあたりから、俺にはもう階層を数える余裕がなくなった。
空洞の規模がさらに膨れ上がり、天井がどこにあるのか見えない。壁面の鉱物が赤紫から深い藍色に変わり、足元の岩肌が微かに脈動している。ダンジョンの心臓に近づいている。
地面が揺れた。
通路の奥から、複数の首が伸びてきた。
岩でできた蛇の首が5本。それぞれが独立して動き、暗闇の奥からゆっくりと巨大な胴体が現れた。体高だけで4メートルはある。5つの頭がそれぞれ違う方向を向き、10の目がこちらを睨んでいた。背筋に寒気が走り、冷や汗が止まらない。
多頭の竜。ここまで来るとおとぎ話の生物だ。確か……ヒュドラ。
5つの首が同時に口を開いた。5方向からのブレスが通路を埋め尽くす。
「ご主人様、下がってください。」
ユキが両手を広げた。足元から白銀の光が広がり、分厚い防壁を形成する。ブレスが防壁に着弾し、轟音と粉塵が噴き上がる。
ユキが防壁を突き破って前に出た。
右手を振る。壁面から伸びた岩の槍がヒュドラの首を1本、根本から叩き折った。折れた首は地面に落ちたが、断面から再結合し、数秒で再生する。
「なるほど。中々しぶといですね。」
左手を地面に触れた。足元の岩盤が波打ち、ヒュドラの四肢を飲み込むように隆起して拘束する。ヒュドラが暴れ、岩の拘束を破壊しようと5つの首を振り回す。
地面の亀裂から大量の水が噴出し、ヒュドラの足元を水没させた。次の瞬間、ユキが水温を操作した。水が瞬時に凍結し、ヒュドラの下半身が氷に閉じ込められる。再生が追いつかない。
そして、ユキは氷の中に手を突っ込むようにして、精霊魔法を流し込んだ。ヒュドラの体内を岩の共鳴が駆け抜け、内部のコアを振動で砕く。
5つの首が同時に痙攣し、ロックヒュドラが崩壊した。
「中々いい運動になりますね。」
ユキにとってはまだまだ余裕のようだ。彼女は、どれだけ遥か先にいるんだろうか。
さらに奥へ進む。もう何層目かは分からない。
「ご主人様、大丈夫ですか。」
「なんとか。……そろそろゴールだと助かるんだが。」
その言葉に応えるように、ソレは立っていた。
体高10メートル。岩石でできた巨人だ。人型の輪郭を持っているが、頭部は岩の塊そのもので、顔がない。両腕は地面にまで届く長さで、指の1本1本が俺の身長ほどある。足元は地面と融合しており、巨人と床の境界が曖昧だった。
ダンジョンそのものが凝集した姿。このダンジョンの最終防衛兵器だ。
ロックタイタンが動いた。顔のない頭部がこちらを向き、右腕がゆっくりと持ち上がる。
「少し本気を出しますね。」
その瞬間に空間全体の空気が変わった。
白銀の髪が逆立ち、足元から蒼い光が渦を巻く。ユキの周囲の空間が歪むほどの魔力が放出されている。
ロックタイタンの右腕が振り下ろされた。空洞の半分を覆う巨腕が、周囲の岸壁を巻き込み、砕きながら落ちてくる。
ユキが右手を掲げた。
何もない空間に、光が灯った。
ユキの頭上に蒼白い魔法陣が展開され、その中心から巨大な氷柱が生成された。純粋な魔力が物質に変換され、直径3メートルはある氷の槍が虚空に出現する。
氷柱がロックタイタンの右腕に激突した。岩の腕が肘から砕け散り、破片が空洞の壁面を打つ。ロックタイタンが体勢を崩す。
再生が始まった。砕けた岩が地面から浮き上がり、腕の形を取り戻そうとする。
ユキが左手を振った。
今度は炎だった。ユキの掌の前に太陽のような光球が凝縮され、それがロックタイタンの胸部に撃ち込まれた。溶岩も地下の熱源もない。ユキの魔力そのものが炎に変じている。着弾した箇所の岩石が赤熱し、溶解し、再生しようとする岩が組み上がる端から溶け落ちていく。
ロックタイタンが咆哮した。顔のない頭部が天井に向かって吠え、残った左腕と地面に融合した下半身を使って、空洞全体を震わせた。床が波打ち、天井から隕石のごとき巨岩が降り注ぐ。ダンジョンそのものを兵器にした無差別攻撃だ。
ユキは動じない。
彼女と俺の周囲に蒼い光の膜が展開された。降り注ぐ巨岩がその膜に触れた瞬間、塵に変わる。物質としての結合を優しくほどくかのように。岩が、石に。石が、砂に。砂が、無に。
ユキが宙に浮いた。重力そのものから解放されたように空洞の中央まで上昇する。ロックタイタンの顔のない頭部と同じ高さで静止し、右手を胸の前に掲げた。
掌の上に、小さな光の球体が生まれた。拳ほどの大きさ。だが、それを見た瞬間、俺の身体が本能的に後退した。あの小さな球体に、空洞全体の空気が引き寄せられている。光が圧縮され、密度が上がるたびに、周囲の温度が下がる。空間からエネルギーを吸い上げている。
ユキが球体をロックタイタンの胸に押し込んだ。
音がすべて消えた。ただ、ロックタイタンの上半身が内側から消滅した。爆発ではない、存在ごと消し飛んだ。残った下半身が崩れ落ち、再生しようともがくが、核となる上半身がない。
亀裂が全身に走り、巨人の輪郭が崩れ始め――
「やめてください!!」
叫び声が響いた。
ロックタイタンの残骸の向こう、空洞の最奥から誰かが走ってきた。
女の子だった。
無造作な黒髪に、大きな目。ジーンズにパーカーという普通の格好。年齢は俺より少し下くらいか。その両目から涙がこぼれていた。
だが、走りながらその身体が変化していく。
肌に灰色の鱗が浮き上がる。背中から翼が破れるように展開し、額から2本の角が突き出した。手足が変形し、爪が岩のように硬質化する。数秒後にはそこに体長5メートルほどの竜が立っていた。翼を広げ、黄金色の瞳で、ユキを睨む。
誰だ?
竜の口が開いた。喉の奥に光が灯り、全力のブレスが放たれる。圧縮された光の奔流が、空中に浮くユキに向かって叩きつけられた。
ユキは指を一本立てただけだった。
ブレスの奔流が、ユキの指先の数センチ手前で静止した。空中で凍りつき、行き場を失って浮遊する。運動エネルギーそのものを奪い取ったかのように。
竜が咆哮して飛び上がった。翼で加速し、空中のユキに向かって全身全霊の体当たりを仕掛ける。
その瞬間、竜の全身を蒼い光の鎖が包んだ。空間から光の鎖が次々と編み上がり、翼を縛り、四肢を拘束し、首を押さえつける。竜が暴れた。鱗が逆立ち、全身の力で鎖を引きちぎろうとする。1本が弾けた。だが砕けた鎖の破片が再構成され、より太い鎖として巻き直される。
竜が最後の力を振り絞った。至近距離からブレスを吐く。ユキの顔面に向かって、真正面から。
ユキの掌が光った。ブレスがユキの手の前で消えた。
竜の力が尽きた。鱗が消え、翼が縮み、角が引っ込んでいく。光の鎖がゆっくりと解かれ、そこに残ったのは、パーカーが半分裂けた状態で座り込む女の子だった。
「……っ、ひ……うちのダンジョン、壊さないで……お願い……。」
半泣きだった。両手で頭を庇うようにしてうずくまり、震えている。全力で戦って、それでも歯が立たなかった恐怖と絶望が、その小さな背中ににじんでいた。
「ユキ、ストップだ。」
蒼い瞳が静かにこちらを見、判断を俺に委ねている。
俺はゆっくり近づいた。
「待ってくれ。壊しに来たんじゃない。」
「……え?」
涙で濡れた目がこちらを見上げた。
「俺は攻略者だけど、コアを壊す気はない。ダンジョンの運営について聞きたいことがあって来たんだ。乱暴なやり方になって悪かった。」
女の子は座り込んだまま、目を丸くしていた。警戒は解けていない。当然だ。自分のダンジョンの最終防衛兵器を半壊させた相手の言葉を、すぐに信じろという方が無理がある。
「……ほ、本当に? 壊さない?」
「壊さない。約束する。」
ユキが一歩下がり、魔力を完全に収めた。空洞を満たしていた圧迫感が嘘のように消える。
女の子はしばらく俺とユキを交互に見ていたが、やがて震える脚で立ち上がった。
「あ、あの……わたし、瀬野つむぎ……です。この、翠嶺洞の……マスター、です……。」
声が震えている。目は赤く、鼻もすすっている。
これが、翠嶺洞の主。7層以降の鉄壁の深層を築き上げ、防衛網を構築したマスター。俺が「さぞ凄い人物だろう」と想像していた相手。
それは……泣きそうな顔の、小さな女の子だった。
「鷹峰遥だ。その……改めて、すまなかった。」
「……び、びっくりしました……。あの人?なんですか……。全部、何もかも無駄だった……。」
つむぎの視線がユキに向く。怯えが色濃い。無理もない。自分のダンジョンの最強の防衛兵器を片手間で破壊した存在が目の前にいるのだ。
「俺の仲間だ。もう攻撃はしない。……な?」
ユキに視線を送ると、ユキは小さく頷いた。
「申し訳ありません。お怪我はありませんか。」
つむぎはびくっと肩を震わせたが、ユキの声に敵意がないことは伝わったらしい。少しだけ肩の力が抜けた。
「だ、大丈夫です……。変身、解けちゃったんで……ちょっと疲れただけで……。」
それから、つむぎはぽつりと言った。
「あの……攻略者が、こんな深くまで来たの……初めてで……。わたし、ずっと一人で……怖くて……。」
声が微かに詰まった。
「実家に、トカゲ……飼ってるんですけど、マスターになってから帰れてなくて。レオパの……スーパーマックスノーっていう品種なんですけど……元気にしてるかな、って……。うぅ……。」
完全に毒気を抜かれた。
翠嶺洞の鉄壁の深層を築いたのは、攻略者が怖くて怖くて仕方がないこの子が、必死に自分を守るために重ねた防衛の結果だったのだ。そして、その鉄壁の奥で、実家のトカゲを恋しがりながら一人で過ごしていた。
俺は息をついて、砕けた岩の上に腰を下ろした。
「……少し、話を聞いてくれるか。」
つむぎは鼻をすすりながら、小さく頷いた。
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貯金残高:360,500円 / ダンジョン蓄積魔力:79
スキル:【剣術】Lv.5 ★New! / 【身体強化】Lv.5 ★New! / 【戦闘機動】Lv.3 ★New! / 【危機感知】Lv.3 ★New! / 【状態異常耐性】Lv.2 ★New!
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)
【ダンジョン構成】
入口 → 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 物資補給エリア → 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋
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