第34話 飛竜
朝食後、リンドヴルムは火山エリアに消えていった。俺たちは森エリアの運営を通常通り回しながら、その成り行きを見守ることにした。
意識を向け、火山エリアの様子を感じ取る。
リンドヴルムの魔力が脈打つように膨らんでいた。
しばらくして、火山エリアの空間が揺れる。
1体、2体……。リンドヴルムとは異なる、もっと荒々しく単純な生命反応が火山エリアに出現していく。低級竜だ。リンドヴルムの呼びかけに応じて、次々とこちら側に現れている。
昼前には、脳裏に浮かぶ火山エリアの地図に、6つの光点が灯っていた。
「6体か。」
居住エリアのリビングで呟くと、隣のソファに座っていたユキが応じた。
「十分ではないでしょうか。森エリアの攻撃性は私の精霊魔法で増減を調整できますが、火山エリアのモンスターは基本放し飼いです。最初は少数で様子を見るのが妥当かと。」
「だな。いきなり20体とか放り込んで事故が起きたら洒落にならない。」
俺は意識を集中させ、火山エリアの低級竜の様子を感じ取った。6体の生命反応はそれぞれ大空洞の中に散らばり、溶岩の近くや岩棚の上に陣取っている。
昼過ぎ、リンドヴルムが居住エリアに戻ってきた。
「終わったぞ。6体じゃ。」
「お疲れ様。配置はどんな感じにしたんだ?」
リンドヴルムは腕を組んだ。
「大空洞の前半に4体、後半に2体。前半の4体は高度を散らし、奥に進むほど手強い個体を置いた。後半の2体はまぁそこそこじゃの。」
なるほど。前半で空中戦の洗礼を受け、それを突破した者だけが後半に挑む。階層式ダンジョンの難易度設計と同じ発想だ。
「攻略者が撤退したい場合の逃げ道は?」
「入口方向に逃げれば追わぬよう躾けてある。ただし背を向けた瞬間に追撃してこぬとは言い切れん。低級竜は獣じゃ、動くものに反応する本能がある。物資補給エリアじゃったか?あそこに傷ついた者が走ってくるかもしれんな。」
「分かった。ポーションの在庫は多めにしておく。」
準備は整った。
「よし。じゃあ今日から、火山エリアを開放する。」
ハヤテが翼をばたつかせた。
「マジっすか! もう今日からっすか!?」
「まぁ、物資補給エリアに訪れた人がたまたま火山エリアへの通路を見つける形になるだろうけど……。」
実際、午後にはそれが起きた。
意識をダンジョンに向けていると、森エリアを抜けた攻略者の3人パーティーが、物資補給エリアでポーションを買った後、奥の通路に気づいた反応があった。
3人は通路を進み、火山エリアの入口付近で足を止めた。しばらく動かない。
やがて、3人が火山エリアに足を踏み入れた反応が伝わってきた。
脳裏に流れ込んでくる情報から、展開を追う。
3人が前半エリアに入って間もなく、上空の飛竜1体が動いた。体長2メートル半ほどの飛竜が、大空洞の高所から急降下して攻略者に襲いかかる。
攻略者の前衛が盾を構え、後衛が詠唱を始めた。急降下を盾で受け流し、横から剣士が斬りかかる。鱗に刃が弾かれた。硬い。リンドヴルムの加護が乗った鱗は、並の攻撃では傷がつかないらしい。
だが、攻略者たちもそれなりに慣れたものだった。盾役が注意を引き続け、魔法使いが火球を飛竜の翼膜に叩き込むが、軽く焦がす程度であまりダメージにはなっていない。
飛竜が咆哮を上げた。翼を広げて再び上空に逃れる。地上から見上げる形になった3人の頭上を、悠々と旋回している。手が届かない。
そこへ、別方向から2体目の飛竜が急降下してきた。
上空からの挟撃。3人の陣形が乱れる。1体目も高度を下げて再突入し、2体がかりで攻略者を追い立てる。
3分ほどの混戦の末、攻略者たちは入口方向に走り始めた。撤退だ。2体の飛竜は上空に戻り、旋回するだけで追撃しない。リンドヴルムの躾が効いている。
3人は物資補給エリアまで戻り、ポーションを2本買って、森エリアを通ってダンジョンを出ていった。
「……いい感じだな。」
飛竜1体にすら勝ちきれない。3人がかりで3分粘って、さらに2体目の奇襲で押し切られた。中・上級者向けの難易度としては、まさに狙い通りだ。しかも空中からの挟撃という森エリアにはない要素がある。攻略者にとって、ここは新しい挑戦の場になるだろう。
その日のうちに、もう1組が火山エリアに挑んだ。こちらは2人パーティーで、飛竜と交戦する前に熱気と空間の広さに怖じ気づいたのか、早々に引き返していた。
どちらのパーティーも大きな怪我はない。撤退した者を追わない躾は確実に機能している。
夕方、リンドヴルムが居住エリアのリビングに現れた。
「お疲れ様。攻略者が2組挑んだけど、どっちも撤退してた。」
「ふむ。まあ、そうじゃろうな。配下が倒されればわらわも気づける。そうなったら直接出てやろう。」
「今日の攻略者、どう思った?」
リンドヴルムは紫の瞳を細めた。
「駄目じゃな。飛竜1体すら仕留められぬようでは、先は長いの。」
「まあ、初日だし。これから腕のある連中が噂を聞きつけてくるだろ。」
「ふん。楽しみにしておこう。」
ユキがお茶を配りながら言った。
「今日の来訪者は13組でした。そのうち2組が火山エリアに挑戦しています。」
「物資補給エリアのポーション消費は?」
「在庫を多めに確保していたため、品切れは起きませんでした。ただ、火山エリアの攻略者が戻ってきた後にまとめ買いする可能性がありますね。」
「当面は現金収入で生活費を賄いつつ、蓄積魔力はポーション補充に優先的に回す。エリア拡張は当分お預けだな。」
ユキが頷いた。
「そうですね。無理をすれば、この好循環が崩れかねません。」
ハヤテが帰ってきた。鷹の姿でダンジョンの外を偵察していたらしい。人間の姿に戻りながら報告する。
「ご主人、ダンジョンの入口付近でちょっと面白いことになってたっす。帰った攻略者が、入口の前でたむろしてる別の攻略者に話しかけてたっすよ。『奥に火山みたいなエリアができてる』『竜がいた』って、めっちゃ興奮してたっす。」
「……もう噂が広がり始まってるのか。」
「明日から増えるんじゃないっすか、火山エリア目当ての人。」
来訪者が増えれば魔力の蓄積は早まる。嬉しい誤算だ。
ダンジョンを始めた頃は、攻略者が1人来るかどうかで一喜一憂していた。それが今は、森エリアと火山エリアの二重構造で、初級者から上級者まで受け入れられる体制が整った。リンドヴルムという門番が最終防壁に座り、ユキとハヤテが前線を支えてくれている。
これからしばらくは、今の体制でダンジョンを運営しつつ、攻略者としての稼ぎももっと上げていかないとな。
ひかりとの依頼、近いうちに入れよう。そう思いながら、湯気の立つお茶を啜った。
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貯金残高:338,000円 / ダンジョン蓄積魔力:14
スキル:【剣術】Lv.4 / 【身体強化】Lv.3
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)
【ダンジョン構成】
入口 → 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 物資補給エリア → 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋
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