第30話 祖竜
「ご主人様、朝食の準備ができました。」
ユキがテーブルに皿を並べる。白米と味噌汁、それに卵焼き。ユキが作る飯は何でも美味い。最近、前にも増して食欲があるが、動いている分、身体がかなり引き締まってきたのが嬉しい。
「ありがとう。……あと、召喚の前にひとつやりたいことがある。」
「何でしょうか。」
「居住エリアの改装だ。」
ユキが小さく首を傾げる。ハヤテはソファでだらけていたが、「改装」の一言で目を開けた。
「今の居住エリア、ベッドが3つしかないだろ。新しい眷属が来たら俺を入れて4人になる。さすがにこのままじゃ無理だ。」
「自分がソファで寝てるんで大丈夫っすよ?」
「いや、この機会に、全員にちゃんとした個室を用意したい。そうだ、各部屋に浴室も付けよう。」
ハヤテが身を起こした。
「個室っすか!?」
「ああ。居住エリアの拡張ができるか確認してみる。」
目を閉じて、意識を向けた。頭の奥にメニューが浮かぶ。エリアの拡張、環境の操作、設備の追加……居住エリアの項目を辿ると、いくつかの選択肢が並んでいた。相変わらず項目多すぎだろ……。
個室の増設。1室あたり8畳相当の部屋を新設。
共用のリビング・キッチン・風呂はそのままで、奥に個室が3つ並ぶ形だ。
「個室4部屋、追加する。俺の部屋も含めてだ。」
居住エリアの壁がゆるやかに動き始めた。石材が生き物のように膨張し、奥へ向かって空間が広がっていく。数分も経たないうちに、リビングの奥に4つの扉が横並びに出現した。
「おおー!」
ハヤテが真っ先に駆け寄って、左端の扉を開けた。
「広い! ベッドもあるっすよ! あ、窓は……ないっすね。ダンジョンだし。」
「窓はさすがにな。ただ、照明は調整できるはずだ。」
部屋に備え付けのスイッチで明度を操作すると、部屋の天井が淡く発光して柔らかい光が降り注いだ。
「うわ、すごい。これなら全然いいっす!」
ユキも1つの扉を開けて中を確認していた。
「十分な広さですね。ありがとうございます、ご主人様。」
「ユキは好きな部屋を選んでくれ。ハヤテもだ。残りの1つを新しい眷属用にして、もう1つが俺の部屋。」
「んーじゃあ自分、左端がいいっす! 」
「……では、私はこちらを。」
ユキが選んだのはコアに一番近い右端の部屋。
「じゃあ俺がユキの隣で、新しい眷属がハヤテの隣にするか。」
部屋の配置が決まった。あとは中身だが、最低限の家具――ベッド、テーブル、椅子――は生成時に含まれていた。細かい調度品は追々揃えればいい。
「よし。じゃあ本題だ。」
テーブルに戻り、ユキとハヤテを呼んだ。2人が対面に座る。
「これから眷属の召喚をする。今回の投入コストは現金250万。ハヤテの時が現金換算だと約150万だったから、それより大幅に上乗せしてる。」
「前より高いっすね。何が来るんすかね。」
「分からない。ただ、投入コストが大きいほど高い格の眷属が応じやすくなる。」
「ユキ先輩はどうだったんすか?」
「ああ。瀕死状態だったから、本来あり得ないコストで応じてくれた。再現性は多分ないな。」
ユキが静かに頷いた。
「どこでやるっすか? リビングだとちょっと狭くないすか?」
「あー、訓練エリアを使うか。」
3人で訓練エリアに移動した。打ち込み台と的を端に寄せて、中央に十分な空間を確保する。ユキとハヤテは壁際に下がった。
目を閉じる。意識を集中し召喚のメニューを呼び出す。確認の意志を込める。承認。
両手を前に掲げて、意識を集中した。胸の奥から熱いものがせり上がってくる。ダンジョンコアとのリンクが強く脈打ち、体内の魔力回路に沿って力が流れ出す。
「――幽世の導に従い来たれ異郷の住人。」
足元に光が走った。
白い線が石材の床を這い、幾何学模様を描きながら広がっていく。召喚陣だ。ハヤテの時も同じ陣が出たが、今回は明らかに規模が違う。陣の直径がハヤテの時の倍近い。光の密度も、脈動する速度も、桁違いに強い。
「……っ。」
空気が変わった。訓練エリア全体が震えるような圧力が、召喚陣の中心から放射される。ハヤテが翼を畳んで身を縮めた。ユキだけが微動だにしない。
召喚陣の光が収束していく。白から金、金から紫へ。光の色が変わるたびに、陣の中心に何かが形を成し始めた。
そして――光が弾けた。
紫色の残光が散る中、陣の中央に1つの影が立っていた。
最初に目を引いたのは、頭部から伸びる2対の大きな角だ。捻じれた形状の角が、紫がかった光を反射している。長い髪は紫を帯びた色で、腰の辺りまで流れ落ちていた。切れ長の紫の瞳が、ゆっくりと周囲を見回す。身長は俺と同じくらいか。鱗に覆われた長い尻尾が、床の上で緩く揺れている。
人間の姿をしている。だが、人間ではない。角と尻尾がその事実を否応なしに主張していた。
そして、その存在が纏う空気が圧倒的に重い。この存在は――弱っていてなお、猛獣の気配が消えていない。
紫の瞳が、俺を捉えた。
「……。」
敵意ではないが、明らかにこちらを警戒している目線。
まずは名乗ってみる。声が上ずらないよう気をつけるが、正直心臓はかなりうるさい。
「俺は鷹峰遥。ここのダンジョンマスターだ。君を召喚した。」
「……ダンジョン。」
紫の瞳が細まる。
「ふむ。人間のマスターか。……して、わらわに何を命じるつもりだ。」
「命じることは特にない。まずは名前を聞きたい。」
「……名前?」
眉が動いた。
「教えてもらわないと、呼びようがないからな。」
数秒の沈黙。紫の瞳が俺を測るように見つめた。
「……リンドヴルム。祖竜じゃ。」
祖竜。勿論それが何かは知らないが、竜族の中でも根源に近い存在なのだろうか、エルダーエルフに匹敵する格を感じる。
「リンドヴルム、君は今かなり消耗してるように見える。間違ってるか?」
「……否定はせん。」
「なら、まず休んでくれ。部屋を用意してある。風呂もある。話はそれからでいい。」
「……部屋?」
リンドヴルムが怪訝そうな顔をした。
「居住エリアに個室がある。ベッドとテーブルだけの簡素なもんだが、横になれる。」
「お主は……わらわを戦わせるために喚んだのではないのか。」
「戦力が欲しいのは事実だ。けど、疲れてる相手にいきなり仕事を振るほど非常識じゃない。」
沈黙。リンドヴルムの尻尾が、ゆっくりと左右に揺れた。猫が思案しているときの仕草に似ている。
ユキが一歩前に出た。
「リンドヴルム。私はユキ、ご主人様の最初の眷属です。居住エリアまで案内します。」
紫の瞳が蒼い瞳と交差する。
「……エルフか。しかも、エルダーがなぜこのような場所に。」
「理由は追々お話しします。まずはお休みください。」
リンドヴルムが、俺とユキを交互に見た。
「自分はハヤテっす! ここの2番目の眷属で、鷹獣人っす。よろしくお願いするっすよ!」
ハヤテが壁際から手を振った。ビビッたのか遠くにこそいるが、空気を読まない元気さが、張り詰めた場に風穴を開ける。リンドヴルムの眉が上がった。
「……妙な場所じゃな。……しばらくは、様子を見させてもらう。」
「ああ、何か必要なものがあったら言ってくれ。」
ユキが先導して、訓練エリアから居住エリアへ向かう。リンドヴルムがその後に続いた。角と尻尾を持つ長身の背中が、通路の奥に消えていく。
ハヤテが俺の隣に来て、小声で言った。
「なんか、すごいの来たっすね。」
「ああ。」
「凄い美人っすけど、ユキ先輩とはまた違う感じの、こう……ドスが効いてるっていうか。」
「分かる、緊張したよ。自分ばっかり壁際に逃げてずるいぞ。」
「だって怖かったんすもん!」
召喚陣の跡はもう消えていた。訓練エリアに残っているのは、微かな紫の残り香だけだ。
祖竜。それがどれほどの存在なのか、まだ全く分からない。
「リンドヴルムのことは、しばらく触れないでおこう。相手のペースに合わせる。」
「了解っす!」
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貯金残高:300,000円 / ダンジョン蓄積魔力:500
スキル:【剣術】Lv.4 / 【身体強化】Lv.3
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)★New!
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