第20話 ハヤテ
「……ここどこっすか?」
召喚陣の上に立った少女は、きょろきょろと周囲を見回しながら、そう言った。
恐怖も、警戒も、緊張もない。道に迷って近くの店に入ってきた学生みたいな声色だ。
短い茶髪に鋭い金色の瞳。背中から伸びる大きな翼は茶褐色の羽根に覆われていて、召喚の余韻で淡く光っている。体つきは引き締まっていて、年齢は見た目で16歳くらいか。人間ではない。翼を持つ獣人だろうか。
「俺のダンジョンだ。召喚に応じてくれたんだと思う。」
できるだけ落ち着いた声で答えた。前回の召喚でユキが現れた時は瀕死の状態で、それどころではなかった。今回はまともに会話ができそうなだけ、随分と心の準備がしやすい。
「んー、なるほど?召喚っすか。そういうの、物語では聞いたことあるっすけど、ほんとにあるんすね~。」
少女は翼を軽く畳みながら、何でもないことのように頷いた。
「自分、ハヤテっす。鷹獣人……ホークアイって種族。よろしくっす。」
ぺこりと頭を下げた。自己紹介が実にあっさりしている。
隣のユキを見る。蒼い瞳はハヤテをまっすぐ見つめているが、警戒というほどの鋭さはなかった。新しく入ってきた存在を、静かに見定めている。そういう目だ。
「私はユキです。同じく、ご主人様の眷属です。」
「おお、ってことは先輩っね?よろしくっす!」
ハヤテが屈託のない笑顔を向けた。ユキは小さく頷いただけだったが、それ以上の反応がないのはいつものことだ。
俺はハヤテに向き直った。
「単刀直入に聞くけど、ハヤテはどういう経緯で召喚に応じたんだ?」
「んー。自分、もともとホークアイの群れにいたんすけど、退屈だったんすよ。で、群れを飛び出して色んなとこ飛び回ってたら、そのうち魔力が尽きかけて。行き倒れ寸前で『なんか呼ばれてるな』って感じたんで、来てみたっす。」
あまりにも軽い。ユキが封印と裏切りの末に瀕死で召喚されたのとは、何もかもが違う。
だが、面白い話が聞けた。召喚される側にも呼ばれた感覚があり、ある程度自らの意思をもって召喚にこたえるということだ。
「……怖くなかったのか? 見知らぬ場所に呼ばれるんだぞ。」
「いや、行き倒れで死ぬよりマシじゃないっすか? それに、なんか面白そうだったんで。」
けらけらと笑う。こちらが拍子抜けするほどの軽さだが、不思議と嫌な感じはしなかった。裏がない。この少女の言葉には、打算や駆け引きの気配がまるでない。
ユキが口を開いた。
「変わった方ですね。」
「よく言われるっす!」
「じゃあ、ダンジョンを案内する。ついてきてくれ。」
居住エリアを出て、ハヤテにダンジョンの構造を見せて回った。
訓練エリアでは打ち込み台と的を見て「おお、訓練場みたいな感じっすね」と感想を漏らし、物資補給エリアでは棚に並んだポーションを珍しそうに手に取った。
そして、森エリアに足を踏み入れた瞬間、ハヤテの目の色が変わった。
「……すごいっすね、ここ。」
天井まで伸びた木々の枝葉が揺れ、足元には苔と下草が広がっている。ユキの精霊魔法によって維持された、ダンジョン内とは思えない自然環境。空気の匂いすら、外の森と変わらない。
「ここが実践向けの森エリアだ。攻略者が来て、植物を相手に実戦訓練をする。今はユキが制御プログラムを組んで自律的に動かしてるんだが、3組同時が限界でな。4組以上来ると、ユキが直接制御に入らないといけない。」
「ふむふむ。」
「そこでハヤテに頼みたいことがある。4組以上の攻略者が来た時に、攻略者の相手をしてほしい。対人訓練の相手役というか、ユキの手が回らない分をカバーする感じだ。」
「了解っす! 自分、身体動かすの好きなんで、むしろ願ったり叶ったりっすよ。」
即答だった。まったく迷いがない。
「ただ、まずハヤテの戦闘能力を見ておきたい。ちょっとここで見せてもらえるか?」
「任せてくださいっす!」
ハヤテが翼を大きく広げた。茶褐色の羽根が森エリアの隙間いっぱいに展開し、次の瞬間、地面を蹴って一気に上昇した。木々の間を縫うように飛翔する動きは速い。枝にぶつかりそうな軌道を、翼の角度を変えるだけで滑らかに回避していく。
天井近くまで上がったハヤテが、そこから急降下に入った。落下の勢いのまま地面すれすれで水平に切り返し、片手を振る。風の刃が走り、10メートル先の枯れ木を斜めに両断した。断面が鮮やかだ。
着地。ほとんど音がしなかった。
「こんな感じっす。あと、上から見ると地上の動きが全部見えるんで、偵察とか索敵も得意っすよ。」
空中機動、急降下攻撃、風属性の遠距離攻撃、そして偵察能力。ダンジョン防衛にも攻略者の訓練相手にも使える。バランスのいい戦力だ。
ユキに目を向ける。
「どう思う?」
「空中戦闘と索敵に優れた、機動型の戦力ですね。森エリアの攻略者対応には十分かと思います。」
淡々とした評価だが、ユキが「十分」と言うなら実際に十分なのだろう。
「よし。じゃあ森エリアの件はハヤテに任せる。細かい運用はユキと相談して決めてくれ。」
「了解っす! ユキ先輩、よろしくっす!」
「先輩?」
「先にいたから、先輩っす。自分のこともハヤテって呼んでくださいっす!」
「ええ。よろしくお願いします。」
ユキが小さく頷いた。新しい眷属との距離感を測っている最中だろうが、少なくとも拒絶の気配はない。ハヤテの裏表のない性格が、変に構える隙を与えていないのかもしれなかった。
翌日の朝。俺はユキとハヤテと向かい合っていた。
「今日は翠嶺洞に行こうと思う。」
「かしこまりました。」
「翠嶺洞?っすか?」
「あぁ、俺はダンジョンマスターと同時に、攻略者としても活動してるんだよ。翠嶺洞は俺が今通っているダンジョンだな。目的は、まぁ、金稼ぎと強くなることかな。」
「へ~。」
「そこでだ。折角眷属が2人に増えたことだし、順番に、一緒に行ってみないか?特にユキはずっとダンジョンの中で、退屈じゃないかと思ってさ。」
「おっ、マジすか!」
ハヤテの金色の目が光った。好奇心が隠しきれていない。
「個人的には、ユキが先かなと思ってたけど、どうかな。」
「ありがとうございます、ご主人様。ですが、彼女の方が興味があるようですし、私は後でも構いませんよ。森エリアは私にとっても居心地がいいですから。」
「ホントっすか!ありがとうっす、ユキ先輩!」
というわけで、ハヤテを先に連れていくことにした。問題は、ハヤテの翼が目立つことだな。
「でもその翼、そのまま連れて行ったら目立つよなぁ。」
「こっちの世界には獣人いないっすか?」
「あぁ、種族的には人間しかいないな。だからユキの長い耳も、外だと結構目立つだろうな。」
「え~!変な世界っすね!」
人間しかいないのは変なことらしい。
「私は魔法で姿を誤魔化すこともできますよ、ご主人様。」
ユキがどことなく得意げである。
「さすがユキだ、それならユキと一緒に行くときは安心だな。」
「自分は魔法はあんまりなんで、ユキ先輩みたいにはできないっすけど、姿を完全に鷹にすることならできるっす!」
「へぇ、そんなことが出来るんだな。なら、外に出る時は飛んで上空からついてきてもらうか。翠嶺洞に入ったら元の姿に戻るってことで。」
「了解っす!あ、でも他の攻略者?に会ったらどうするっすか? 自分、翼生えてるっすけど。」
「スキルだって言い張る。」
「雑っすね。」
「まぁ、今まで翠嶺洞で誰かに話しかけられたこと無いからな。大丈夫だと思う。多分。」
ダンジョンの入口を出ると、隣にいた少女の姿が掻き消え、代わりに茶褐色の鷹が舞い降りた。鋭い金色の瞳はそのまま。
電車とバスを乗り継いで翠嶺洞へ向かった。
翠嶺洞の入口に着く。山腹に開いた大きな洞穴。見慣れた光景だが、ハヤテは初めてだ。
洞穴の中に足を踏み入れた瞬間、肩の鷹が光を帯びて膨張し、隣に人間形態のハヤテが現れた。翼が展開し、洞窟内の空気を軽くかき混ぜる。
「おー、ここがダンジョンっすか。なんだか空気が濃いっすね。」
「翠嶺洞は岩場と苔の洞窟だ。モンスターは階層ごとに変わる。今日は中層の6層で軽く連携を試す。」
「了解っす!」
1層から順に降りていく。浅い階層のロックリザードは俺一人でも秒殺できるが、ハヤテに翠嶺洞の雰囲気を掴ませるためにあえてゆっくり進んだ。
ハヤテは飛びながら先行し、通路の先を偵察しては戻ってくる。
「50メートル先、右の枝道に3体っす。リザード系。その奥は行き止まり。」
「了解。右は無視して直進する。」
「了解っす!」
翠嶺洞では今まで、角を曲がるまで何がいるか分からなかった。それが、ハヤテの空中偵察で事前に把握できる。回避もできるし、不意打ちの心配もなくなる。たったこれだけのことで、探索の安全性と効率が段違いに変わった。
6層に着いた。
天井が高く、苔の発光が青白い光を空間に満たしている。
前方の暗がりに、重い足音が響く。ロックタートルの群れだ。
「ハヤテ、まずは戦ってみるか。行けそうか?」
「大丈夫だと思うっす!行くっすよ!」
ハヤテが滑空してロックタートルに突撃していく。まずはお手並み拝見だな。
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貯金残高:800,000円 / ダンジョン蓄積魔力:20
スキル:【剣術】Lv.4 / 【身体強化】Lv.3
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)
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