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最強の眷属たちに囲まれて、まったりダンジョン運営してます~裏山ダンジョン、ときどき攻略者~  作者: Jasmin


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第17話 エルフ先生

ユキが一歩を踏み出した。

ただそれだけの動作で、森の空気が変質した。足元の草花がさざ波のように揺れ、周囲の木々が微かに幹を傾ける。まるで森全体がユキに道を譲るかのように。精霊魔法の残滓が光の粒子となって舞い上がり、木漏れ日と混ざり合って幻想的な光景を作り出している。

2人の攻略者は、剣を構えたまま石のように固まっていた。


「それが全力ですか。」


ユキの声は冷たく、感情の欠片もなかった。労いでも挑発でもない。ただの事実確認。

攻略者の片方が、引きつった声を絞り出す。


「あ、あんたは……入り口にいた……。」


ユキは答えなかった。代わりに右手をゆるく持ち上げた。

その瞬間、森が動いた。頭上の枝が一斉にしなり、足元の蔦が四方から跳ね上がり、左右の灌木が壁のように迫る。先ほどまで散発的に襲ってきていた森が、一つの意志の下に完全な統制を見せた。

蔦が螺旋を描きながら宙を走り、枝が弧を描いて薙ぎ払い、根が地鳴りとともに隆起する。一つ一つの動きに淀みがなく、振り付けられた舞踊のような流麗さがあった。木の葉の擦れる音が一斉に森を満たし、その中心にユキが佇んでいる。白銀の髪に淡い光の粒子が降りかかり、深い蒼の瞳だけが冷たく輝いていた。

それは暴力というより、一幅の絵画に近かった。

俺は居住エリアの椅子に座ったまま息を呑んでいた。脳内モニタ越しでもわかる。これがユキの本気……の、ほんの一端だ。俺が翠嶺洞でロックリザードと格闘していた頃、こんな存在が俺のダンジョンで森をいじっていたのかと思うと、なんとも言えない気分になる。


2人が反応する暇もなく、蔦に足を掬われ、枝に剣を弾かれ、あっという間に地面に叩きつけられた。衝撃が背中を突き抜け、肺から空気が絞り出される鈍い音が響く。

3秒。たったの3秒で2人を制圧した。


「……立てますか。」


冷たい、それでいて鈴のような声だった。倒れた攻略者に手を差し伸べるわけでもなく、ユキはただ淡々と告げる。


「もう一度、最初からどうぞ。」


森が元に戻った。蔦は土に沈み、枝は自然な角度に戻る。何事もなかったかのように。

2人は顔を見合わせ、泥だらけの体を起こし、震える手で剣を拾った。


2回目の挑戦が始まった。

再び蔦が蠢き、枝先がざわめき始める。2人は最初の数秒こそ身を強張らせていたが、すぐに剣を構え直した。一度あの圧倒を食らった上で、それでも再び立ち向かえるのは立派だと思う。根性はある。

だが脳内モニタ越しに見ていると、明らかに先ほどとは攻撃の質が違っていた。


「なぁ……左ばっかり来ねぇか?」


「こっちは足元だ。ずっと足元ばかり狙われる。」


片方には左からの攻撃が集中し、もう片方は足捌きを狙い撃ちにされていた。ランダムな猛攻ではない。明確に、個人の弱点を突いてきている。

左の守りが甘い方の腕に、枝の打撃が何度も同じ角度で叩き込まれる。最初は弾かれるだけだったそれを、3度目には辛うじて受け止め、5度目にはきちんと剣で弾いた。足元を攻められている方も同様だ。1度蔦に巻かれるたびに対処が少しずつ速くなっていく。


「まるで……癖を直されてるみたいだ。」


そう口にした瞬間、攻略者の顔に理解が広がった。あの圧倒的な力を見せつけたのは、ここで殺すためじゃない。実力差を示した上で、次の段階に進めている。


殺さない、ただし実力差は見せつけていい――俺がユキに伝えた方針はそうだった。だがユキは、そこに自分なりの解釈を加えたらしい。実力差を見せた上で、指導する。脳内モニタ越しに見ていても、その制御精度に感嘆するしかなかった。数十本の蔦と枝を同時に操りながら、それぞれの攻撃者に対して異なる弱点矯正プログラムを走らせている。


2回目の挑戦は20分続いた。

1回目よりも長い。2人の目の色が変わっていた。がむしゃらに凌ぐのではなく、弱点を意識して動き始めている。左からの攻撃に対して意識的に盾の角度を寄せ、蔦には足幅を広く取って重心を低くする。まだ荒削りだが、15分前とは明らかに別人だ。

攻撃のテンポがわずかに上がった。甘くなるのではなく、成長に合わせて負荷を引き上げていく。


そして、20分が過ぎた頃。

片方の攻略者の動きが、不意に変わった。


「……は?」


剣を振る軌道が滑らかになった。ぎこちなく力任せに振り回していた剣が、自然な弧を描き始める。枝を打ち払う角度、蔦を断つ手首の返し。一つ一つの動作がかみ合っていく。


「おい、お前……!」


「わかんねぇ。なんか、急に――身体が勝手に動く。」


スキルの覚醒だ。恐らく【剣術】Lv.1。ダンジョン内の高濃度魔力環境下で戦闘を重ねることで、潜在的な魔力回路が起動する。攻略者にとってスキル覚醒は大きな節目であり、それが1回の訓練で起きるのは珍しいだろう。ユキの精霊魔法で森エリアの魔力濃度が通常のダンジョンより高まっているのが大きいかもしれない。

もう1人も覚醒直前の気配がある。このまま通えば、遠からず目覚めるだろう。

翠嶺洞で自分がスキル覚醒した時のことを思い出す。あの時は身体中に回路が通ったような感覚があった。今、あいつも同じものを感じているんだろうな。


しばらくして森の攻撃が止んだ。ユキが攻撃を止めたのだろう。

2人はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。肩で息をして、全身汗と泥まみれになっている。腕や脚のあちこちに蔦の擦過傷が残り、鎧には枝の打撃痕が幾つも刻まれていたが、致命傷は一つもない。加減が完璧だ。


「終わりです。」


木々の奥からユキの声だけが聞こえた。姿は見えない。


「回復が必要なら、奥に物資があります。」


それだけ告げて、気配が完全に消えた。攻略者の2人は呆然と顔を見合わせていたが、やがて片方がぽつりと呟いた。


「……すげぇ。」


「ああ……すげぇよ。」


しばらく座り込んだまま動けなかった2人だったが、やがて互いに肩を貸し合うようにして立ち上がり、物資補給エリアに足を引きずるようにして辿り着いた。ポーション(低)を1本ずつと強化薬を1本購入する。設置しておいた説明書きと料金表を見てカウンターに代金を置くと、カウンターに料金が吸い込まれ、アイテムが出現した。利用料と合わせて計12,000円。安い設定にしたのは口コミ重視の初期戦略だ。まずは体験してもらって、リピーターを作る。

ユキは会計の場には姿を見せなかったが、文句を言う気にはならない。今日のユキの仕事は完璧だった。


脳内モニタに表示されるダンジョンの蓄積魔力が、0から5に変わっていた。

微々たる数字だ。だが、ゼロとゼロじゃないのとでは天と地ほどの差がある。攻略者が訓練で発する魔力が、少しずつダンジョンに蓄積されていく。この循環こそが、ダンジョン運営の基盤になる。


2人が帰った後、居住エリアに戻ってベッドに寝転がり、スマホを開いた。ダンジョンボードの例の投稿を確認する。


最新のコメント。


『行ってきた。マジだった。森が襲ってくるのはビビったけど、明らかに鍛えられてる感じがある。相方が1回の訓練で【剣術】覚醒した。管理してるエルフっぽい?姉ちゃんが異次元レベルの美人だけどクソ怖い。でもまた行く。』


「クソ怖い」。まぁ否定はしない。

このコメントに対する反応が、既にいくつかついていた。


『嘘だろ、スキル覚醒? 何回くらい潜った?』

『1回って書いてあんだろ。読め』

『場所教えてくれ。DM送った』

『エルフの姉ちゃんについて詳しく』


釣りだ詐欺だと騒いでいた頃とは、明らかに空気が違う。体験者のリアルな声というのは、百の宣伝文句より効く。ユキが言った通りだった。

ちなみに「エルフの姉ちゃん」に対しては、先ほどの体験者が『マジでヤバい。この世のものとは思えないレベル。でも強すぎて怖い』と返していた。なんだか申し訳ない気持ちになる。


スマホを置いて天井を見上げる。

まだ客は2人。たった2人で、売上は12,000円。だが問い合わせのDMが、さっき確認した時点で既に4件入っていた。蓄積魔力もゼロじゃなくなった。小さいが、確かな一歩だ。


――――

貯金残高:997,000円 / ダンジョン蓄積魔力:5

スキル:【剣術】Lv.3 / 【身体強化】Lv.2

眷属:ユキ(エルダーエルフ)

――――

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