第16話 最初の二人
居住エリアのベッドに寝転がって、スマホを弄っていた。
攻略者をどう呼び込むか。これがここ数日の最大の課題だ。森エリアと物資補給エリアは完成した。ユキも森の環境を整え終えて、いつでも攻略者を迎え入れられる状態にある。あとは肝心の「客」だけだ。
直接翠嶺洞で声をかけて回る――というのも考えたが、ダンジョンマスターであることを明かすのはリスクが高すぎる。
何か別の手段はないか。そう思いながら攻略者協会の公式サイトを眺めていたら、ページの端に広告バナーが目に入った。
『攻略者専用SNS ダンジョンボード――攻略者による、攻略者のための情報交換プラットフォーム』
初めて見た。タップしてみると、掲示板とSNSを足して2で割ったような構成のサービスだった。ダンジョンごとのスレッドが立っていて、攻略者たちが情報を書き込んでいる。
利用者数も多いようで、攻略者が日常的に使う情報インフラらしい。
ここに投稿すれば、攻略者に直接リーチできる。翠嶺洞で個別に声をかけるより遥かに効率的だ。元社畜の血が騒ぐ。集客チャネルの確保は事業の基本である。
問題は、何を書くかだ。
30分ほど悩んで、こう書いた。
『【利用者募集】ダンジョン内に森エリアと物資補給エリアを開放しています。安全に訓練可能。現金払い対応。興味のある方はDMください。場所は相談の上お伝えします。』
……投稿ボタンを押した瞬間、まぁ、ダメだろうなーという気持ちが湧き上がってくる。
冷静に読み返すとどこからどう見ても詐欺の文面だ。「安全に訓練可能」が特にまずい。ダンジョンで安全を謳うなんて、振り込め詐欺の「必ず儲かります」と同じ匂いがする。
案の定、反応は早かった。
投稿から10分で3件のコメント。「釣り乙」「マスターが攻略者招くとかあるわけないだろ」「通報した」。30分後にはさらに増えて、「新手の誘い込みPKでしょ」「魔力払い対応って書いてあるけど、魔力吸われて動けなくなるやつでは?」という実に建設的な意見が並んでいた。
唯一の救いは、1件だけ「場所どこ?」というDMが来ていたことだ。
「ご主人様。」
顔を上げると、ユキが食事を運んできてくれていた。
「ああ、ありがとう。――ユキ、ちょっと見てくれないか。」
スマホの画面を見せる。ユキは数秒で内容を把握したようだ。
「……なるほど。反応は厳しいですね。」
「だよな。自分で書いておいてなんだけど、怪しすぎる。」
「ですが、1件問い合わせが来ているようですね。」
「まぁ、それだけが希望だな。」
「1人でも来てくだされば、そこから広がります。実際に体験した方の声は、何よりの宣伝になります。」
それもそうか。口コミは最強のマーケティングツールだ。
DMの相手にダンジョンの場所を伝え、来訪の日取りを決めた。3日後の午前中。相手は2人組のパーティーらしい。
ちなみに、当日俺は居住エリアに姿を隠し、応対はユキに任せることになった。
ダンジョンマスターが攻略者の前にノコノコ出ていくのは、ユキに咎められたし、常識に照らしてもNGだろう。
3日間はあっという間だった。
ユキと二人で森エリアの最終チェックを済ませ、物資補給エリアの棚にはポーション(低)や携帯食料、奮発したところだと一時的なステータス向上をさせる強化薬などを少しだけ並べた。蓄積魔力がゼロだったので、これは俺の貯金から現金で補填した分だ。見栄えのために棚を空にしておくわけにもいかない。初期投資と割り切る。
森エリアに生息している樹木や蔦は既にユキによって魔改造され、自動制御の元攻略者に襲い掛かるらしい。らしい、というのは俺も今回が初見になるからだ。
魔力に余裕が出てきたら、配下のエルフもここの管理に加えたい、という要望もあったが、召喚はランダムなので運次第だな。
ユキには攻略者が来た際の対応方針を伝えておいた。殺さない、ただし実力差は見せつけていい。ユキは「かしこまりました」と頷いただけだったが、その目にかすかな光が宿ったのを俺は見逃さなかった。楽しみにしているのかもしれない。何しろ、俺だったらヒマだろうから。最近は森エリアで割とまったりと過ごしていることも多いようではあるが。
そして当日。
「……本当にあった。」
「ああ、絶対釣りだと思ってた。というか……。」
ダンジョンの入口に現れたのは、20代前半くらいの男2人だった。軽装鎧に剣を佩いた、いかにも駆け出しといった風体。Eランクか、良くてDランクの下位あたりだろう。
そして2人は、ダンジョンの入口内部で佇むユキに気づき、しばし絶句する。
無理もない。ユキのようなぶっ飛んだ美人は人生で一度お目にかかれるかだって分からない。
人間離れしたオーラまで纏っているし、初めて見た人間はこうなって当然だろう。
俺はその様子を居住エリアの椅子に座りながら観察していた。
ダンジョン内部に限り、脳内でモニタのように各エリアの状況が把握できることに、エリア拡張を進める中で気づいたのだ。非常に便利なので今後もフル活用するだろう。
やがて絶句していた攻略者のうち1人が何とか再起動する。
「すみません、ダンジョンボードで見たんですけど……本当に入っていいんですか?」
「いらっしゃいませ、と言うのですよね、こういう時は。どうぞ。」
攻略者の2人は互いに顔を見合わせてから、恐る恐る足を踏み入れた。
その後、2人の攻略者が木々の間を慎重に進んでいく。
ユキは2人を見送った後、森の中へスッと消え入るように気配を絶った。
しばらくは何事もなかった。
2人は剣を抜き、周囲を警戒しながら森の奥へと進んでいる。脳内モニタ越しに見ていても、きょろきょろと忙しなく視線を動かしているのが分かった。足元の腐葉土を踏む音だけが、静かな森に響く。
「……なんか、モンスターいなくね?」
「だよな。本当にダンジョンなのか、ここ。」
その言葉が、まるで合図だったかのように。
2人の横を通り過ぎた木の枝が、ぬるりと曲がった。
「は?」
枝が鞭のようにしなり、片方の攻略者の背中を叩いた。軽装鎧の上からでも響く打撃音。吹き飛ばされこそしなかったものの、たたらを踏んで2歩下がる。
「いってぇ!? 木が――木が動いた!?」
「嘘だろ、そんなモンスターがいるなんて聞いたことねぇぞ!」
2人が剣を構え直した時には、周囲の状況が一変していた。足元の蔦がじわりと蠢き、左右の木々の枝先が不気味にざわめいている。風もないのに葉が擦れ合う音が、四方八方から響いた。
次の瞬間、地面から蔦が3本同時に跳ね上がった。足首を狙ったそれを1人がかろうじて飛び退いて避けるが、もう1人は反応が遅れ、左足に蔦が巻きついた。
「くそっ、離せ!」
剣で蔦を切断する。が、切った端から新しい蔦が土の中からせり出してくる。右から枝が飛んできて、盾代わりに翳した腕に当たった。鈍い衝撃。
なるほど、これがユキの仕込みか。
見ていて感心する。樹木の攻撃は1つ1つの威力は大したことがない。Eランクの攻略者でも致命傷にはならないよう調整されている。だが休む暇を与えない。蔦を切れば枝が来る。枝を防げば足元の根が隆起する。攻撃パターンに一定のランダム性があるから、慣れで対処しきれない。
「こっちだ、背中合わせになれ!」
「分かった!」
2人がとっさに背中合わせの陣形を取った。判断は悪くない。片方が前方の枝を捌いている間に、もう片方が足元の蔦を処理する。しばらくはそれで凌いでいたが、木々の攻撃は徐々にテンポを上げていった。
5分経つ頃には、2人ともかなり息が上がっていた。鎧のあちこちに枝の打撃痕がつき、腕や脚に蔦の擦過傷が増えていく。致命傷はないが、じわじわと削られる消耗戦だ。
「はぁ、はぁ……キリがねぇ! 切っても切っても生えてくる!」
「体力がもたねぇぞこれ……! ていうかモンスターじゃなくて森そのものが敵ってどういうことだよ!」
ごもっともな疑問だ。普通のダンジョンは配置されたモンスターと戦う。森そのものが牙を剥くなんて、まず聞かないだろう。ユキの精霊魔法による自然操作は、攻略者の常識の外にある。
ただ、2人の動きは悪くなかった。最初こそ面食らっていたが、蔦は根元を斬る、枝は横に弾く、足元の根は飛んで躱す、と短時間で対処法を掴みつつある。筋はいい方だと思う。
10分が経過した。
2人の息はさらに荒くなり、剣を振る腕に疲労の色が見えた。それでもまだ立っている。背中合わせの連携も崩れていない。蔦に足を取られて1人が転倒しかけた時、もう1人が即座に蔦を切断してカバーする場面もあった。
「まだ……まだいける……!」
「根性出せ……! 安全だとか言ってたけど、ほんとに殺されちまうかもしれねぇ……!」
攻略者というのは、こういう生き物なのだろう。死にかけても前に進もうとする。翠嶺洞で俺が岩壁の奥に挑み続けたのと、きっと根は同じだ。
15分が過ぎた頃だった。
森の空気が、変わった。
それまで散発的だった木々の攻撃が、ぴたりと止んだ。蔦は地面に沈み、枝は元の位置に戻り、さざめいていた葉が静まり返る。突然の静寂が、却って不気味だった。
「……止まった?」
「罠か? 気を抜くな――」
2人が警戒を強めた、その時。
森の奥――木漏れ日の中に、人影が浮かんだ。
白銀の長髪が淡い光を受けて輝き、深い蒼の瞳がまっすぐに2人を見据えている。
ユキだった。森の木々の間に佇むその姿は、入口で出迎えた時とは別物だ。精霊魔法の残滓が微かな光の粒子となって周囲を漂い、足元の草花がユキを中心にゆるやかに揺れている。
エルフを統べる者としての、本来の姿。
2人の攻略者は、剣を構えたまま動けなくなっていた。
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貯金残高:985,000円 / ダンジョン蓄積魔力:0
スキル:【剣術】Lv.3 / 【身体強化】Lv.2
眷属:ユキ(エルダーエルフ)
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