第15話 森エリア
翠嶺洞の中層に潜り始めて、3週間が経った。
通路の奥から重い足音が4つ。ロックタートルの群れだ。3週間前なら身構えたが、今はもう手順が見えている。
先頭の1体が突進してくる。半歩で軸をずらし、すれ違いざまに甲羅と鱗の継ぎ目に剣を差し込んだ。手応え。一撃で沈む。返す刀で2体目の突進を叩き落とし、体勢が崩れたところに刃を通す。3体目の接近を足音で察知し、振り向きながら横に薙いだ。4体目が距離を取ろうとするが、踏み込んで突く。
4体が地面に転がるまで、30秒もかからなかった。息も上がらない。
剣を振った後の手首に残る微かな痺れだけが、戦闘があったことを教えてくれる。
3週間前は2体を同時に相手取るだけでもたついていた。
転機は2週目の半ばだ。中層の奥、魔力濃度がさらに高いエリアで群れと交戦した際に、【身体強化】がLv.2に上がった。レベルが上がった瞬間、身体の反応が一拍速くなったのがはっきりと分かった。敵の動きを認識してから身体が対応するまでの「間」が縮まり、被弾が目に見えて減った。そこからは加速度的に効率が上がった。
もっとも、スキルが育ったとはいえ本質的には「慣れ」の部分が大きい。3週間ぶっ通しで同じ相手を狩り続ければ、嫌でもパターンは叩き込まれる。
足元に転がった魔石を拾い上げる。中層のものは一層より一回り大きく、買取価格も倍近い。今日の分で、目標額に届くはずだ。
ポーチの中身を確認して、頷く。帰ろう。
翠嶺洞を出て買取所で魔石を換金し、簡単に試算する。
285万円。
3週間前の残高が185万だった。100万の上乗せ。1日あたり平均4万5000円ほどの稼ぎだ。中層に慣れた後半は1日6万近い日もあったから、当初の見込みより少し早く目標を達成できた。
これで蓄積魔力480と合わせて、森エリアと物資補給エリアの同時拡張が可能になる。
帰宅したのは夕方前だった。
「おかえりなさいませ、ご主人様。」
居住エリアでユキが出迎えてくれた。3週間、毎朝欠かさず弁当を持たせてくれた。
「ただいま。――目標額、達成した。」
「おめでとうございます。予定よりもだいぶ早いですねさすがご主人様です。」
「まぁ、同じ相手を3週間も狩ってれば慣れも出てくるしな。身体強化のレベルが上がったのもでかい。」
「ご主人様の成長速度は、目を見張るものがあります。」
褒められると悪い気はしないが、ステータスの大部分はユキの恩恵だ。素直に喜んでいいのか若干複雑ではある。
「さっそくだけど、拡張に取りかかろう。善は急げだ。」
「はい。」
ダンジョンに入り、コアの前に立った。目を閉じ、拡張メニューに意識を向ける。もう慣れた操作だ。
〈森エリア:魔力コスト500〉
〈物資補給エリア:魔力コスト350〉
合計850。蓄積魔力480を全て注ぎ込み、残りの370は現金で補填する。185万円。手元に100万が残る計算だ。
「いくぞ。」
まず、森エリアの作成を念じた。
ダンジョンの一番手前の岩壁がゆっくりとせり出し、広大な空間を形作り始めた。攻略者はこの森エリアから侵入し、ほどよくユキが消耗させたところで物資補給エリアへ入ってくるような作りだ。床面から土が盛り上がり、柔らかな地面が広がる。壁には苔が走り、天井が高く抜けて、淡い光が降り注ぐ空間に変わっていく。
そこに光の渦が生まれた。渦が幹になり、枝になり、葉を茂らせる。1本、2本と次々に樹木が現れて、数分後には見渡す限りの森が目の前に広がっていた。
「……すげぇな。」
地面にはふかふかの腐葉土が敷き詰められ、木々の間を抜ける風に緑の匂いが混じっている。天井があるはずなのに、見上げると木漏れ日のような光が揺れていた。ダンジョンの中とは思えない。
「素敵な場所です、とても。ここなら、十全に力を振るえます。」
ユキが一歩踏み出し、足元の土を踏みしめた。それだけで、足元の草がわずかに揺れた。風でもないのに。自然を媒介とした精霊魔法を得意とするユキにとって、この環境は最高の戦場だろう。森がユキに応えているように見えるのは、たぶん気のせいではない。いつも通りの無表情だが、声には確かな力が籠もっていた。
「頼むぞ。――さて、次だ。」
続けて物資補給エリアの作成を念じる。森エリアの奥に位置する岩壁が後退し、新しい空間が開いた。こちらは整然とした石造りの空間で、壁際に木製の棚がずらりと並び、中央にカウンターが据えられている。天井からは暖色の灯りが落ちて、冒険者ギルドの売店のような雰囲気だ。
良い感じだ。――と言いたいところだが、棚は全て空だった。
「……商品がないですね。」
「だよな。よく考えてなかった。そりゃそうだ。」
ユキの端的な指摘が刺さる。店はできたが売るものがない。
ただ、心当たりはあった。以前、ユキの治療のためにダンジョンの魔力と引き換えでポーションを生成したことがある。あの要領で、棚に並べる商品も蓄積魔力から生成できないだろうか。軌道に乗るまでは現金で補ってもいい。
物資補給エリアの管理に意識を向けてみる。
――あった。
〈商品補充〉の項目が、このエリア専用メニューとして追加されていた。ポーション(低)から各種消耗品まで、品目ごとに必要な蓄積魔力が表示されている。
「蓄積魔力で商品を生成できるみたいだ。ポーション(低)が魔力3、携帯食料が魔力1……。まだまだいろいろあるな。」
品目は豊富で、攻略者が日常的に消費するものは一通り揃いそうだ。ただし高位のポーションや上等な装備素材は必要魔力が跳ね上がるようで、現時点では手が届かない。まずは基本的な品揃えから始めて、魔力に余裕ができたら徐々にラインナップを広げていく形になるだろう。
「つまり、攻略者の滞在で蓄積された魔力が、そのまま商品の仕入れ原資になる、ということですね。」
「そう。攻略者が来て滞在する。滞在で魔力が貯まる。その魔力で商品を補充する。その商品を攻略者が買う。このサイクルが回り出せば、仕入れに現金を使う必要がない。」
言葉にしてみると、なかなか筋の通ったモデルだ。来た客が自動的に商品を生み出してくれる店。現実にこんな店があったら詐欺を疑うところだが、ダンジョンの仕組みがそうなっているのだから仕方がない。
商品の販売価格を現金で受け取れば、それはそのまま俺の生活資金になる。魔力払いにすれば、また次の仕入れ原資になる。どちらに転んでもダンジョン運営にプラスだ。
「ただし、今は蓄積魔力がゼロだ。拡張で全部使い切ったからな。」
「はい。まずは攻略者を受け入れて、魔力を蓄積するところからですね。森エリアでしばらく吐き出してもらいましょう。」
森エリアでユキが攻略者の相手をして滞在してもらう。魔力が貯まったら商品を補充する。物資補給が充実すれば、さらに攻略者が集まりやすくなる。好循環の種は撒いた。あとは芽が出るかどうか。
「それでは、私は森エリアの準備を始めます。攻略者を迎える環境を整えておきますので。」
「ああ、頼んだ。」
ユキが森エリアへ向かう。木々の間に足を踏み入れるその後ろ姿を見送りながら、ふと思った。ユキがいなかったら、この計画は成り立っていない。戦闘要員、家事全般、弁当の用意、そして帰りを迎えてくれる存在。全部、彼女一人が担ってくれている。
感謝は言葉にしておこう。それに今度、何か――いや、何がいいのかさっぱり分からないな。エルダーエルフへの贈り物の相場なんて、検討もつかない。
ともあれ、だ。
こっちは攻略者をどうやって呼び込むか考えないと。蓄積魔力ゼロ、商品棚は空。100万の貯金がある以外は、ほぼ手ぶらのスタートだ。
まぁ、場所はある。戦える環境もある。あとは人を呼ぶだけだ。
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貯金残高:1,000,000円 / ダンジョン蓄積魔力:0
スキル:【剣術】Lv.3 / 【身体強化】Lv.2 ★New!
眷属:ユキ(エルダーエルフ)
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