第11話 スキル
1層のロックリザードを数体倒しながら奥へ進むと、通路の幅が狭まり、緩やかな下り坂に差し掛かった。壁面の苔の光が薄れ、代わりに天井から垂れ下がる鍾乳石の隙間に青白い鉱石が埋まっている。照明としてはやや心許ないが、足元が見えないほどではない。
空気の質が変わったのが分かった。1層の湿った冷気とは違う、もう少し重く、肌を押すような圧力。自分のダンジョンのコアの近くにいるときと似た感覚だが、質が異なる。他人の魔力で満たされた空間に踏み込む違和感。
2層に入った。
「2層からが本番」という攻略サイトの書き込みは、どうやら正確だったらしい。
一層では単独行動が基本だったロックリザードが、2層では3、4体の群れで通路を徘徊していた。通路の幅に対して数が多い。囲まれたら面倒だな、というのが最初の印象だった。
最初の群れ――3体のロックリザードが、俺を認識して一斉にこちらへ向かってくる。
剣を抜き、正面の1体に向かって踏み込んだ。1層と同じ要領で叩きつける。硬い鱗を断つ手応え。1体目が沈む。が、振り抜いた体勢が崩れたまま、左から2体目が突っ込んできた。
「っ――」
咄嗟に後ろに跳んで距離を取る。身体能力のおかげで間に合ったが、今のは完全に無防備だった。
2体目が再度距離を詰めてくる。その背後から3体目も回り込もうとしていた。挟まれる前に、先に近い方を叩く。力任せの横薙ぎが2体目の側面を捉え、岩壁に叩きつけた。3体目は――振り向きざまに剣を突き出すと、勢いのまま突っ込んできた蜥蜴の頭部に刃が刺さった。
3体。倒すだけなら、倒せる。
だが、動きが雑すぎる。1体ごとに体勢が崩れて、次の対処が後手に回る。力があるから結果的に間に合っているだけで、もう少し数が増えたら何発かはもらってしまうだろう。
息を整えながら、足元に転がった3つの魔石を拾い集めた。掌の中の小さな結晶が、薄青い光を湛えている。1層のものよりわずかに大きい。
それから数時間、俺は2層を歩き回ってロックリザードの群れを狩り続けた。
理由は単純だ。1層に戻るのは物足りないし、3層に進むのは時期尚早だと感じたからだ。2層の群れは、今の俺にとってちょうどいい「実戦の教材」だった。1体1体は一撃で倒せるが、複数を相手にすると途端に粗が出る。その粗を潰していく作業は、デスクワークで数字を修正し続ける感覚に少し似ていた。地味だが、やればやるだけ結果が見える。
五度目の戦闘あたりから、少しずつ変化を感じ始めた。
1体目を斬った後、自然と半歩引いて次の攻撃に備えた。意識したわけではない。身体が覚え始めたのだ。振り抜いた剣をどの位置に戻せば次の1撃に繋げられるか。足の置き方、体重の移し方。身体が答えに近づいていくような感覚。
七度目の戦闘では、4体の群れを相手に一度も体勢を崩さなかった。斬る、引く、踏み込む、薙ぐ。流れるとは言い難いが、少なくとも動きが繋がっていた。
そして、八度目。
5体の群れが通路の奥からこちらに向かってくるのが見えた。今日一番の数だ。剣の柄を握り直し、息を吐く。
先頭の1体が飛びかかってくる。俺は半身になってその突進を避けながら、すれ違いざまに首筋を斬った。返す刀で2体目の突進を上から叩き落とす。
3体目が左から来る。身体が反応するより先に、頭の中に「こう動け」というイメージが流れ込んできた。
左足を軸に回転し、水平に薙ぐ。自分の動きではないような、しかし自分の身体に馴染んだ一閃。刃が3体目を両断し、その勢いのまま4体目の突進を剣の腹で弾く。5体目――最後の一体が飛びかかってきたところに、踏み込みながら斬り上げた。
静寂が戻る。5体のロックリザードが、すべて地面に転がっていた。
身体の動きに無駄がなかった。さっきまでとは明らかに違う。
頭の中に、淡い光とともに文字列が浮かび上がった。
――スキル【剣術】Lv.1を習得しました。
「……マジか。」
思わず声が出た。
スキル覚醒。攻略者にとっての最初の壁であり、同時に最初の到達点。ダンジョン内の高濃度魔力環境で戦闘を重ねることで、潜在的な魔力回路が起動する――知識としては知っていたが、こんなにあっさり来るとは思わなかった。
いや、あっさりではないか。数時間ぶっ通しで蜥蜴を斬り続けた結果だ。あっさり感じるのはステータスのおかげで疲労が軽いだけで、普通の新人攻略者なら体力が持たないような修練量だったのかもしれない。
試しに剣を構えてみる。
さっきまでと同じ動作のはずなのに、手の中の剣の重心がなんとなく分かる。足の幅、膝の角度、剣先の位置。「こう構えるのが正しい」という感覚が、知識ではなく身体の内側から湧いてくる。これがスキルか。レベル1でこれなら、上位の剣術スキル持ちがどれだけ化け物じみた動きをするのか、想像するだけで恐ろしい。
「……よし。今日はここまでにしよう。」
ポーチの中の魔石を確認する。小さな結晶がリュックの半分ほど。初日の成果としては悪くない。何より、スキルを一つ手に入れた。大きな収穫だ。
2層の出口に向かいながら、自然と口元が緩んでいるのに気づいた。
翠嶺洞を出て、最寄りの買取所で魔石を換金した。全部で7万円ほど。一個あたり約2千円の計算だ。装備の初期投資7万円を考えると、普通の攻略者の稼ぎは、初心者のうちは結構厳しいんじゃなかろうか。
帰宅したのは夕方過ぎだった。
「おかえりなさいませ、ご主人様。」
玄関を開けると、ユキが出迎えてくれた。その表情は相変わらず読み取りづらいが、わずかに目を細めたのは――安堵、だろうか。
「ただいま。早速報告なんだけど。」
「はい。」
リビングに腰を落ち着けて、今日の成果を伝えた。2層でロックリザードの群れを狩り続けたこと、八回目の戦闘でスキル【剣術】が覚醒したこと。
「スキルの覚醒、ですか。おめでとうございます。」
「剣術Lv.1……まだまだ駆け出しだけどな。」
「それでも、価値あるものだと思います。」
ステータスは天賦の恩恵だし、ズルしている感はあるけど、まあ、貰えるものは貰っておく精神である。
「さて、もう一つ相談がある。ダンジョンの拡張を進めたい。今のうちの規模だと、コア周辺の小さな空間と居住エリアがひとつあるだけだろ。少しずつ手を入れていきたいんだよなあ。」
「なるほど。具体的には、どのような拡張をお考えですか?」
「まずは訓練ができるエリアが欲しい。」
ユキが小さく頷いた。
「訓練エリアはご主人様の鍛錬に活用できますね。上手く活用できるようなら、他の攻略者に開放することも可能かと。」
「だよな。あとはまぁ、資金と魔力の問題だけど……」
ダンジョンに徐々に蓄積されていく魔力と、翠嶺洞で稼いだ資金の一部はダンジョンの拡張に回せる。当面の生活費を確保した上で、残りを運営資金に充てればいい。一気に大規模な拡張は無理だが、一部屋ずつ増やしていくなら現実的だ。
「焦る必要はありません。」
ユキがそう言って、わずかに首を傾けた。
「少しずつ、良い場所にしていきましょう。」
その言い方が妙に穏やかで、少し面食らった。
「ああ。少しずつな。」
ダンジョンコアに意識を繋ぎ、拡張のイメージを送り込む。まずは、素振りくらいはできる程度の訓練スペース。今の魔力で賄える、ささやかな拡張。
コアが応答し、ダンジョンの一角がゆっくりと変容していく感覚が伝わってくる。岩肌が後退し、空間が広がり、床面が均される。数分後、新しい部屋がダンジョンの中に生まれていた。
まだ何もない、ただの空間だ。だが、昨日まではコアの周りに申し訳程度のスペースがあるだけだったことを思えば、大きな一歩だ。
「設備は……追い追い揃えるか。」
「はい。まずは最低限のものを。」
ユキが新しい部屋を見渡している。無表情のまま、しかしその足取りはどことなく軽い。気のせいかもしれないが、そう思いたくなるくらいには、今日はいい一日だった。
スキルをひとつ手に入れ、ダンジョンが少し広くなった。小さな進歩だ。
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貯金残高:430,000円 / ダンジョン蓄積魔力:0
スキル:【剣術】Lv.1 ★New!
眷属:ユキ(エルダーエルフ)
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