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最強の眷属たちに囲まれて、まったりダンジョン運営してます~裏山ダンジョン、ときどき攻略者~  作者: Jasmin


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第10話 初陣

攻略者登録を済ませた翌日。


俺は朝から準備に精を出していた。昨日のうちにネットで最低限の情報は調べてある。ダンジョンの場所、推奨装備、注意事項。攻略者人口が多いだけあって、情報インフラはかなり整っていた。


現存するダンジョンは、どれも攻略者を退け続けている強力なものばかりだ。弱いダンジョンはとっくにコアを破壊されて消滅している。だから「初心者向けダンジョン」なんてものは厳密には存在しない。あるのは、浅い階層のモンスターが比較的弱く、新人の修練に適しているとされるダンジョンだけだ。それでも毎年怪我人は絶えないし、死亡事故も年に数件は報告されている。浅い階層だからといって舐めていい場所ではない、というのがどのサイトにも共通する注意書きだった。


俺の場合、ユキのステータスを引き継いだおかげで、ステータスだけならかなり高い。身体能力は一般的な攻略者の水準をとっくに超えている。だが、それは「足が速くて力が強い素人」でしかない。スキルがない、実戦経験もない、構えも知らない。ステータスの暴力でどこまで通用するか、正直やってみないと分からない。


装備の調達は今日済ませて、明日、ダンジョンに向かう。


近場の攻略者向けショップ「アームズ・ベース」に足を運び、初心者セットを購入した。軽量の片手剣、革製の軽鎧、回復ポーション三本、解毒薬一本。合計で七万円。給料のない今の俺には痛い出費だったが、命には代えられない。

会計の時、店員――首元に古い傷跡がある三十代くらいの男性――がひとつだけアドバイスをくれた。


「最初のダンジョンでは、絶対に欲を出すなよ。一層、二層で引き返す勇気が、長く生きるコツだ。」


たぶん、このアドバイスを無視して深層に突っ込んでいった新人を何人も見てきたのだろう。


装備一式を背負ってその日はダンジョンに戻ってきた。


「おかえりなさいませ、ご主人様。」


「ただいま。準備バッチリだ。」


「はい。」


ユキはそれだけ言って、静かにこちらを見ていた。何か言いたげにも見えるが、表情からは読み取れない。いつも通りといえばいつも通りなのだが、わずかに視線が俺の装備に留まった気がした。


「心配しなくても大丈夫。無理はしないよ。」


明日の目的地は、バスで近場の街まで出て、そこから電車で30分ほどの場所にあるダンジョン「翠嶺洞」。

岩場と苔の洞窟環境が特徴で、浅い階層に出現するのは爬虫類系の小型モンスターが中心。攻略者の間では「最初に潜るならここ」と言われている定番のダンジョンだ。とはいえ、あくまで浅い階層の話であって、深層には当然このダンジョンのマスターが構えている。二層以降はモンスターの行動が攻撃的になり、群れで動く個体も出始める。ネットの攻略記事には「二層からが本番」「油断してると普通に囲まれる」という書き込みが並んでいた。


翌朝。バスと電車を乗り継ぎ、翠嶺洞の最寄り駅に降り立った。

駅前には攻略者向けの案内所と簡易休憩所が並んでおり、朝の時間帯にもかかわらず人の出入りがある。軽鎧姿の若い男女のグループや、使い込まれた装備を纏ったベテランらしき攻略者。定番のダンジョンだけあって、年齢層も装備のグレードも幅広い。


翠嶺洞の入口は駅から徒歩十五分ほどの山腹にある。案内に従って緩やかな山道を登っていくと、岩肌に穿たれた大きな洞穴が見えてきた。入口の感じはうちと似ているな。


洞穴の中に足を踏み入れる。

外の光が背中側に遠ざかるにつれ、空気が変わった。湿り気を含んだ冷たい空気。岩壁には苔が張り付き、どこからか水の滴る音が反響している。

そして、肌で感じる魔力の密度。自分のダンジョンとは明らかに異なる質と量の魔力が空気に溶け込んでいる。年月をかけて蓄積された、古いダンジョン特有の重さ。ここにはこのダンジョンのマスターがいて、この空間はその人物の領域なのだと、肌で実感した。

マスターの立場で他人のダンジョンに入るのは、なかなか妙な気分だ。


一層の通路はそれなりに広く、大人が三人横に並んでも余裕がある。先行する攻略者の姿もちらほら見えた。壁面の苔が発する薄緑の光が足元を照らし、視界は悪くない。途中で三人組のパーティーとすれ違った。こちらの装備を一瞥するが、特に興味もないのかそのまますれ違う。トラブルも御免だし、こちらとしても都合がいい。

歩き始めて十分ほど。通路の分岐点を過ぎたあたりで、最初のモンスターに遭遇した。


体長六十センチほどの蜥蜴型のモンスター。灰褐色の鱗に覆われた身体、地面に這いつくような低い姿勢。攻略サイトで見た「ロックリザード」だ。一層で最も一般的な敵で、個体としての脅威度は低い。低いが、初めて生きたモンスターを目の前にすると、画面越しの知識と実感の間にある溝を思い知らされる。

剣の柄に手をかけた。心臓がうるさい。緊張している。当たり前だ、こんなに大きな生き物を殺したことなんかない。

湿った岩の匂いに混じって、獣とも爬虫類ともつかない独特の生臭さが鼻をつく。こいつは生きている。データじゃない。


ロックリザードがこちらを認識した。爬虫類特有の、感情の読めない瞳がじっと俺を捉えている。舌がちろりと覗き、空気を舐めるような動き。

一瞬の静止。そして、地面を蹴って突進してきた。

身体が勝手に反応した。剣を抜き、軸足で踏み込んで叩きつける。頭で考えるより先に、腕が動いていた。

振り下ろした刃が、ロックリザードの頭部を捉える。硬い鱗を断つ鈍い手応えが柄を通じて掌に伝わった。ぶつかった瞬間、乾いた金属音が洞穴の壁に反響して耳の奥で残響する。小さな身体が地面に叩きつけられ、それきり動かなくなった。


……え?

思わず周囲を見回した。静寂。水滴が落ちる音だけが、やけに大きく聞こえる。

一撃。たった一撃で終わった。

構えも技術もない、ほとんど反射だけの一振り。それでも、この身体の膂力は、一層のモンスターを一方的に沈めてしまった。ネットの攻略記事では「初心者は三、四回の攻防を覚悟しろ」と書いてあったのに。

拍子抜けした。同時に、張り詰めていた緊張がどっと抜けていく。


動かなくなったロックリザードの傍らに、小さな結晶体が転がり出た。魔石だ。親指の爪ほどの大きさで、薄く緑がかった透明な石。こんな小さなものが現代社会のインフラを支えているのだと思うと、不思議な気持ちになる。

魔石を拾い上げてポーチに収め、ゆっくりと息を吐いた。掌がじんわりと汗ばんでいる。さっきの一撃の振動がまだ腕に残っていて、指先が微かに痺れていた。

初めての実戦。結果だけ見れば圧勝である。だが正直なところ、勝ったというより「終わっていた」という感覚に近い。技術でも判断でもなく、純粋なステータス差で押し潰しただけ。剣の振り方ひとつ知らない素人が、振り回しただけで勝ててしまう。ステータスの異常さを、改めて思い知らされた。

それでも――生きている。怪我もない。それが全てだ。


深呼吸をひとつ。湿った空気が肺を満たし、わずかに苔の青臭さが混じる。戦闘前とまったく変わらないダンジョンの空気が、やけに穏やかに感じた。

剣を鞘に戻し、俺は洞穴の奥へ続く通路に目を向けた。時間には余裕がある。もう少しだけ、奥に進んでみよう。


――――

貯金残高:360,000円 / ダンジョン蓄積魔力:30

スキル:なし

眷属:ユキ(エルダーエルフ)

――――


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