98 警鐘
二学期からの演習の授業は、座学と違ってこれまでと少し様子が変わっていた。
実戦に半ば強制的に投入されてきた一学期のような混乱はない。
ただ、星蝕が一時的に収まったあともこれまでの事態を王立軍は深刻視していた。
より実戦的な軍事訓練を強化するために、学院の演習地も使用したいと要請があったらしい。
その影響で、演習地に軍が出入りするようになり、校内でも揃った軍服の列が無言で移動していくのを見かけるようになった。
軍事訓練と日程が重なる日の演習は、そのまま内容が切り替わる。
前線は王立軍が担い、学院生は後方支援へ回る。
結界の維持、搬送経路の確保、簡易処置。
実戦を想定した補助任務が、そのまま授業として組み込まれていた。
その日のリネアたち学院生は指定された位置で、何組かに分かれて待機していた。
前方では、軍の隊列が無駄のない動きで展開していく。短い号令とともに配置が変わり、次の動きへ移る。
随行派遣のときとは違い、狭い演習地での訓練のせいか、前線の動きはここからでもよく見えた。
それでも後方にはどこかのんびりとした空気が漂っている。
「……ほんとに後ろなんだな」
「今日は、そういう日」
ガイがつまらなさそうにぼやくのを、エマは呆れた顔で嗜める。
「前は全部あっち。私たちは支援」
あっさりとした線引きに、ガイは少しだけ顔をしかめる。
「戦えないのは、やっぱつまんねえな」
「無理に混ざっても邪魔になるでしょ。それより見ておきなよ。あの動き」
視線の先で連携が一瞬で組み替わる。
兵士の無駄のない動きに、ガイは言い返さずに口を閉じた。
「まあ、勉強にはなるか!」
「でしょ」
すぐ側で二人のやり取りを聞いていたリネアは、素直なガイの変わり身に、思わずくすりと口元を緩めた。
「今の軍の人たちの連携、すごく早かったね」
戦術書にと記載されているような基本陣形だった。
それでも生徒たちとがやるのとは、精度や速度がまったく違う。
同じように見ていたクロウも頷く。
「ああいうのは体が覚えるレベルまで、繰り返しやっているはずだからな」
「すごいね。クロウやレオニスも軍に入ったら、ああなる?」
「だったらいいんだが、実働部隊と同じ訓練は少ないかもな」
「そっか、士官は――」
言いかけたそのとき、前線で一瞬だけ動きが乱れた。
人工魔物に対して対応が遅れたらしい。
押し切るように処理はされたが、その直後、数名の兵士が後方へ下がってくる。
「後方、対応!」
短く告げられると、回復の恩寵を持つ生徒たちが表情を引き締めて前へ出た。
リネアの前にも浅い裂傷のある腕が差し出された。
血は滲んでいるが、致命的なものではない。
「大丈夫です、すぐに」
そう言って手を取ると集中する。
触れた瞬間、光がにじむと、傷はすぐに塞がった。
ほんの数秒のことだった。
「助かる」
兵士は短く礼を言い、すぐに前線へ戻っていった。
その背を見送りながら、リネアは一度だけ息を整える。
(……大丈夫)
浅い傷だった。
魔力の流れも丁寧に扱ったから、負荷は大きくないはずだ。
そう考えながら、次の動きへと意識を戻す。
けれど少し遅れてから、いつものように胸の奥に小さな熱と痛みが走った。
呼吸が、ほんのわずかに浅くなる。
やり過ごせる程度のものだと判断して、そのまま持ち場に戻る。
今日はいつもの演習と違う配置で、周りにも人が多かった。
対価の還りは表に出さないように、特に気をつけなければいけない。
次の指示に合わせて位置を調整しようとした、そのとき。
また対価の痛みが差し込んで、足元の感覚がわずかにずれた。
(――っ)
踏み込みがほんの少しだけ甘くなって、リネアの足がもつれる。
体勢が崩れた瞬間、強い力で体が浮いた。
「危ない」
クロウに背中側から、リネアの肩を支えながら腰に腕を回した。
崩れかけた体を、支えるように引き寄せられている。
近すぎる距離でクロウの金の瞳が、こちらを見ていた。
「あ、ありがとう」
体勢はもう戻っている。
それなのに、クロウはすぐには離さなかった。
「あの、クロウ?もう大丈夫だから」
ただ、支えるだけにしては長い時間。
周りのクラスメイト達にも見られていなか心配になる。
「……足元、気をつけろ」
「うん……」
我に返ったようにゆっくりと、クロウの手が離れた。
早すぎる鼓動の音が伝わらないようにと、リネアは慌てて体を離した。
収まらない心音を抑え込むように、リネアは何事もなかったふりをして歩き出す。
クロウはその背を見ながら、眉を寄せた。
さっき兵士に恩寵を使った後の様子や抱き止めたときにも、わずかな違和感があった。
体制を崩す直前に少し歪めた顔と、呼吸の乱れ。
それがなぜか見過ごしてはいけない類のものだと、直感的に思えた。
確かめるように、クロウはすぐにリネアの隣へと並び直して歩き出した。




