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リネアの選択  作者: とたか


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92 束の間

 慌ただしかった一学期が終わる。

 ようやく訪れる短期休暇に、学院はどこか解放感を含んだ笑い声が満ちている。


 中庭の木陰の下。

 久しぶりに、リネアはセラフィナやレオニスも交えて四人で昼食をとっていた。

 大きな出来事が続いた一学期だった。

 こうして何気ない時間を過ごせるだけで、ほっとする。


「セラフィナたちは、休暇はどうするの?」


 リネアが尋ねると、レオニスがわずかに眉を寄せた。


「休暇と言っても、家の仕事だな。

 王都と地方を行き来することになる」

「うちも似たようなものだ」


 クロウも同じように頷く。


 少なくとも学院生が借り出される状況ではなくなっていた。

 けれど、星蝕の観測が完全になくなったわけではない。


 軍の要職を担う家門の嫡子。

 今の状況では、学院にいる時よりも求められることは多いのかもしれない。


「私も今回はやることいっぱいで……。学院にいる方が楽かも」


 少しだけ拗ねたような声で、セラフィナも肩を落としていた。


「リネアは?やっぱり学院に残るの?」

「うん」


 頷いてから、少しだけ付け加える。


「でも、兄が戻って来てるみたいで。王都に会いに行く予定なの」

「ローウェン様が?楽しみだね」


 セラフィナがぱっと表情を明るくした。

 リネアは少し困ったように笑う。


 ローウェンから届いた手紙を思い出す。

 セイルから話を聞いたらしく、封筒は驚くほど分厚かった。

 随行派遣で、心配をかけたようだ。


 体調はどうか。

 無理はしていないか。

 ちゃんと食べているか。

 心配ばかりが並んでいた。


「会ったら、安心すると思う」


 そう言うと、三人とも穏やかに頷いた。





 昼食を終え、全員が立ち上がった拍子に、リネアの髪に木漏れ日が落ちた。

 風に揺れた淡い色が一瞬だけ光を含み、クロウはそのまま視線を外せなかった。


 ただ笑って、セラフィナの言葉に頷いているだけなのに、少し目を離した隙にどこか遠くへ行ってしまいそうな気がする。


 ここしばらく、そんな感覚が消えない。


 派遣先でも、学院でも、すぐ近くにいるはずなのに、時折リネアの意識だけが別の場所へ向いているように見えることがあった。

 理由は分からない。分からないから、見失いたくないという焦りがある。


「リネア」


 先を歩くレオニスとセラフィナには聞こえないくらいの声量。


 返事の代わりに見上げてくるリネアに、わずかに言葉を探してから続けた。


「休暇で王都にいる間」

「うん」

「……少し、会えないか」


 リネアの目が瞬いた。


「でも、忙しいんじゃ?」

「時間は作る」


 クロウはさっき家の仕事があると言っていたばかりだ。

 それでも、迷いのない返答だった。


 ――どうして?二人で?


 そんな疑問が分かりやすく表情に出ている。

 少し視線を彷徨わせてから断る理由も見つからず、リネアは少し戸惑いながら頷いた。


「……分かった」


 クロウは小さく、ほんの少しだけ安堵したように笑う。


「日程は調整して連絡する」

「うん」


 約束は、それだけで交わされた。

 それきり、クロウは前を向いて歩き出した。

 横顔はいつもと同じなのに、どこか決意のようなものが滲んでいる気がした。


 リネアはその背中を見ながら、胸の奥が静かに波立つのを感じていた。





 研究室の中は、いつもより少しだけ雑然としていた。


 机の上には魔力回路の図式と書き込みが広がり、その横には革の鞄やまとめられた荷物が置かれている。

 出発の準備は、ほとんど終わっているようだった。


「ごめんね。邪魔だった?」


 リネアがそう言うと、セイルは顔を上げて小さく首を振った。


「ううん。ちょうど休憩しようと思っていたところだから」


 いつも通りの穏やかな声音。

 リネアはほっとして、机の向かいに腰を下ろす。


「もう出る準備、できてるんだね」

「ほとんどね。明日の朝には発つ予定」


 セイルは資料を軽く整えながら続けた。


「少し遠方になるけど、この分野に詳しい研究者がいてね。今のうちに意見を聞いておきたくて」


 机の端に置かれている図式に、リネアの視線が向く。


 複雑に重なり合う回路図。

 そこにはいくつもの注釈が加えられていた。


「研究、進んでる?」

「……どうだろう」


 セイルは少し考えてから答える。


「今は一年生に協力してもらって、恩寵ごとの魔力の流れを比較してるんだ」

「一年生に?」

「うん。恩寵別の回路の癖は、まだ体系されきっていないからね」


 一学期の混乱の最中でもセイルの研究は着実に進んでいたらしい。

 さらに続ける。


「観測の恩寵を持つ本科生にも、補助で入ってもらってる。回路に魔力を通している状態を観測できると、よりデータが取れるから」


 リネアは小さく息をついた。


「大掛かりだね」

「少しね」


 セイルは少し心配そうな視線をリネアに向けた。


「しばらく、学院を空けることになると思う」


 その言葉に、リネアは一瞬だけ間を置いてから頷く。


「星蝕も収まってきてるから大丈夫だよ。セイルも、気をつけてね」

「ありがとう」


 セイルはポットに湯を注ぐと、紅茶の柔らかい香りが室内に広がった。


「二学期の半ばに、星約の再編があるね」


 何気ない確認のような声。

 リネアの指先が、ほんのわずかに止まる。


「……そうだね」

「リネアは、たぶん」


 一度、言葉を区切る。

 続けるかどうかを測るような、短い沈黙。


「……変えるつもりは、ないんだろうけど」


 穏やかなままの声音。

 最初から答えを知っているような言い方だった。

 リネアは小さく息を吸う。


「今は、考えてない」

「やっぱり」


 セイルはどこか諦めたように笑う。

 リネアは大星蝕までは、クロウの星約でいたい。

 それは本心だった。


「でも……」

「でも?」


 クロウや、ノクエル家がどうかは分からない。


 今日交わした約束の意味。

 ――あれが、何の話なのか。

 小さな不安が、まだ胸の奥に残っている。


「なんでもない」

「そう」


 セイルはそれ以上何も聞かなかった。

 カップを差し出す指先はいつも通り丁寧で、余計な力は入っていない。


「せっかくの休暇だし、王都を楽しんできて。ローウェンにもよろしく」

「うん」


 リネアは少しだけ笑う。

 しばらく他愛のない話をしてから、リネアは席を立った。


「じゃあ、行ってらっしゃい」

「うん。行ってくる」


 扉の前で振り返ると、セイルは変わらない優しい表情で頷いた。


 静かになった研究室で、一人、セイルは目を伏せた。


 クロウ・ノクエルは、選び直さない。

 少なくとも、自分からは。


 リネアは不安そうだったけれど、セイルには、そうなるだろうという予感がある。

 まとめられた荷物の横で、小さく息を吐いた。

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