表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リネアの選択  作者: とたか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/96

66 プロムナード 5

 歓談の時間は、緩やかに続く。

 生徒たちは思い思いに歩き、笑い、言葉を交わす。

 リネアとセイルもいったん別れて、お互いに同級生の輪へと一時戻っていた。


「ちょっとこっち来て」


 その合間にセラフィナに腕を引かれて化粧室に行く。

 鏡の前に立たされ、素早く髪を整えられる。

 崩れかけた後れ毛を直し、頬にほんのりと色を足す。


「完璧」

「そんなに崩れてた?」

「崩れてない。念のため」


「……セラフィナ。プロムのこと、いろいろありがとう」

「楽しめてる?」

「うん!」


 セラフィナは今日のリネアは最高よ、と嬉しそうに頷いた。

 会場に戻ると、レオニスが遠くから視線だけで「まだ踊るぞ」と合図を送る。


「私たちはもうひと踊りしてくるわ」


 赤薔薇色が軽やかに翻る。

 花は、まだ咲き足りないらしい。


 リネアは少し壁際へと移動して、会場に視線を巡らる。


 イリスの前からは男性が途切れない。

 エドガルが必死に牽制するも、外賓の令息に手を取られている。


 ガイはすでに、ダンスには飽きてテーブルの前で真剣な顔をしていた。

 あれがうまい、これがうまいと、完全に戦場を間違えた様子で食事に挑んでいる。


 エマはというと、上級生に声をかけられて静かに談笑している。

 濃紺のドレスが、静かな存在感を放つ。


 それぞれ楽しむ様子をリネアが眺めていると、横からグラスが差し出される。


「飲むか」


 クロウだった。


「ありがとう」


 薄く光を帯びた飲み物。

 受け取ると指先が触れる。


「もう、踊らないのか」

「ワルツは苦手だから。最後だけ」

「そうか」


 ラストダンスの相手は聞かなくても分かってる。

 クロウの胸の奥が、また小さく軋む。


 ――今日は仕方ない。


 自分は遅かった。

 動かなかったのだから、当然だ。


「……ミカ、結局来なかったね」

「逃げられた」


 レオニスが連れ出そうとしたが、いつの間にか寮から消えていた。

 きっと今頃は部屋に戻ってくつろいでいるだろう。


 そのとき。


「……あ、フォレスト嬢」


 少しだけ躊躇いがちな声。

 振り向くと、ヴィル・ハートウェルが立っていた。


 今夜はきちんと正装している。

 ここにいるということは、パートナーは無事に見つかったようだ。

 髪も服も整えているのに、どこか落ち着かない様子で指先をいじっている。


「こんばんは」

「うん、こんばんは」


 視線がリネアに向き、目が合うとすぐに顔を赤らめて逸らした。


「その……さっき、君が踊ってるのを見て。すごかった。いや、うん、ほんとに」


 早口で捲し立てるのに、語彙が足りていない。

 リネアは思わず笑う。


「ありがとう」

「……見違えた」


 正直な声だった。


 そのまま何か続けようとして、横に立つクロウに気づく。

 一瞬だけ、息を呑む。


「あ、僕のパートナーは今、あっちで踊ってる」


 少し離れたフロアを顎で示して、苦々しく笑う。


「社交、向いてないんだよなあ」


 自虐の調子で言ってから、また視線をリネアに戻す。


「でも、フォレスト家とは領地も近いしさ」


 ほんの少しだけ勇気を出す。


「今度の夜会では、ちゃんと挨拶させてくれない?

その……よかったらダンス、も……」


 ヴィルは途中でぎくりとして、言葉を止めた。

 リネアの隣からクロウの視線が、静かに刺さっている。


「あー……」


 笑ってごまかす。


「じゃ、じゃあ。また」


 逃げるように、長居はしない。

 それでも、きちんと一礼して去っていった。

 挙動不審な様子に、リネアは首をかしげる。


「どうしたのかな」

「さあ」


 クロウの返事は短い。

 けれどその視線は、まだヴィルの背を追っていた。


 楽団の音が変わる。

 低く、深く、旋律が揺らぎ始める。


 最後のダンスだ。

 会場の空気が、また一段静まる。


「行ってくるね」


 リネアが微笑む。

 こちらへ歩いてくるセイルの姿が見える。

 クロウは頷いた。


 視線の先で、セイルとリネアの手がまた重なる。

 今日、自分は一度もあの手を取れなかった。


 ――完敗した。


 自嘲が胸の内に滲む。





 楽団の音が、ゆっくりと深みを増していく。


 軽やかな曲調は消え、低弦が静かに空気を震わせる。

 柔らかく、けれど甘い旋律。


 ラストワルツ。


 中央へと、自然に人の流れが戻っていく。

 セイルが礼をとる。


「思えば、ちゃんとワルツを踊るのは初めてだね」

「……ちょっと緊張してる」


 リネアの素直な告白に、セイルが小さく笑う。


「楽しもう」


 手を取る。


 今夜、何度も触れたはずなのに。

 最後だと思うと、指先の温度がやけに強く感じられた。


 ゆるやかに回転が始まる。

 今までの曲よりも、距離は近い。

 セイルの手が、リネアの背へと回る。


 開いた背中に、直接触れる掌。

 緊張と恥ずかしさでリネアの体が少し強張る。


 それでもセイルの動きは乱れない。

 指先に無理な力はなく、ただ確かにそこにあって支えるだけ。


「リネア」


 鼻先が触れそうなくらい、顔が近かった。


「周り、見なくていい」


 さっきから、視線を泳がせていたのを見抜いていたのだろう。


 回転。

 ふわりと持ち上がるようなステップ。

 視界が揺れ、会場の灯りが流れる。


「集中して」


 囁くような声。


 リネアは思わず視線を上げる。

 若葉色の瞳が、真っ直ぐに自分を映している。


 セイルがわずかに強く引き寄せる。

 体と体の間に、ほとんど隙間がない。

 背中に回された手の熱が、じわりと広がった。


「大丈夫」


 くすりと笑う。


「ちゃんと綺麗に踊れてる」


 そう言って、さらに一段大きく回す。

 音楽が盛り上がる。


 水色のドレスが弧を描く。

 裾が雨粒のように広がり、また閉じる。


 優しくて迷いのないリード。

 視線が絡み、動きが重なる。

 リネアの心臓は、音楽よりも早い。


「ありがとう」


 回転の合間。

 耳元で、セイルが低く囁いた。


「今日、僕をパートナーにしてくれて」


 セイルがあまりにも幸せそうに微笑むから、リネアははっと息を呑んだ。すぐに、胸の奥には優しい気持ちが広がる。


「こちらこそ」


 最後の旋律。

 ゆっくりと、深く沈む和音。


「すごく、楽しかった」


 兄のようで、幼馴染でもある存在。

 長期休暇が終われば、リネアは二年生になる。

 セイルとは同じ学院にいても、目指す場所は違うのかもしれない。


 でも、今は。

 この時間は確かに積み重なっている。


 旋律がゆるやかに終わりへ向かう。

 最後のターンを終えると、会場に大きな拍手が広がった。


 光の中で学院のプロムは、静かに幕を降ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ