表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リネアの選択  作者: とたか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/96

64 プロムナード 3

 開幕のダンスが終わり、ゆるやかな拍手が波のように広がっていく。

 天井の高いホールに、その余韻がやわらかく反響した。


 楽団は間を置かず、次の曲の準備に入る。

 上級生たちは慣れた足取りで位置を入れ替え、自然と中央が開けていく。


 二曲目からは一年生も参加できる。

 ざわめきが少しずつ熱を帯び、

 期待と緊張が入り混じった空気が、ゆっくりと場を満たしていった。


 会場の中央へと、人の流れが生まれる。

 色とりどりのドレスが灯りを受けて揺れ、軽やかな笑い声と、靴音が重なり合う。


 けれど、壁際で三人は動かなかった。


 レオニス。

 セラフィナ。

 そして、クロウ。


「……行かないのか?」


 クロウが低く問う。


 視線はダンスフロアに向けたまま、

 声だけが二人へと投げられる。


 レオニスは肩をすくめた。


「お前が行かないのにか?」

「今はそれどころじゃないんでしょ」


 セラフィナが横目でクロウを見る。

 軽く、けれど確信を含んだ視線だった。


 図星だと分かっていても、クロウは何も返さない。

 セイルとリネアは、そのまま踊り続けている。


 ポロネーズから流れるように移った次の曲。

 先ほどよりも距離が近く、回転も増える。


 水色の裾が、灯りを受けてやわらかく弧を描く。

 その軌跡が、まるで音楽そのもののように見えた。


 開場のときに目を奪われたのとは、少し違う。

 立っているだけでも十分すぎるほど目を引いたのに、動けばなおさらだった。

 クロウの視線が吸い寄せられる。

 どれだけ人がいても、結局ただ一人だけを探してしまう。


 楽しそうだった。

 リネアは笑っている。

 無理のない、心からの笑顔で。

 元々、ダンスは得意ではなかったはずだ。

 練習で苦戦している様子を、クロウも何度か見ていた。

 あのときよりも、明らかに上手くなっている。

 それが自分以外の誰かと、繰り返し踊った結果だと知っている。

 そのことも、ずっと妙に引っかかっていた。


 セイルの手は迷いがなく、リネアもまた、自然に身を預けている。

 その一連の動きが、あまりにも滑らかで、余計なことを考える隙を与えないほど完成されていた。


 くるり、と回る。

 その拍子に、リネアの視線が壁際へ向く。

 そして、その目が三人を見つける。


 ぱっと、笑った。


 ほんの一瞬。

 けれど確かに、自分たちに向けられた笑顔。


 セラフィナが軽く手を振る。

 レオニスも頷く。


 クロウは、わずかに顎を引いた。


 それだけで。

 胸の奥に、鈍い痛みが走る。

 言葉にならないまま、何かが確かに軋んだ。


「綺麗でしょう?」


 セラフィナが静かに言った。

 クロウの視線の動きを、最初からずっと見ていたような言い方だった。


 誇らしげでもなく、

 見せつけるでもなく、

 ただ、確かめるように。


「ああ」


 クロウは視線を外さないまま、答える。

 肯定に迷いはなかった。


「……やりすぎだ」


 小さく漏れた声。

 どこか諦めたようで、白旗を上げるようでもあった。


 セラフィナの口角が勝ち誇ったように上がる。


「最高の仕上がりよ」

「……分かってる」


 分かっているでしょう、と言外に含ませた笑みだった。

 分かっているから、困っている。

 目を離せない。なのに、見ているのが苦しい。


「星約なら」


 レオニスが静かに口を開く。


「来年は、あの場所に立てるな」


 中央。

 あの位置。

 リネアの、隣。


 クロウは答えない。


「立つか?」


 軽い調子の問い。

 けれど、その奥には試すような真剣さがあった。


 クロウは、ようやく視線を外す。


 ――星約だから?


 胸の奥でくすぶるこの熱は、星約の責務か。


 違う。

 そんな理屈で説明できるほど、整ったものじゃない。


 もっと単純で、

 もっと幼稚で、

 もっと個人的なものだ。


 他の男の手に、あの背を預けるのが、

 ――嫌だ。


 目の前の光景が、どうしようもなく気に入らない。

 理由を探そうとして、探すまでもないことに気づく。

 答えはもう、随分前から出ている。

 ただ、言葉にしていなかっただけだ。





 二曲目が終わる。


 拍手が広がり、再び人の流れがまた変わっていく。

 レオニスがクロウを見て、満足そうに笑った。


「少しは、まともな顔になったな」

「遅いのよ」


 セラフィナが口を尖らせる。


 その通りだ。


 クロウは苦笑する。

 言い返せない代わりに、肩の力が少し抜けていた。

 さっきよりも、呼吸がずっと楽だ。


「俺たちも行くか」


 レオニスが手を差し出すと、セラフィナは楽しそうにそれを取った。


「今度はちゃんと踊るわよ」


 二人は人の流れに紛れて中央へ向かう。


 残されたクロウは、もう一度リネアを探した。

 さっきとは違う。ただ目で追うだけじゃない。

 自分の中に生まれたものを、はっきりと自覚したまま。


 ――あの場所を、譲りたくない。


 誤魔化す理由は、もうない。


 やがて視界の中で、水色のドレスが再び旋律に乗って回る。

 クロウは、その軌跡から目を逸らさなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ