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リネアの選択  作者: とたか


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63 プロムナード 2

 パートナーのいない一年生は上級生たちより、先にプロム会場へと通されていた。


 重厚な扉の内側で、ざわざわと落ち着かない空気が漂っている。

 壁際にゆるくまとまりながら、上級生の入場を待っていた。


 楽団が奏でる前奏はまだ穏やかで、期待を煽るように抑えられている。

 会場の一角では、すでに何人かの生徒が注目を集めていた。


 まず目を引くのは、イリスだった。

 漆黒に宝石が細かく散りばめられた夜空のようなドレス。

 “社交界の花”と呼ばれる理由が、言葉無しに伝わる。

 すぐ側で褒め称えているエドガルには、視線も向けずに優雅に立っていた。


 少し離れた場所には、セラフィナ。

 赤薔薇色のドレスが、灯りを受けて柔らかく揺れる。

 肩から腕へ流れる線はしなやかで、腰の位置は高く、動くたびに花弁がほどけるようだ。


 その隣に立つレオニスも、非の打ちどころがない。

 濃紺の正装が長身と体格の良さを際立たせる。


「近寄れないんだよな……」

「だよなあ」


 一部の男子生徒たちが遠巻きに苦笑する。

 実際、レオニスはにこやかに会話しながらも、さりげなくセラフィナとの距離を保っていた。

 誰かが近づくと、自然な動きで間に入ってくる。


「あれは無理だろ」


 諦めたような呟きが落ちた。





「エマ!」


 ガイの大きな声が会場に響いた。


「お前、それ反則だろ」

「は?」


 大股で近づいてくるガイに、エマは眉を寄せる。


「格好良すぎるだろ。騎士みたいだ」

「何それ。普通に似合ってるって言えないの?」

「似合ってる!めちゃくちゃ似合ってる!」

「うるさい」


 周囲の同級生たちが二人のいつもと変わらない笑う。

 服装こそいつもより畏まった正装で少し窮屈そうではあったが、プロムでもガイは相変わらずだった。


「ありがと。でも騒がないで」


 エマの声も、いつもより少し柔らかい。


「リネア?」

「いない?」


 ヨルンとハルンが不思議そうに、あたりを見回す。


「リネアは上級生と一緒」

「従兄のパートナーらしいぞ」


 エマが寮での光景を思い出すように、ぽつりと呟いた。


「……さっき寮で少しだけ見た」

「どうだったんだ?」


 視線が集まる。

 エマは肩をすくめる。


「セラフィナが、いい仕事してた。かなり」


 そこに、レオニスとクロウを伴って現れたセラフィナがふふふと笑う。


「当然!皆びっくりするから!」


 誇らしげに胸を張る。

 その横で、レオニスは楽しみだと笑って、クロウは黙っている。

 表情は変わらない。

 ただ、指先がほんのわずかに強く握られていた。





 一年生たちが雑談に花を咲かせていると、やがて音楽が変わった。

 空気が一段、張りつめると扉が開いく。

 上級生の入場だ。


 三年生から一組、また一組とゆっくりと入場する。

 洗練された歩き方。

 迷いのない所作。

 一年生とは明らかに違う完成度。


 そして。

 その列の中に淡い水色が、視界に入る。


 ざわ、と一年生の空気が揺れた。

 誰かぎ大きな声を上げるわけでもなく、ただ、確かに広がる波。


 水色のドレスは、灯りを受けてほのかに銀を帯びる。

 胸元から首にかけて透ける繊細な刺繍。

 露わな肩は華奢で、緊張と自信が同居した背筋。


 ゆるくまとめられた薄栗色の髪。

 揺れるイヤリング。

 水色の瞳が、まっすぐ前を見ている。


「……え?リネア!?」


 誰かが驚いて呟く。


 いつもの制服姿とは、まるで違う。

 幼さを残した少女ではなく、きちんと“令嬢”としてそこに立っていた。


 隣に立つのは、濃灰の正装のセイル。

 淀みない所作でエスコートしている。

 若葉色の瞳がリネアを見て優しく細められていた。


 並んだ二人は、

 あまりにも自然で、あまりにも“似合っていた”。





 上級生は会場の中央へ。

 一年生はその周囲へと自然に円を描く。


 学院長が前に出る。


「今宵は、若き星たちの祝祭である」


 短く、だがよく通る声。


「学びも鍛錬も大切だ。だが楽しむこともまた、力の一部だ」


 小さな笑いが広がる。


「存分に踊りなさい」


 割れるような拍手が鎮まると、音楽が変わる。

 始まりは、格式あるゆったりとした旋律のポロネーズから。

 最初のダンスは上級生のみが踊ることができる。


 セイルがリネアの前に立って、静かに礼をとる。

 リネアも、セラフィナに教わった通りに返す。


 背筋は真っ直ぐ。

 視線は逃げない。


 手を取り、ゆっくりと動き出す。


 スカートの裾がゆるやかな弧を描く。

 セイルの手は確かで、迷いがない。

 リネアの足取りも、もうぎこちなくはなかった。

 まるで最初から、あの位置に立つべき人間だったかのように。


 水色のスカートが、広間の中央で床を滑るのをクロウは、ただ見ていた。

 胸の奥が、知らない熱を持つ。


 ――これが、何なのか。

 まだ、名前を持たない。


 息を整えようとして上手く、できない。

 それでもクロウは視線を逸らせなかった。

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