63 プロムナード 2
パートナーのいない一年生は上級生たちより、先にプロム会場へと通されていた。
重厚な扉の内側で、ざわざわと落ち着かない空気が漂っている。
壁際にゆるくまとまりながら、上級生の入場を待っていた。
楽団が奏でる前奏はまだ穏やかで、期待を煽るように抑えられている。
会場の一角では、すでに何人かの生徒が注目を集めていた。
まず目を引くのは、イリスだった。
漆黒に宝石が細かく散りばめられた夜空のようなドレス。
“社交界の花”と呼ばれる理由が、言葉無しに伝わる。
すぐ側で褒め称えているエドガルには、視線も向けずに優雅に立っていた。
少し離れた場所には、セラフィナ。
赤薔薇色のドレスが、灯りを受けて柔らかく揺れる。
肩から腕へ流れる線はしなやかで、腰の位置は高く、動くたびに花弁がほどけるようだ。
その隣に立つレオニスも、非の打ちどころがない。
濃紺の正装が長身と体格の良さを際立たせる。
「近寄れないんだよな……」
「だよなあ」
一部の男子生徒たちが遠巻きに苦笑する。
実際、レオニスはにこやかに会話しながらも、さりげなくセラフィナとの距離を保っていた。
誰かが近づくと、自然な動きで間に入ってくる。
「あれは無理だろ」
諦めたような呟きが落ちた。
◇
「エマ!」
ガイの大きな声が会場に響いた。
「お前、それ反則だろ」
「は?」
大股で近づいてくるガイに、エマは眉を寄せる。
「格好良すぎるだろ。騎士みたいだ」
「何それ。普通に似合ってるって言えないの?」
「似合ってる!めちゃくちゃ似合ってる!」
「うるさい」
周囲の同級生たちが二人のいつもと変わらない笑う。
服装こそいつもより畏まった正装で少し窮屈そうではあったが、プロムでもガイは相変わらずだった。
「ありがと。でも騒がないで」
エマの声も、いつもより少し柔らかい。
「リネア?」
「いない?」
ヨルンとハルンが不思議そうに、あたりを見回す。
「リネアは上級生と一緒」
「従兄のパートナーらしいぞ」
エマが寮での光景を思い出すように、ぽつりと呟いた。
「……さっき寮で少しだけ見た」
「どうだったんだ?」
視線が集まる。
エマは肩をすくめる。
「セラフィナが、いい仕事してた。かなり」
そこに、レオニスとクロウを伴って現れたセラフィナがふふふと笑う。
「当然!皆びっくりするから!」
誇らしげに胸を張る。
その横で、レオニスは楽しみだと笑って、クロウは黙っている。
表情は変わらない。
ただ、指先がほんのわずかに強く握られていた。
◇
一年生たちが雑談に花を咲かせていると、やがて音楽が変わった。
空気が一段、張りつめると扉が開いく。
上級生の入場だ。
三年生から一組、また一組とゆっくりと入場する。
洗練された歩き方。
迷いのない所作。
一年生とは明らかに違う完成度。
そして。
その列の中に淡い水色が、視界に入る。
ざわ、と一年生の空気が揺れた。
誰かぎ大きな声を上げるわけでもなく、ただ、確かに広がる波。
水色のドレスは、灯りを受けてほのかに銀を帯びる。
胸元から首にかけて透ける繊細な刺繍。
露わな肩は華奢で、緊張と自信が同居した背筋。
ゆるくまとめられた薄栗色の髪。
揺れるイヤリング。
水色の瞳が、まっすぐ前を見ている。
「……え?リネア!?」
誰かが驚いて呟く。
いつもの制服姿とは、まるで違う。
幼さを残した少女ではなく、きちんと“令嬢”としてそこに立っていた。
隣に立つのは、濃灰の正装のセイル。
淀みない所作でエスコートしている。
若葉色の瞳がリネアを見て優しく細められていた。
並んだ二人は、
あまりにも自然で、あまりにも“似合っていた”。
◇
上級生は会場の中央へ。
一年生はその周囲へと自然に円を描く。
学院長が前に出る。
「今宵は、若き星たちの祝祭である」
短く、だがよく通る声。
「学びも鍛錬も大切だ。だが楽しむこともまた、力の一部だ」
小さな笑いが広がる。
「存分に踊りなさい」
割れるような拍手が鎮まると、音楽が変わる。
始まりは、格式あるゆったりとした旋律のポロネーズから。
最初のダンスは上級生のみが踊ることができる。
セイルがリネアの前に立って、静かに礼をとる。
リネアも、セラフィナに教わった通りに返す。
背筋は真っ直ぐ。
視線は逃げない。
手を取り、ゆっくりと動き出す。
スカートの裾がゆるやかな弧を描く。
セイルの手は確かで、迷いがない。
リネアの足取りも、もうぎこちなくはなかった。
まるで最初から、あの位置に立つべき人間だったかのように。
水色のスカートが、広間の中央で床を滑るのをクロウは、ただ見ていた。
胸の奥が、知らない熱を持つ。
――これが、何なのか。
まだ、名前を持たない。
息を整えようとして上手く、できない。
それでもクロウは視線を逸らせなかった。




