表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リネアの選択  作者: とたか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/98

60 年の境目

 今年最後の夜は、凍るように澄んでいた。


 赤煉瓦の図書棟は昼よりも暗く、塔の上の時計だけが淡く光っている。

 吐く息は白く、空気は薄く、星は近い。


 学院の年末年始の休暇は短い。

 寮に残る者がほとんどで、こうして毎年、時計塔の下は小さな賑わいになる。

 針が重なるその瞬間を、皆でここで迎えるのだ。


 何人かが火のついたランタンを掲げている。

 誰かが手袋を外して指先を温めている。

 笑い声は小さく、でも確かにあたたかい。

 リネアは外套の襟を引き寄せた。


「寒いね」

「雪も降ってきたな」


 空を見上げたレオニスがマフラーを巻き直す。

 その隣でセラフィナが白い息を弾ませた。


「あと少しよ。ほら」


 塔の時計を指差す。

 針が、ゆっくりと重なろうとしている。


 リネアを挟んでレオニスたちとは反対側。隣にクロウは立っていた。

 セラフィナとの喧嘩は長期化しているようで、最近は少し元気がない気もする。

 それでも今夜はいつも通り、無駄のない姿勢だった。

 その横顔は、夜の冷たさとよく似ている。


「リネア、来年はいよいよ本番ね」


 目を輝かせてセラフィナがこちらを見る。

 リネアは苦笑する。

 特訓は年末も止まらなかった。


 姿勢。

 歩き方。

 表情の角度。


 ついには「笑顔は七種類使い分けるの」とまで言われた。


(……そんなにある?)


 あるらしい。


 少し離れたところでは、ミカがガイたちと何か話している。

 笑い声が上がる。


 ミカは「踊れない」と言っていたのに、今ではもう、どんな曲でも踊りこなしている。

 どこの夜会に出しても恥ずかしくない、とセラフィナが太鼓判まで押していた。

 リードも上手くなって、リネアのワルツも前より様になってきている。


 そして。


「寒くない?」


 後ろから柔らかな声。

 顔を上げると、セイルがリネアの頭に薄く積もった雪を払う。


「大丈夫」

「よかった。僕も今日はちゃんと厚着してきた」


 細身のセイルがいつもより着膨れしている。

 それが少しおかしい。


「リネアが頑張ってるって聞いたから。

僕も手を抜けないだろう?」


 冗談めかした口調。

 きっと当日も、ちゃんと整えてきてくれるんだろうとわかる。


 セラフィナは最近、プロムのドレスの話ばかりしていた。


『リネアは淡い色がいいわ。柔らかい水色とか、白に近い銀灰とか』

『カタログ、見せて。これのここをこうして……背中はもっと開いたデザインね』

『セイルにもポイントでリネアの瞳の色を入れてもらってね』


 自分のことはそっちのけで、完全にリネアたちの構想が出来上がっている。

 気がつけばセラフィナの既知の仕立て屋にドレスの手配は済まされていた。


 レオニスはその横で楽しそうにそれを眺めている。

 自分のことになると急に素っ気ないように見えて、セラフィナに特別なドレスを用意していることをリネアは知っていた。


 やがて、鐘が鳴る。


 一度。

 また一度。


 音が空に溶けると誰かが大きく拍手をした。


「おめでとう!」


 声が広がる。次々に挨拶が飛び交う。


「今年もよろしく!」

「プロム成功させるぞ」

「その前に実技試験だな」


「今年も、よろしくね」

「ああ」


 リネアはクロウに小さく笑いかけた。

 クロウはわずかに頷く。


「良い年にしよう」


 セイルが言う。


「うん」


 良い年にする。

 冷たい夜空の下で、リネアはただ、素直にそう願った。





 寮へ戻る道すがら、冷たい空気が肺に入る。

 入学してからの一年は、本当にあっという間だった。


 リネアは小さく息を吐いた。


 クロウたちとも自然に笑い合える。

 クラスの顔ぶれも、もう他人ではない。

 学院は、リネアにとってちゃんと居場所になっていた。


 部屋に戻り、外套を脱ぐ。

 鏡に映る自分は、少しだけ大人びて見える気がする。

 特訓の成果か、姿勢が自然に伸びている。


 明日からもまた、全部が忙しくて大変。

 だけど、きっと楽しい。


 立ち止まると捕まりそうな不安も、今日は深く考えない。

 リネアはベッドに潜り込んだ。


 新しい年が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ