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リネアの選択  作者: とたか


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61 決戦前

 期末の実技試験が終わった。

 空気は冷たいが、張り詰めた緊張が教官の笛の音と共に一気にほどける。


「終わった!」


 中庭のあちこちで安堵の声が上がる。


 試験は小隊ごとの演習形式だった。

 地形把握、索敵、連携、制圧。

 内容自体はこれまでと大きく変わらない。

 けれど空気は違った。


 試験のあとには――プロムが控えている。


 どこか浮き足立ったまま、今日は全員、妙に集中していた。


 リネアは手袋を外しながら、小さく息を吐いた。

 今回は大きな波乱もなかった。


 危険な場面もなく、

 無理もせず、

 連携も乱れなかった。

 成長している、と自分でわかる。


 評価は数日経ってから、授業内で配られた。



「クロウ・ノクエル、リネア・フォレスト」


 一学期と同じように、並んで評価書受け取り、席へ戻る。


総合評価:A

•制圧力:A

•判断力:A

•連携:A+

•危機管理:A-


総評:

安定した連携と判断力。無駄のない動きが評価できる。

状況把握の精度も向上。引き続き精度を高めよ。


「前より安定してる」


 クロウが短く言う。


「危機対応もあがったね」

「今回は許容範囲だった」


「今回は、って」


 思わず笑う。

 視線が交わると、なぜかわずかに動きを止めてすぐ逸らす。

 最近のクロウは、どこか、ぎこちない。





 そして迎えたプロム当日。

 今日は授業もなく、女子寮は早朝から戦場と化していた。


「誰?!この糸くず落としたの!」

「針どこ?」

「そのヘアピン、私の!」


 朝から湯を張る音。

 香油の匂い。

 磨かれる靴。

 アイロンの蒸気。

 廊下には衣装箱。


 個室の扉は開け放たれ、あちこちから悲鳴と歓声が飛び交う。


 リネアは肌着姿で部屋の中央に立ち尽くしていた。


「動かないで」


 セラフィナがクリームを持ってぴしゃりと言う。


「最終調整してるから」


 視界の端に、リネアの瞳の色と同じ淡い水色のドレスが目に入る。


「うなじも出すんだから、保湿は完璧にね」

「うなじ……」

「勝負どころよ」


 勝負とは。

 分からないが、逆らえない。


 隣の部屋からは悲鳴が上がる。


「コルセットきつい!」

「締めるわよ」

「ひぃ!」


 別の部屋では泣き声。


「前髪切りすぎた……」

「まだ修正できる!」


 女子寮全体が、ひとつの巨大な仕立て屋になったみたいだった。





 もたもたと準備しているリネアの横で、セラフィナは手慣れた様子ですでに美しく整っていた。


 ひと目で上質なものだとわかる赤い薔薇色のドレス。

 上半身はすっきりとデコルテを見せて、長く細い首が際立つ。

 腰から下はオーガンジーの柔らかさと流れるようなシルクが繊細に組み合わさった華やかなスカート。

 ダンスを踊れば、セラフィナ自身が大輪の花のように見えるだろう。


 レオニスが、セラフィナの魅力を最大限に引き出そうと選んだものであることがよく分かった。


「セラフィナ、すごく綺麗……」

「ありがとう」


 女同士でも感動して見惚れてしまう。

 セラフィナは優雅にふふ、と笑う。


「リネア、座って。髪とお化粧やってあげる」


 捗っていないリネアを見かねて、セラフィナが手を伸ばした。

 手早く髪はアップにされ、首筋がすっと伸びる。

 ドレスの淡い水色が肌を明るく見せていた。

 イヤリングが上品に揺れる。

 ネックレスはつけない。その代わり、首元のドレスの刺繍が繊細に光る。


「……大人っぽい」


 ぽつりと漏らす。

 鏡の中で、見慣れない令嬢がこちらを見ている。


 セラフィナも満足そうだ。


「やっと、外側が追いついた」

「何に?」


「内側に」


 リネアは意味が分からないまま、もう一度鏡を見る。

 少しだけ、知らない自分がいる。





 夕方が近づいて、他の令嬢たちも皆で協力をしながら仕上がりつつあった。

 廊下では、最後の確認をする声が飛び交う。


「靴、きつくない?」

「大丈夫」

「イヤリング、傾いてるわよ」

「ありがとう」


 エマが部屋の前を通りがかって、驚いた顔をする。


「セラフィナ……と、リネア?すごくいい」


 そう言うエマも立ち姿はすでに完成している。

 黒に近い濃紺のドレス。

 装飾や露出も最小限。

 身体の線に沿う、無駄のない裁断がエマのスラリとした骨格をくっきりと映えさせていだ。

 赤く短い髪にシンプルなイヤーカフが光る。


「エマも格好いい……」

「やめて」


 目を輝かせたリネアに、少し照れ臭そうにする。でも、悪くない顔をしていた。


 廊下の向こうで、鐘が鳴る。


 パートナーがいない一年生たちは、先に会場へと向かっていく。


「じゃあ、あとで会場でね」

「うん、いってらっしゃい」


 セラフィナやエマを見送ってからしばらくすると、寮の外から別のざわめきがと聞こえてくる。


 迎えが来た。

 リネアの鼓動が、静かに早くなる。


 鏡の中の自分と目が合う。

 少しだけ息を吸って、背筋を伸ばした。


 ――プロムが、始まる。

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