57 パートナー
西日が長い影をつくる回廊で、セイルは待っていた。
リネアが小走りに近づく。
「セイル!待った?」
「ううん」
しばらくの沈黙のあと。
セイルは、リネアを真正面から見る。
「先に言うね」
いつもの雑談はなく、前置きなく口を開いた。
「今年のプロム、僕のパートナーになって欲しい」
遠回しじゃなく、はっきりと。
迷いもない。
リネアは、瞬きを忘れた。
領地の社交で、セイルはいつも隣にいた。
それは当たり前で、特別な意味を持ったことはない。
でも――
“僕のパートナーに”という言葉は、
どこか違う意味を帯びて聞こえる。
「リネアと、出たいと思ってる」
穏やかな声。
でも、温度が違う。
冗談にも、補足にも逃げない。
「……従兄だもんね?」
咄嗟に出たのは、リネアの方からの半ば言い訳のような確認の言葉だった。
「うん、でも違うよ」
沈黙が落ちる。
夕方の空気は冷え始めていて、遠くで風が枝を鳴らした。
「僕らがパートナーになるのは、外から見れば"自然"だ」
自然。
それは安全な言葉だ。
仲の良い従兄同士で、いつもの組み合わせ。
誰も違和感を抱かない。
「でも、いつも当然みたいに並ぶのも違うと思ってる」
いつも隣に立つときの空気とは違う。
社交の場で“自然に並ぶ”のとも違う。
セイルが続ける。
「僕は学院を卒業する」
リネアは胸の奥が少しざわつく。
セイルが王立研究所で働き始めれば、叔父や叔母のように各地を巡る生活になる可能性もある。
学院への入学制度もあって、この国の貴族は婚約や結婚も、卒業後に本格的に考えるのが普通だ。
そろそろセイルも、誰かとそういうことを見据えていくのかもしれない。
そうなれば、今より会える時間はずっと減る。
――卒業。
セイルはもうその入り口にいる。
自分だけが、まだ一年生。
「……」
リネアは視線を落とす。
学院に入学してからはリネアの世界が広がった。
でも、子どもの頃の時間は戻らない。
セイルがいなければ、幼少期の自分はもっと孤独だった。
幼い日々にずっと隣にいた人が、気づけば遠くにいる。
それは、少し寂しい。
「だから、ちゃんと申し込もうと思った。
最後の年は君と、って」
視線が、真っ直ぐ向けられる。
「リネアが決めて」
逃げる理由はない。
嫌なわけでもない。
しばらくして、リネアはゆっくり息を吐いた。
「……一緒に出る」
自分で選んだ言葉。
声は小さいけれど、はっきりしていた。
セイルの目が柔らかく細められる。
「ありがとう」
それ以上、何も足さない。
並んで歩き出す、その距離はいつも通り。
けれど、リネアの心の中でだけ、ひとつ位置がずれた。
◇
リネアと別れたあと、セイルは立ち止まる。
(少し、ずるかったかな)
寂しさを強調して、これで最後かもしれないとも含みを持たせた。
嘘ではないけれど、未来はまだ確定していない。
昼間にすれ違った瞬間の、クロウ・ノクエルの姿を思い出す。
言葉を飲み込んだ表情。
一歩出られないまま、立ち止まっていた。
あの目は、知らない目ではない。
(……これが本当に最後になるかも)
このままずっと隣に立てる保証なんてどこにもない。
リネアとクロウを見るたびに、そういう予感があった。
それでも。
小さな頃から一緒に過ごした時間も、
寄り添ってきた日々も、
積み上げてきた信頼も、
全部無くなるわけじゃない。
セイルはそれでいい。
(いつか僕を選ばない日がきても)
考えると、少しだけ胸が痛む。
それでも決めていたのは、幼い日に感じた不甲斐なさを繰り返さないこと。
あのとき救えなかったものを、今度こそ理屈で掴むと決めた。
隣にいれなくなっても、自分にできることをやる。それだけだった。
夕陽が沈む。
セイルは静かに踵を返した。
今年のプロムは、セイルがリネアの隣に立つ。
その先は――彼女が決める。
だから、今くらいは。
花を持つのが自分でもいいだろう。
区切りの都合で短めなので夜にもう一話更新します。




