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リネアの選択  作者: とたか


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56 足踏み

 ――上級生は、女子生徒の数がやや少ない。

 この事実が、三学期に入ってから始まったプロム戦線の状況を、さらに変えていた。


 中間試験を目前にしても、学院の風景の端では小声のやり取りが絶えない。

 徐々に決まっていくパートナー。

 焦り。牽制。探り合い。

 その空気は一年生にも波及する。





 リネアがセラフィナたちと、いつものように並んで移動していた昼休み。

 角を曲がったところで、声がかかる。


「フォレスト嬢」


 振り返ると、見覚えのある青年が立っていた。


 ヴィル・ハートウェルだ。

 領地が近い男爵家の次男。

 社交の場で何度か挨拶を交わした程度の間柄だった。


「こんにちは」

「す、少しだけ、いいかな」


 緊張感のある声。

 視線が泳いでいる。


 リネアが足を止めると、後ろの三人も自然に距離を取った。

 聞こえない位置ではない。

 聞くつもりもないが、離れすぎない距離。


「……もう、プロムのパートナーは決まってる?」


 単刀直入。

 リネアは一瞬だけ息を止めた。


 セイルの顔が浮かぶ。

 けれど、正式な申し込みも返事もまだだ。


「まだ、はっきりとは」


 そう答えると、ヴィルはほっとしたあとに、困ったように笑った。


「実は……伝手がなくて」


 言い淀む。


「正直に言うと、誰でもいいわけじゃないけど……その、僕はあまり社交が得意じゃなくて」


 告白、という空気ではない。

 本当にただ、切実に助けを求められている。


「も、もしまだ決まっていないなら、考えてもらえないかな」

「えっと……」


 視線は真剣だ。

 必死さが滲んでいる。


「……どうするんだ」


  少し離れた場所で。レオニスが小声で呟く。

 セラフィナは両手を口元に当てている。

 クロウも少し驚いた顔でリネアを見ていた。


 その横を、ひとつの影が静かに通り過ぎた。


「ヴィル」


 穏やかな声。

 顔を上げたヴィルの表情が、わずかに固まる。


「セイル」


 いつも通りの微笑を浮かべたまま、セイルはリネアの隣に立った。


「困ってるみたいだね」


 柔らかい。

 強くもなく、弱くもない声音。

 けれど毅然と言う。


「ごめんね。リネアは駄目だよ」


 ヴィルは一瞬だけ沈黙し、そして項垂れた。


「……やっぱり」


 視線が二人を何度か行き来きして、やがて大きなため息を吐いた。


「そうだよな」


 それ以上は何も言わない。


「ごめん。無理言った」

「こちらこそ、ごめんなさい」


 軽く頭を下げて、肩を落としながらヴィルは去っていった。

 その様子を見送りながら、セイルが静かに言う。


「勝手に口を出してごめん。困ってるように見えたから」


 リネアは首を振った。


「大丈夫、助かった」


 それは本心だ。

 セイルは一瞬だけ安堵したように笑う。


「プロムの件、夕方に話せる?」

「……うん」

「じゃあ、また」


 それだけ言って去っていく。


 颯爽と、というよりはごく自然に。

 けれど確実に場を収めて。





「……え、待って」


 セラフィナがリネアに飛びつく。


「リネア、セイルと出るの!?」

「まだ決まってないよ」


 リネアは慌てて否定する。


「そういう話は、あるけど……」

「あるんだ!」

「正式には、まだ」


 レオニスが腕を組んで、クロウをちら りと見る。


「なるほどな」


 クロウは何も言わない。

 ただ、先ほどの光景が頭から離れなかった。


 “リネアは駄目だよ”。


 あまりにも当たり前のように言った。

 まるで、もう決まっているかのように。


「……」


 苛立ちが湧く。

 自分は、何をしていた。

 距離を測って、考えて、言葉を選んで。

 その間に、誰かが一歩前に出ている。


 昼休みのざわめきが、やけに遠い。





 放課後になり、リネアが教室を出ていったあと。

 喧騒は少しずつ引いて、教室には数人が残るだけになっていた。


 セラフィナは窓の外を見ながら、ぽつりと呟く。


「……リネア、セイルと出るのかな」


 レオニスが椅子の背にもたれたまま、視線だけをクロウへ向ける。


「いいのか?」


 クロウは視線を落としたまま答える。


「従兄だ。おかしくはない」


 理屈は正しい。


「本気で言ってるの……?」


 声は小さい。

 怒鳴っていない。

 けれど、セラフィナの目は笑っていない。


「……領地の社交でも、

よく一緒だったと言っていた」


 だから、"普通のこと"のはずだ。


「何それ?」


 ぴたりと空気が止まる。


「それでいいって、本当に思ってる?」


 クロウは答えられない。

 気押されて、言葉が喉で止まる。

 セラフィナは一歩近づく。

 声は抑えたまま。


「そんなので、リネアの星約でいられると思ってる?」


 レオニスが「あー……」と天井を仰ぐ。


「黙ってるだけで、何も言わないなら」


 セラフィナの目が据わる。


「そのままそこで、立っていればいいわ」


 声がいつになく低い。


「私がリネアを、プロムで史上最高に可愛く仕立てて」


 空気が凍る。


「セイルの隣に並べるから」


 静かに言い捨てる。

 ふんっと鼻を鳴らすと、くるりと踵を返して教室を出ていく。


「クロウは指をくわえて見てなさい」


 扉が閉まる音は、思ったより小さい。

 あとは静寂だけが残った。


「怒らせたな」


 レオニスが苦笑する。

 クロウは途方に暮れていた。


「……なら、どうすればよかった」


 本気で分からない、という顔だ。


「知らん」

「……」

「だが少なくとも、“何もしない”は選択肢に入らない」


 クロウは言い返せない。


 距離は、勝手には縮まらない。

 誰かが踏み出さないと。


 そして今、自分は立ち止まっている。

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