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リネアの選択  作者: とたか


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54 従兄

 リネアが三年生の教室がある棟へ向かう途中、意味ありげな視線がいくつか向けられた。

 プロムのせいか、いつもと違う緊張感がある。


 ――一年生?

 ――三年の教室に?


 居心地が悪い。

 自分が場違いな気がする。


 そのとき、前方から見慣れた姿が歩いてきた。


「リネア」

「セイル」


 穏やかな声と、いつも通りの微笑。

 けれど周囲の様子に気づいたのか、セイルは眉を下げた。


「……時期が悪かったね」


 明らかに視線が集中している。


「ここは目立つ。場所を変えようか」





 授業が終わった直後のカフェテリアはまだ人がまばらだ。


 窓際の席に向かい合って座る。

 リネアが先に立ち上がり、紅茶と焼き菓子を持って戻ってきた。


「今日は私が」

「ありがとう」


 改めて、リネアは小さく笑った。


「王立研究所、合格おめでとう」

「まだ正式配属は調整中だけどね」

「でも、すごいよ。セイルなら大丈夫だと思ってた」


 そう言って、小さな包みを差し出す。

 丁寧に包装された細長い箱。


「お祝い」


 中には、シンプルなペン。

 派手さはないが、軸は程よく太く、重心も安定している。

 実用的で、長時間使っても疲れなさそうな一本。


 セイルは嬉しそうに目を細めた。


「……王都で?」

「うん、休暇中に」

「ありがとう。大事に使う」


 しばらくは休暇中の話に花が咲く。


「叔父様と叔母様は?」

「相変わらずだよ。リネアにも会いたがってた」

「次の長期休暇に領地で会えるかな」


「西部はどうだった?」

「乾燥していてね。魔力の流れも王都とは違う。面白い土地だったよ」


 穏やかな時間。

 そのとき、背後から声がかかった。


「おい、研究所くん」

「未来の大先生!」


 三年の男子が二人、トレイを持ったまま笑顔で近づいてくる。


「その呼び方やめて」


 セイルが苦笑しながら即座に返す。


「いやいやホント流石だわ」

「まだ配属が決まったわけじゃない」

「お前ならほぼ決まりだろ!」


 肩を軽くぶつけ合いながら笑う。

 領地ではあまり見ない、同世代との気さくなやり取りだ。


 片方がリネアを見てにやりとする。


「……で、紹介してくれないの?」

「従妹だよ。リネア」

「あー」


 もう一人が思い出したように言う。


「クロウ・ノクエルの星約の」

「……どう?ノクエル怖くない?」


 唐突に振られて、リネアは瞬きをする。


「無口だしさ、目つき鋭いし」

「夜会で見かけても近寄りがたいよな」

「俺、学院でもすれ違うとき、反射的に姿勢正すもん」


 完全に冗談だ。

 少し考えてから、リネアは首を振る。


「……演習のときは厳しいけど、普段は優しいです」

「へえ?」


 二人が顔を見合わせる。


「意外とギャップ系か」

「あの顔でずるくないか」


 セイルが肩をすくめる。


「本人に聞けば?」


「無理無理。射抜かれそう」

「弓持ってなくてもな」


 笑いが弾ける。


「で、プロムはまさかこの子と?」

「さあ。そっちは決まった?」

「俺はまだ。やばい、焦る」

「お前は軽くあちこち声かけすぎだろ。自業自得」


 軽口を叩き合いながら、二人は去っていく。

 去り際にもう一度ちらりとこちらを見る視線は、やはり少し探るようだった。





「皆、プロムの話ばかりだね」


 少し気まずくなって、リネアが紅茶を口にする。


「僕らは最後の機会だからね」


 セイルは静かに頷く。

 ふと、リネアは思う。


 セイルの星約は男子だ。

 なら、プロムの相手は誰と?


 リネアは領地での社交の場では、いつもセイルと並んでいた。

 小さい頃から気づけばそうなっていたし、それが当たり前だった。


 “従兄と出る”。

 特別な意味など、考えたこともなかった。


 だけど。


「リネア」


 視線が、真っ直ぐ向けられる。


「プロムなんだけど」


 紅茶のカップを持つ手が、わずかに止まる。


「僕が申し込んでもいいかな」


 冗談でも、遠回しでもない。

 真っ直ぐな言葉。


「……え?」


 リネアの鼓動が一拍、跳ねる。


 従兄。

 いつもの組み合わせ。

 何もおかしくない。


 それでも――


 改まった“申し込む”という響きが、少しだけ違って聞こえる。


「正式にはまた聞くよ。今は考えておいて」

「……うん」

「そろそろ戻ろうか」


 すっと席を立つ。

 リネアも、つられるように立ち上がる。


 従兄。

 それだけのはずなのに。

 見慣れた背中が少し違う人のように見えた。

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