54 従兄
リネアが三年生の教室がある棟へ向かう途中、意味ありげな視線がいくつか向けられた。
プロムのせいか、いつもと違う緊張感がある。
――一年生?
――三年の教室に?
居心地が悪い。
自分が場違いな気がする。
そのとき、前方から見慣れた姿が歩いてきた。
「リネア」
「セイル」
穏やかな声と、いつも通りの微笑。
けれど周囲の様子に気づいたのか、セイルは眉を下げた。
「……時期が悪かったね」
明らかに視線が集中している。
「ここは目立つ。場所を変えようか」
◇
授業が終わった直後のカフェテリアはまだ人がまばらだ。
窓際の席に向かい合って座る。
リネアが先に立ち上がり、紅茶と焼き菓子を持って戻ってきた。
「今日は私が」
「ありがとう」
改めて、リネアは小さく笑った。
「王立研究所、合格おめでとう」
「まだ正式配属は調整中だけどね」
「でも、すごいよ。セイルなら大丈夫だと思ってた」
そう言って、小さな包みを差し出す。
丁寧に包装された細長い箱。
「お祝い」
中には、シンプルなペン。
派手さはないが、軸は程よく太く、重心も安定している。
実用的で、長時間使っても疲れなさそうな一本。
セイルは嬉しそうに目を細めた。
「……王都で?」
「うん、休暇中に」
「ありがとう。大事に使う」
しばらくは休暇中の話に花が咲く。
「叔父様と叔母様は?」
「相変わらずだよ。リネアにも会いたがってた」
「次の長期休暇に領地で会えるかな」
「西部はどうだった?」
「乾燥していてね。魔力の流れも王都とは違う。面白い土地だったよ」
穏やかな時間。
そのとき、背後から声がかかった。
「おい、研究所くん」
「未来の大先生!」
三年の男子が二人、トレイを持ったまま笑顔で近づいてくる。
「その呼び方やめて」
セイルが苦笑しながら即座に返す。
「いやいやホント流石だわ」
「まだ配属が決まったわけじゃない」
「お前ならほぼ決まりだろ!」
肩を軽くぶつけ合いながら笑う。
領地ではあまり見ない、同世代との気さくなやり取りだ。
片方がリネアを見てにやりとする。
「……で、紹介してくれないの?」
「従妹だよ。リネア」
「あー」
もう一人が思い出したように言う。
「クロウ・ノクエルの星約の」
「……どう?ノクエル怖くない?」
唐突に振られて、リネアは瞬きをする。
「無口だしさ、目つき鋭いし」
「夜会で見かけても近寄りがたいよな」
「俺、学院でもすれ違うとき、反射的に姿勢正すもん」
完全に冗談だ。
少し考えてから、リネアは首を振る。
「……演習のときは厳しいけど、普段は優しいです」
「へえ?」
二人が顔を見合わせる。
「意外とギャップ系か」
「あの顔でずるくないか」
セイルが肩をすくめる。
「本人に聞けば?」
「無理無理。射抜かれそう」
「弓持ってなくてもな」
笑いが弾ける。
「で、プロムはまさかこの子と?」
「さあ。そっちは決まった?」
「俺はまだ。やばい、焦る」
「お前は軽くあちこち声かけすぎだろ。自業自得」
軽口を叩き合いながら、二人は去っていく。
去り際にもう一度ちらりとこちらを見る視線は、やはり少し探るようだった。
◇
「皆、プロムの話ばかりだね」
少し気まずくなって、リネアが紅茶を口にする。
「僕らは最後の機会だからね」
セイルは静かに頷く。
ふと、リネアは思う。
セイルの星約は男子だ。
なら、プロムの相手は誰と?
リネアは領地での社交の場では、いつもセイルと並んでいた。
小さい頃から気づけばそうなっていたし、それが当たり前だった。
“従兄と出る”。
特別な意味など、考えたこともなかった。
だけど。
「リネア」
視線が、真っ直ぐ向けられる。
「プロムなんだけど」
紅茶のカップを持つ手が、わずかに止まる。
「僕が申し込んでもいいかな」
冗談でも、遠回しでもない。
真っ直ぐな言葉。
「……え?」
リネアの鼓動が一拍、跳ねる。
従兄。
いつもの組み合わせ。
何もおかしくない。
それでも――
改まった“申し込む”という響きが、少しだけ違って聞こえる。
「正式にはまた聞くよ。今は考えておいて」
「……うん」
「そろそろ戻ろうか」
すっと席を立つ。
リネアも、つられるように立ち上がる。
従兄。
それだけのはずなのに。
見慣れた背中が少し違う人のように見えた。




