53 距離
三学期が始まって、小隊での演習は拍子抜けするほど安定していた。
クロウの矢が人工魔物を引きつけ、エマの増幅を受けたガイが、勢いよく攻撃する。
ネーリス兄弟は次の索敵へ散る。
リネアも恩寵は温存しながら、要所で無駄なく立ち回れていた。
「今日も、楽だったな!」
「うん、噛み合ってた」
演習終了後、ガイが素直に言うと、エマやネーリス兄弟も頷く。
リネアは自分の掌を見つめた。
魔力の制御も滑らかだ。
恩寵の対価も、最小限で済んでいる。
だけど、理由が自分だけの成長とは思えなかった。
演習の合間に、静かに差し込んでく感覚。
荒れそうなところを、先回りして整えられていく。
ミカの干渉には、以前のような引っかかりはない。
演習地を出たところで、軽く伸びをするミカにリネアが話しかける。
「ミカ、さっきのフォロー……」
「あれ?バレてた」
「うん。ありがとう」
「演習なんて、早く終らせた方が楽だしね。
何?俺と星約組みたくなった?」
「そういうの、やめて」
リネアの珍しく呆れたような視線を、ミカが笑ってかわす。
やり取りが気安い。
演習中の指先を取る動作も自然で、リネアも気にしていない様子だった。
ガイは気づかない。
エマも何も言わない。
ネーリス兄弟も特に反応しない。
クロウだけが、そのたびに視線を止める。
何がどう、とは言えない。
ただ、休暇前とは違う空気がある。
それが妙に引っかかった。
◇
演習場から校舎へ戻る途中。
まだ中間試験も先だというのに、三学期に入ってから上級生たちは妙に忙しない。
「決まった?」
「まだ。向こう待ち」
「え、断られたらどうすんの」
すれ違った二年生がひそひそと話している。
プロム。
三学期の終わりに行われる、学院最大の社交行事だ。
二年生と三年生はパートナー必須。
異性を伴って出席する決まりだった。
それ以外は比較的自由で、会場ではダンスや食事を交えながら生徒同士の交流が楽しめる。
――パートナーが星約である必要はない。
異性同士の星約の場合は、そのまま参加が“自然”という空気はある。
けれど強制ではない。
将来の家同士の繋がりを意識する者もいれば、純粋に思い出作りと割り切る者もいる。
憧れの相手がいるなら、申し込む機会でもあるのだ。
一方で一年生はというと。
「プロムって踊るだけ?」
「菓子出るって聞いた」
「裏方って何やるの?」
まだのんびりしている。
一年生はホスト側にまわるのが慣例だ。
開催前の準備に駆り出されるので、忙しくなるのは期末試験明けから。
同伴も必要なし。当日も自由参加だから、参加しないという選択もできる。
もっとも、大抵の生徒は参加するのだが。
教室に戻ると、やはりその話題になる。
「リネア、プロムの準備は同じ担当にしよ?」
「うん」
セラフィナが嬉しそうに笑う。
「飾り付けやりたいなあ。お花いっぱいにしたい!」
「お前は菓子係だろ。つまみ食い担当」
レオニスが即座に返すと、笑いが広がる。
そんなことしないわよ、とセラフィナは頬を膨らませる。
「でも、当日はやっぱり踊りたいよね!」
「セラフィナはダンス、好きなの?」
「うん!」
クロウは机に肘をついたまま、わずかに顔を上げた。
「踊るのか」
「え?私?」
リネアが驚いて視線を向ける。
「……どうかな。あんまり自信ない」
リネアは夜会の経験があまりなし、ダンスも得意ではない。
うまくやれる気は、正直しなかった。
「楽しければいいのよ!」
「俺の足は踏むなよ」
「踏まないもん」
セラフィナたちの軽口が飛ぶ。
クロウは少しだけ間を置いてから言った。
「……練習するなら、付き合う」
「ありがとう」
それだけのやり取り。
けれど、その言葉を口にしたあと、クロウはほんの一瞬だけ考えるように視線を落とした。
◇
「あ、そろそろ行かなきゃ」
時計を見てリネアが立ち上がる。
「どこに?」
「セイルのところ。王立研究所の採用試験に通ったって聞いたから」
「え、すごいね!」
「うん。だから、お祝いを言いに」
リネアは小さな包みを手に取ると、軽く手を振って教室を出ていく。
扉が閉まる。
クロウは教室の入口の方を見たまま、静かに口を開いた。
「……レオニス」
「ん?」
「セイル・フォレストの星約は?」
「観測系の男だな。確か子爵家の」
「……そうか」
二年と三年は異性の同伴必須。
セイルは三年だ。
(誰を)
思考がそこまで進んで、止まる。
従兄妹だ。
不自然ではない。
さっきまで、リネアはミカの隣にいた。
今は、セイルの元へ向かっている。
自分は、何を気にしているのか。
「どうした」
レオニスが横目で見る。
「別に」
短く答える。プロムはまだ先だ。
けれど。
演習でも、教室でも、別の場所でも。
わずかにずれていく距離が、妙に目につく。
自分がどの位置に立っているのか。
それが、クロウにははっきりしなかった。
次話も短めなので、明日は朝晩二話更新する予定です。




