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リネアの選択  作者: とたか


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50 守夜祭 中編

 資料室は、思っていたより広かった。

 天井まで届く書架。革装丁の背表紙が、暗がりの中に沈んでいる。


 ここに並ぶものは、すべて非公開。

 そもそも――こうした資料が存在すること自体、神殿の外ではほとんど知られていない。


 灯りはつけられない。

 窓から差し込む日中の光だけが頼りだ。


「二百年前は、このあたり」


 ――前の大星蝕の時期。

 リネアは頷き、慎重に一冊を抜き出した。


 古い。

 紙は厚く、インクも滲んでいる。

 観測の記録としては、今ほど精密ではなく少し方法も違っている。


 それでもページをめくる手は迷わない。


 大星蝕前後の観測。

 気象と星の動き。

 魔力偏差。

 神殿内の記録。


 すべてを拾っていたら時間は足りない。

 なるべく要点だけを小さく書き留めていく。


 遡ってさらに五十年前。

 並べて照合する。

 似ている。


「この資料が非公開なら……」


 小さく呟く。


 大星蝕の前、数年にわたって記録されている微細な星の配置の動き。

 そして、小規模な星蝕の観測間隔と地域の法則性。


 完全に一致はしない。だけど、傾向は重なる。


 もっと前。

 さらに前。


 時間を遡るごとに記録されている情報はどんどん粗くなる。

 けれど、過去に公開されているこれまでの星蝕の情報にこの情報を足していったときに、共通する“前触れ”は消えない。

 時間を忘れて、ページをめくり続ける。


 もしも、この意図的にこの情報を選別して隠していたとすれば。

 神殿は、ある程度の時期を予見できていた?


 完全な偶然ではなく、完全な不可抗力でもない。

 その可能性にたどり着いた瞬間、背中がぞくりとした。



「……」


 何時間そうしていただろう。

 ふと、静寂に気づく。


 ミカが何も言っていない。

 振り返ると、本棚に寄りかかってこちらを見ていた。


「ごめんね、放ってた」

「大丈夫、気にしてない」


 本当に気にしていない顔だ。

 けれど、リネアを見る視線が深い。


「でもさ」


 軽い声で続ける。


「なんでそこまで必死になるの?」


 リネアは手を止める。


「学院にいる間に起こるかどうかもわからないんでしょ。

 もし起こるとしても、自分が助かる手立てを考えるだけでよくない?」


 言葉は正しい。

 自分だけなら。


 頭に浮かぶのは、夢のあの光景。

 そして、夢に自分の役割を見出した幼い日の思い出。


 でも、それは言えない。

 ミカにはセラフィナが聖女であることも、クロウがどうなるかも伝えていない。


「……」


 沈黙。

 ミカはそれ以上追及しなかった。


「まあ、いいや」


 小さく肩をすくめる。

 沈黙の後に少しだけ、声の色が変わる。


「……なんで、君なんだろうね」


「なにが?」

「正直なところ、リネアの回路を見た時から聖女じゃないとは思っている」

「うん……」


 リネアも頷く。

 今、世にある見解が正しければ、聖女の力も後発的な恩寵のひとつとして考えられている。

 恩寵の力の発動は、必ず魔力回路に帰結する。

 リネアのまともではない回路の状態を知れば、まず除外するのは当然だ。


「神殿からは聖女の可能性が高そうな生徒を見ておけって言われてるけど」

「聖女の……?神殿は誰か予想ができているってこと?」


 聖女についてはリネアも知らないことが多い。

 調べても神学書や神話の一般的に知られる範囲の情報しか見つからないのだ。


 星蝕に関しても秘匿している資料がこんな風に存在するなら、聖女についても神殿は何か知っていることがあるのだろう。

 神殿がすでにセラフィナにたどり着いているかもしれない可能性に、リネアの鼓動がわずかに早くなる。


「それはない」


 ただ、その考えはすぐに否定された。

 ミカはため息を吐く。


「分かってるなら、俺らも苦労しないよ。指示が雑すぎる」

「そうなの?」

「過去の聖女って発現前の恩寵の系統もバラバラでしょ。

 力が元々ちょっと強い傾向があるくらいだと、対象も多すぎる」


 それは、過去の聖女をモチーフにした神話にも描かれていて、リネアも物語としては知っていた。


「リネアは聖女じゃない。

 なら、夢は見てる理由は?予知の恩寵なんて聞いたことがない」


「だから、君が何ものなのか知りたい」


 ミカの脳裏には、リネアの中で見た白い微かな光が揺らめいていた。


「五歳のとき。神殿で、他に本当に何もなかった?」


 その問いに、リネアはゆっくりと記憶を辿る。

 白い床、高い天井、祈りの声。

 見上げた両親の顔と、クロウの背中。


「……特別なことは、なかったと思う」


 ただ、ひとつ何かあったとすれば。


「でも、鳥を助けた」

「鳥?」


「中庭に落ちていて。動かなくて」


 あのときリネアは初めて、恩寵を使った。

 使い方も対価のことも何もわからず、本能的に目の前のものに手を伸ばした。


「神殿の中で、初めて……使った」


 空気が変わる。


 ミカの瞳がわずかに揺れた。

 何かを思い出すように。


 冷たい石。

 遠くから聞こえる声。

 息が、戻る感覚。


 それは、救済というより――

 侵入に近かった。


 あの日から、ミカの内にずっと残り続けている違和感。

 自分のものではない何かが、静かに混ざっていく感覚。


 でも、それは言葉にならない。


「……そう」


 短く。

 けれど、その奥で何かが結びつきかけている。


「その鳥、どうなったの?」

「……覚えてない」


 眉を寄せる。

 あの後、リネアはすぐに対価を負って、記憶は途中で途切れている。

 ミカが、少し考えてからさらに聞こうと口を開いた、そのとき。


 ふ、と。

 室内の明るさが揺らいだ。


「……?」


 窓の外で王都の灯りが、一斉に消えていく。


 黄昏。


「守夜祭……!」


 リネアが息を呑む。

 すっかり時間を忘れていた。


 窓へ駆け寄ると、外は、闇に沈み始めている。


 神官たちの松明が、遠くでゆっくりと動いて神殿から離れていく。

 低い祈りの声が、風に乗って届いた。


 リネアの姿がゆっくりと闇に溶けると、白い祭服だけが、暗がりの中でぼんやりと浮かぶ。

 ミカは何も言えなくなって、問いかけの続きを、飲み込んだ。


 やがて、祈りの声が頂点に達した瞬間。


 ――ぱっ、と。


 王都中の灯りが、一斉に灯った。

 光が窓から流れ込む。

 幻想的な、光と蒼の世界。


「……きれい」


 思わず、リネアが呟く。

 さっきまでとは違う。

 闇を抜けたあとの、柔らかな光。


 ミカは、照らされたその横顔を見つめる。


 もし本当に――

 君の光が、誰かを生かしているなら。


 資料室の中は、まだ薄暗い。


 けれど。

 ミカの瞳は外の灯り映して、わずかに色を変えていた。

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