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リネアの選択  作者: とたか


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48 星灯る前夜

 ヴァレンティ家にリネアが滞在して七日目。

 星の守夜祭を翌日に控えた王都は、すでに祭りの気配に包まれていた。


 王都の通りには星を象った旗と灯籠。

 広場には松明台が設えられ、明日の夜を待つように静かに並ぶ。


 星の守夜祭(しゅやさい)

 冬の訪れの前に、魔を祓う三日間の祭儀だ。


 初日の黄昏、日が完全に沈むまで王都の灯りは一度すべて落とされる。

 王宮も、街の灯りもすべて。

 闇の中を神官たちが松明を掲げて進み、低く祈りが響く。

 やがて王都中の灯が一斉にともる――そこから三日間、祈りと宴が続くのだ。


 祭の前夜は、王都に邸宅がある有力な貴族の家でも小宴が開かれる。ヴァレンティ家も例外ではない。


 リネアは、前夜祭の今日で屋敷を出る。

 もともと決めていた滞在日程だ。


 ヴァレンティ家の客は高位貴族ばかりだろう。

 セラフィナもレオニスも気にしないと言ってくれていたが、さすがに気後れした。


 それに――この守夜祭の間に、自分にもやるべきことがある。





「やっぱりこれにして正解だったわ」


 セラフィナが満足げに頷いた。

 鏡の前で、リネアはそっと自分を見つめた。


 深い群青のワンピース。

 裾と袖口には銀糸で星を模した刺繍。

 髪は両サイドで銀色のリボンと一緒に編み込まれていた。


 守夜祭では星にまつわる意匠を身につけるのが慣わしだ。

 自分でも祭用の服は去年のものを持参してきていた。

 けれど――


「地味!」


 と、朝一番に侍女を伴って現れたセラフィナに一蹴された。

 気がつけば今の姿になっている。


「……こんなにしてもらって、本当にいいの?」

「いいの!」


 力強く頷く。


「私がどうしても、リネアとこれを着て出かけたかったの」


 セラフィナのドレスは少し明るい蒼。

 刺繍の位置は違うけれど、色味も意匠も揃っている。


「おそろいなのよ」


 鏡の中で、蒼と群青が並ぶ。

 リネアは照れながら笑った。


「セラフィナ、ありがとう」


 準備が整って二人で玄関ホールに向かうと、すでに待っていたレオニスが、まず視線を上げた。


「いいな。よく似合っている」


 自然に、迷いなく。

 リネアは気恥ずかしくなって、思わず目を伏せる。


 その隣で、クロウは完全に出遅れていた。

 視線だけがいつもより、落ち着きなく移動する。


 群青の布地。

 袖口の銀の星。

 編み込まれた髪。

 いつもと違う化粧。


「……」


 言おうとする。

 けれど。


「かわいいでしょ?おそろいの守夜祭仕様なの」

「ああ、映えてる」


 レオニスが頷く。


「ほら、こことかも見て!」

「ちゃんと星のモチーフが入ってるな」

「あとこっちもこだわったのよ」

「分かったって」


 目の前で流れていく会話に入れない。

 クロウの喉まで出かかった言葉は、結局、飲み込まれたまま。

 馬車乗り込んだ後も、窓に映る群青を目で追っていた。





 中央広場で馬車を降りると、リネアは思わず声を漏らす。


「わあ……」


 露店が並び、星型の菓子が並び、楽団が軽やかな曲を奏でる。

 子どもたちは松明型の飾りを振り回している。


「賑やかだね」

「王都は何かにつけて騒ぐのが好きだからな」

「春までお祭りもないんだから当然よ!」


 フォレスト領では守夜祭はどちらかといえば儀式としての色が強かった。

 王都の祭りは、光も音も多く規模が違う。

 華やかな目の前の光景にリネアは目を瞬かせた。


 すぐにセラフィナが先導するような形で、四人は貴族の多い中央区を歩いて回ることにした。


 星型の焼き菓子を半分ずつ分け合い、

 占い師に手相を見られて笑われ、

 セラフィナが余計な飾りを買おうとしてレオニスに止められた。


 笑いの絶えない楽しい時間が過ぎていく。


 少し休憩をしようかと楽団の前で足を止めて、話していたとき。

 人波が一気に押し寄せた。


「――あ」


 リネアが流されて、セラフィナの姿が人の向こうにあっという間に隠れる。

 次の瞬間、リネアの手首を掴まれた。


「こっちだ」


 クロウだった。

 流れに逆らわず、しかし離さない。

 強すぎず、確かな力で引いていく。 


 温かい。

 祭りのざわめきの中で、その感触だけが妙に鮮明だった。


 少し進んだ先に、レオニスとセラフィナの背中が見えた。


「リネア、いた!」

「ごめんね」


 人波が落ち着くと、クロウが気づいたように掴んだままだった手首を離す。


「……悪い」

「ううん。ありがとう」


 短い言葉。

 けれど、さっきよりも少しだけ距離が近い。





 ひとしきり祭りの雰囲気を、楽しんだ夕暮れ。

 広場の端に馬車が止まる。

 空は群青に染まり、星の灯籠がひとつずつともり始めている。


「……じゃあ、私はここで」


 リネアが言う。


 明日からはそれぞれの家の守夜祭。

 三日後に学院で再会できる。


 それでも。


「やっぱり、今日で終わりなのが変な感じ」


 セラフィナが露骨に唇を尖らせる。


「もっと一緒にいたかった。泊まっていけばいいのに」

「そうだな。うちは気にしないぞ?」


 レオニスも同意する。

 リネアは困ったように笑った。


「家の用事もあるから」


 嘘だ。

 フォレスト家から何か言われているわけではない。

 ただ、この屋敷には留まれない予定がある。


 セラフィナは一瞬じっと見つめたが、それ以上は聞かなかった。


「学院に戻ったら、絶対すぐ会うからね」

「うん」


 レオニスが言う。


「荷物は宿に届けさせてある。もう着いているはずだ」

「ありがとう。本当に何から何までお世話になって」

「気にするな。また、ぜひ来てくれ」


 クロウは、ずっと黙っていた。


「クロウも、ありがとう」

「ああ」


 それだけ。

 馬車に乗り込むとリネアは、小さく手を振る。


「また、学院で」





 宿は王都の外れ、貴族向けの静かな通りにある。


 華美ではないが、品はある。


 部屋に入ると、荷物はすでに整えられていた。

 ヴァレンティ家の客室よりは小さいが、それでも十分に広い。

 扉が閉まると、祭りの音が遠くなる。


 本当に、楽しかった。

 だからこそ、少しだけ寂しい。


 窓の外には、神官の姿が増えている。

 明日の儀式の準備だろう。

 リネアは深く息を吸う。


 明日は、ミカとの約束の日。


 神殿の非公開資料を持ってくると言っていた。

 どうやって用意するのかは知らない。

 けれど、彼なら何とかするのだろうと思っている。


 大星蝕の兆しが、そこにあるかもしれない。


 楽しさの余韻と、わずかな緊張。

 星が灯る前の、静かな夜だった。

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