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リネアの選択  作者: とたか


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45 王都攻略計画 後編

「今日はここ」


 セラフィナが誇らしげに顎を上げる。

 手にはチケットが二枚ある。


 翌日の午後は、昨日の貴族が行き交う中央区から少し外れた劇場通りへと向かった。

 オペラのような正装を必要とする大劇場ではない。

 貴族も裕福な商家も、少し背伸びした市民も集まる中規模の劇場だ。


 今日はレオニスもクロウもいない。

 それぞれ後継者として顔を出す席や業務があるらしい。

 代わりに、一定距離を保った護衛が控えている。


「女子の日だから、恋愛のお勉強よ」


 セラフィナが堂々と言い切ってから、覚悟はいい?と問う。

 どんな覚悟かはあまりよくわからないまま、リネアは素直に頷いた。





 演目は《白銀の聖女》。

 王都で長く人気のある恋愛劇だ。


 大星蝕の災厄に覆われた王国。

 国を浄化するために現れた聖女。

 歴代の聖女と同様に、彼女は大星蝕を浄化する時間を巻き戻す力を持っていた。


 舞台の上で、聖女は光に包まれる。

 祈りとともに世界は清められ、大星蝕は消える。


 だが――


 その光に恋する王子が巻き込まれ、記憶を失ってしまう。


 それでも、聖女は迷わない。


 時間を巻き戻し、何度でも出会い直す。

 何度でも、恋に落ちる。


 王子はやがて彼女を選ぶ。

 聖女は祝福の中で王子と結ばれる。


 幕が降りると、客席は大きな拍手に包まれた。





 セラフィナが目を輝かせる。


「やっぱり王子が最高だった!」

「そうだね」


 リネアはくすっと笑った。


「最後の“君が何度でも戻るなら、僕は何度でも君と恋に落ちる”の台詞、ずるい」


 劇場を出ると、夜の空気が少し冷えていた。

 人波に紛れながら、セラフィナはまだ興奮冷めやらぬ様子だ。


「ねえ、あの場面!二回目の出会いのところ!」

「庭で本を落とすところ?」

「そう!あれ絶対わざとよね」


 くるくると表情が変わる。

 さっきまで舞台の聖女に感情移入していたはずなのに、もう王子の台詞に夢中だ。


 リネアは歩きながら、考える。


 聖女はこの世界で唯一、時間に干渉できる存在。

 大星蝕を浄化できるのも聖女だけ。


 ――なら。


 セラフィナも?

 夢で見たように、同じ力を持つことになるんだろうか。


 けれど。


 三回目の告白が一番良かった!、と隣で真剣に語っている少女が、舞台の“白銀の聖女”とは重ならない。


 光に包まれて祈る姿も、

 世界を巻き戻す存在も、

 夢では見ているはずなのに、どうしても結びつかない。


 実感がない。

 隣で笑う声は温かくて、生きていて、光ではない。


 セラフィナはセラフィナだ。


 甘い菓子に目を輝かせて、

 本屋で恋愛小説を押しつけてきて、今も王子の台詞に頬を染めている。


 聖女という言葉よりも、

 ロゼという姓よりも、

 リネアの中で確かなのは――


 “いつも明るくて優しい女の子”という事実だった。


「リネアはどうだった?」


 突然向けられた問いに、少し遅れて答える。


「……綺麗な話だった」

「でしょう?」

「セラフィナは、やり直したいことある?」


 なんとなく聞いてみる。

 セラフィナは即答する。


「ない」

「はっきりしてる」

「だって」


 少しだけ照れくさそうに笑う。


「今が幸せだもん」


 その言葉は、舞台の聖女よりもずっと現実的で、ずっと強い。


 リネアは小さく息を吐く。


 目の前のセラフィナは、劇の中の存在ではない。

 世界を巻き戻す光ではなく、

 今この瞬間を全力で楽しむ人だ。


 だからきっと。

 今はそれでいい。


「ねえ、今度は何見る?」

「また見るの?」

「当たり前じゃない」


 護衛が少し離れてついてくる。

 王都の灯りが二人の影を長く伸ばす。


 舞台の聖女は光の中で祝福された。


 でも。


 リネアにとっては、

 隣で笑っているこの少女の方が、

 ずっと現実で、ずっと大切だった。





 屋敷へ戻ると、夜はすっかり深まっていた。


 昼間の喧騒が引き、窓の外では等間隔に灯る街灯が揺れている。

 食事と湯浴みを終えた二人は、客室のベッドに寝転んでくつろいでいた。


「ねえ、リネア」

「うん?」


 セラフィナは枕を抱え、身を乗り出した。


「私、やっぱりやり直すことになっても同じ人を好きになると思う」

「劇の話?」

「そう」


 セラフィナが誰のことを思い出しているのかはすぐに分かった。


「セラフィナは……レオニスが好きなの?」

「好きよ」


 セラフィナはまったく躊躇わなかった。

 きっぱりと言う。


「出会ったときから」


 リネアが目を瞬く。


「そんなに、すぐ?」

「すぐ」


 少し照れながら、笑う。


(じゃあ……)


 クロウは?


 その続きを聞く勇気は出なかった。


 夢の中のクロウの視線が向く先を、思い出す。

 そして、夢の中でも現実でもセラフィナがレオニスの前だけでする表情も。


 セラフィナは天井を見上げたまま、ぽつりと続ける。


「昔ね」

「うん」

「レオニスとクロウって、いつも二人で何かしてたのよ」


 少しだけ唇を尖らせる。


「剣の練習とか、野営ごっことか、秘密基地とか。

私は“危ないから来るな”って」


 くすっと笑うけれど、その奥に少しだけ昔の寂しさが混じる。


「仲間外れだったの?」

「うーん、……男の世界って感じ?」


 枕をぎゅっと抱きしめる。


「だからね。クロウが私のこと、好きみたいに噂されたときも」


 さらっと言う。


「ちょっとだけ、複雑だったの」


 リネアの心臓が跳ねる。

 セラフィナは続ける。


「クロウのことはライバルだと思ってた。

 それに、嫌じゃなかったけど、“違うな”って」

「違う?」

「うん」


「なんていうか……あれは恋っていうより」


 少し考えて、


「雛鳥と親、みたいな」


 クロウと雛鳥のイメージがまったく結びつかなくて、小さく笑う。


「今はね、もっと違う顔してる」


 リネアの指先が、無意識にシーツを握る。


「……違う顔?」

「そう」


 セラフィナはくるっと寝返りを打って、リネアの方を向いた。


「前は私とレオニスのこと、ずっと見てたのに。

 今はね、見てるものが違う気がする」

「そうなんだ……」


 リネアには、それがどういうものなのかよく分からない。

 夢と現実が入り混じって、クロウの特別な視線はいつもセラフィナに向けられるものだと信じ切っていた。


 きょとんとするリネアを見て、セラフィナはくすりと笑う。


「……そろそろ寝よっか!王都攻略はまだ二日目よ。

 明日は中央広場を攻める」


「攻めるの?」

「攻めるの」


 笑い声が重なる。

 明日もきっと楽しい一日になる。

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