44王都攻略計画 前編
セラフィナ・ロゼには、この休暇中、重大な使命があった。
――リネア・フォレストを、王都で完璧にエスコートすること。
これは野望であり、戦略であり、そして執念でもある。
二学期は小隊が分かれ、思ったより一緒にいる時間が減った。演習も、座学も、行動時間もズレが出る。
リネアと話す時間が目に見えてなくなっていたのだ。
星約だから仕方ないとはいえ、気づけばクロウとばかりいることが多い。
それが、少しだけ面白くなかったのも事実だ。
リネアとは自分の方が先に、名前で呼び合う仲になったのに。
レオニスやクロウと近いことで、同世代の令嬢からやっかまれやすいセラフィナにとって、リネアは大切な友人だった。
王都は自分のホームグラウンド。
だから今回は、セラフィナの番だ。
◇
王都巡りの初日は王宮に近い中央通りから制圧する。
「まずは王道よ」
セラフィナが宣言すると、レオニスが肩をすくめる。
「王道ってなんだ」
「私のおすすめルート」
「つまり、お前の買い物だろ」
「添え物は黙ってついてきて」
「添え物って言ったな今」
顔を見合わせるレオニスとクロウは無視して、予定通り作戦を開始した。
まずは、仕立て屋が立ち並ぶ区画から。
カタログを広げて、サンプルの既成服を次々とリネアの体にあてる。
「リネア、地味すぎるのは却下」
「これくらいが、落ち着くから」
「王都では映える色も必要!」
自分の買い物に少しだけこっそりと、リネアによく似合っていたものも紛れ込ませる。
半既製品なら少しの手直しで、休暇中に届くはず。
レオニスには事前に了承をもらっていた。
次は帽子屋。
次は靴。
次はアクセサリー。
鏡の前に立たせると、最初は戸惑っていたリネアも、だんだん自然に笑うようになっていく。
その変化を見て、セラフィナの胸の奥がじんわりと温かくなる。
(よかった)
リネアは二学期の終わりに少し様子がおかしかった。
気づいていたけれど、深くは理由は聞けない。
だからこうして、セラフィナは自分にできるやり方で、リネアを元気づけたかったのだ。
中央通りを順調に進む。
すぐに持ち帰れる包みは若い従者が受け取り、後ろを一定の距離でついてくる。
店を出るたびに、どんどん荷物が積み上がっていく。
セラフィナは気にも留めない。
リネアだけが、何度か振り返った。
「……買いすぎじゃない?」
「まだ序盤よ」
「ええ……」
そんな二人の横顔を、クロウが少し離れた位置から見ている。
「……楽しそうだな」
ぽつりと呟く。
「当たり前だろ。セラフィナが本気だ」
レオニスは腕を組んで、どこか誇らしげだ。
ちょうど同じタイミングで、リネアが振り返る。
「二人とも、退屈じゃない?」
「いや」
「セラフィナにいつも付き合ってるからな。慣れてる」
二人のまったく気にしていない様子に、リネアはほっとした顔をする。
クロウと視線が合うと、少しだけ照れたように笑う。
(ほらまた)
セラフィナは内心で頬を膨らませる。
◇
「これ!絶対美味しいから!」
次は新しく出来たばかりの人気の菓子店。
カフェテラスの皿の上には季節限定品が美しく盛り付けられていた。
セラフィナは真剣そのものだ。
「かわいい……」
「だけじゃなくて美味しいの!
ほら、半分こ」
フォークを差し出す。
行儀は悪いかもしれないけど、あらかじめ店に話はつけて、自然に見える範囲での人払いはしてある。
リネアは少しあたりを見回してから躊躇ってから、口に運ぶ。
「……美味しい」
口元に手を当てながら、目を丸くしている。
(よし)
小さくガッツポーズ。
レオニスとクロウは少し離れた席で紅茶をすすっている。
向けられる生温かい視線に、セラフィナは気づかないふりをした。
◇
そして。
「本屋は外せない」
宣言通り、最後は本屋街だ。
石畳の路地に、大小さまざまな書店が並ぶ一角。
紙とインクの匂いが漂う。
リネアの目が、本気で輝いた。
「……ここ、すごい」
「でしょう?」
セラフィナは得意げだが、実はここはクロウの情報だった。
完璧なエスコートのためなら背に腹は変えられない。
敵の情報だって利用する。
リネアは吸い寄せられるように店の奥へ消えていく。
「最新の魔力理論は奥の棚だ。
歴史書は二階。梯子に気をつけろ」
クロウがその背中をゆっくりと追いかける。
「これは長いな」
「時間配分が大事って言った意味、分かったでしょ」
振り返り、セラフィナが肩をすくめる。
レオニスも苦笑して壁にもたれた。
「これ、改訂版が出てる……」
リネアが棚から理論書を一冊引き抜く。
以前見た装丁と少し違う。
「どれだ」
クロウが横から覗き込む。
ページを開いて、数式の箇所を指差す。
「ああ。前は未検証だったな」
「うん。でも実証例が増えたって」
二人の声が少しだけ速くなる。
本の上で会話が転がる。
セラフィナはその様子を見て、ふっと息をついた。
「……やっぱり来ると思ったわ」
小難しい本の棚に引き寄せられるのは、予想通り。
くるりと踵を返して、別の棚から一冊抜き取る。
「リネア」
理論書の上に、ぱさっと置く。
「休暇中なんだから、こっちも読む」
「……恋愛小説?」
「王都限定版よ。装丁かわいいでしょ」
クロウが横でなんとも言えない顔をした。
「似合わないって顔しない」
「してない」
「してる」
リネアが困ったように笑う。
「セラフィナのおすすめ?」
「そう!ヒーローがすごく素敵なの」
「じゃあ、読んでみるね」
「感想を聞かせてね!」
それからしばら店内を巡る。
戦術論や史学の本を開くとクロウと会話が弾み、物語の棚に引っ張られるとセラフィナが熱弁を奮う。レオニスは刊行誌を手に最新の世情を話してくれる。
一通り見て満足してから、自然に会計を済ませた。
理論書も、恋愛小説も、ちゃんと一緒の包みに入る。
◇
本屋から出るころには、夕暮れが石畳を橙色に染めていた。
「明日も期待して!」
「……まだあるのか」
「当然よ」
リネアが笑う。
「楽しい」
セラフィナは満足げに頷いた。
今日は大成功だ。
王都の空気。
甘い菓子。
紙の匂い。
くだらない言い合い。
全部が、少しずつリネアの中の重さを軽くしていく。
王都攻略計画は、順調に進行中だ。




